理想の学校生活 ー亀裂ー

 俺の学校生活は完璧そのもの。だれもがうらやむような、漫画の主人公にも引けを取らないと自負している。

「会長! おはようございます! 今日も素敵です!」

「ああ、ありがとう」

「頼会長! 我が部の部員に激励の言葉をください!」

「いつも見てるよ、大会頑張ってね。けがに気を付けて」

「頼先輩! コンテスト優勝おめでとうございます! 感動しました!」

「うれしいよ。そういってもらえるように、精進するね」

 見よ、この生徒たちからの絶大な信頼を。ただ歩いているだけで、生徒は口々に賛美の言葉を口にする。

「会長は今日もお美しいわぁ……」

「ああ、品行方正、文武両道、才色兼備の化身のようなお方だ」

「それを鼻にかけない謙虚さ! 完璧な人間って存在するのね!」

 誰も、オレに不信を抱くものはいない。それもそのはずだ。そうなるよう努力を怠らず、才能に磨きをかけ、完璧な生徒像を作り上げたのだから。もはやそこらのアイドルばりの人気だ。

「会長! ぜひ私とお話を――」

「――ちょ、ちょっとごめんね。少し気分が……」

 とめどなく押し寄せる生徒を振り切って、トイレへ駆け込む。職員用の男子トイレを使用する生徒は自分ぐらいで、他の生徒は滅多に来ない。ここは、数少ないプライベートな空間だ。誰もいないのを念入りに確認し、個室の便器に頭ごと顔を突っ込む。

「――あー! しんど! ウザっ! なんなんだよ毎日毎日金魚のフンみてぇに! お前らはパパラッチか!? あたまぱっぱらぱーなのか!?」

 抑えていた本音を、音姫と水流の音でかき消しながら吐き出す。汚物のように、罵詈雑言も下水に流れればいい。どうしてこうなってしまったのか。今までは、こんな苦労はなかったのに。

 誰にも知られていない秘密、それは、生来の、直しようのない、口の悪さだ。隠すのは、慣れればなんてことはなかった。ちょっと黙って、落ち着いてから話せばいい。そうやって今まで渡ってきたのだ。それが、ある日突然難しくなった。先日のあのやぶ医者の言葉を借りれば『ライアーライアー神経症候群』というやつだ。ふざけやがって。お前も便器に流してやろうか? 今まで抑圧しすぎた本音がキャパオーバーの末、倍になって帰ってきている。正直、限界が近かった。完璧な学校生活が、足元から崩れ去ろうとしていたのだ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る