ライアーライアーシンドローム
シンカー
診察室にて
「ライアーライアーシンドローム?」
耳慣れない病名に、思わず聞き直してしまう。壮年の医師は、カルテから視線を外すと、こちらを見ながら説明する。
「最近は、特に若い人たちに増えてきているね。ほら、人間関係って、対人だけでなくてSNSやネット上の付き合いがあるじゃない? そういったことの心労から、こういう病気に罹ってしまうんだ。なにか、思い当たるふしは? 人には言えない悩みとか、神経を圧迫してしまうような、ストレスの原因に心当たりは?」
思い当たる原因……俺に関して言えば一つしかなかった。だが、それを言ってしまうのは憚られた。話題を変えるために、病名について話そうとしたのだが――
「クソみたいな病名ですね」
「――え?」
……やってしまった。用意したセリフと全く違う言葉が口から飛び出た。先生は完全に、不意を突かれてぽかんとしている。なんとか誤魔化さねば。
「――ウソみたいな病名ですね、って思いません?」
「あぁ! そうだねぇ。びっくりした、なにか、すごく下品な言葉に聞き間違えちゃったよ」
「まさかそんな! いやだな、先生。耄碌するには早い――」ハッとして口をつぐむ。またやっちまった。いくらなんでこれは言いすぎだ。動転する気持ちを押さえつけ、なんとか言葉をひねりだそうと試みる。
「違う、もうロック過ぎますよ! お若いですねぇ先生! 僕よりよっぽどだ」
まずい、先生の視線が痛い。ぎりぎり取り繕えてると思うが、次に何を言ってしまうか、自分でも想像できない。
「……まぁ、若い患者さんも見てるからねぇ――ところで」どうやらまだ、先生は確信を得てはいないらしい。ほっと一息つく。もう不用意な発言はしないぞと決め、先生の次の言葉を待った。「頼(たより)さんは昨今の政治家についてどう思う?」
「ろくでなしですね」不用意にもほどがあるだろう俺!
決定的な一言に、天を仰ぐしかなかった。やられた。平静を装うことに集中しすぎて、そんな質問が来ると思わなかった。反射的に答えたらまんまと思う壺にはまってしまった。
「――きたねぇやり口っすね」もう言葉を着飾る気にもなれず、思ったままの気持ちを口にした。
「一応医者だからね」気を悪くした風もなく、医師は続ける。「患者さんのことは、隠していてもわかるよ――なるほどね。どうやら、ストレスの原因はそれみたいだね」
医師は、ため息交じりでこちらを見ている。目には、同情の色が滲んでいる。なんだか、心を丸裸にされた気分だった。
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