THE JUNAN

 事の発端にまで少し時間をさかのぼる。


「困ったね…」


「そうだね」


 私たちは体育倉庫の体操マットの上に腰掛けて途方に暮れていた。


 藤原さんと二人で体操用具を片付けている最中、間違って鍵を閉められてしまったのだ。


 体育倉庫は校舎の裏手にあって、用務員さんが通りかかる以外には誰かに気づいてもらえる可能性はありそうもない。


 今は二人で、次のクラスが始まるタイミングでクラスメイトの誰かが気づいてくれるんじゃないかと淡い期待を持ちつつひたすらに待っている状態だ、というか気づいてもらえないと非常に困る。


 だってさっきから、沈黙が、非常に気まずい…。


 藤原さんはクラスの中でもあまり話さない人だ。教室の端っこでいつもスマホをいじってるか本を読んでるかのイメージしかなくて、髪ショート、性格大人しい、背ぇ小っちゃい、くらいの印象しか正直ない。


 そんな藤原さんは今私の隣で猫背になってひたすらスマホをいじっていた。


「ふ、藤原さんってなんでいつもスマホいじってるの?」


 というか今まで体育の時間だったのにどうやって所持していたのだろうか?


「ツイッター、見てるの」


 藤原さんはこちらを見もせずにそう答えた。


 やっぱり変だ、この人。


 ツイッター。私もやっているけどメインで使っている小説用の垢はリア友の中でも一部の人にしか教えていない。


「…ツイッター好きなの?」


「…友達いないからそれくらいしかやることない」


「そ、そうなんだ…?」


 藤原さんはまたこちらを見ずにそう答えた。


 だがよくよく見ると、少し角度が俯き加減に傾いている。


 自分で言いつつ僅かながらダメージがあったようだ。


 私は慌ててフォローする。


「つ、ツイッターいいよね!!私もフォロワーさんとよく作業通話とかしたりするんだ!」


「ぼっちだから作業通話とかオフ会とかしたことない……」


 藤原さんはますますうずくまり猫背を超え、かなり無理めの体勢でスマホをいじりつづけていた。逆に器用だ。


 ますます藤原さんの心をえぐってしまったようだ!


 でも、これ私悪くないよな!?


「ま、まあ友達なんていなくても困らないよ!藤原さんマイペースだしそれでいいんじゃない?!大丈夫大丈夫!!」


 なんといってフォローすればいいのか分からないので特に根拠もないようなことを並べ立てる私の口。


 その甲斐あってかようやく藤原さんはスマホから顔を上げてくれた。


「ありがとう…神崎さんってやさしいね」


 藤原さんはそういって笑った。普段の無表情を見慣れていたためか、意外に人懐っこい笑顔だった。


「そんなことないよ。…ところで藤原さん趣味とかある?」


 藤原さんは逡巡を見せたのち誤魔化すように笑いながら言った。


「え、そ、そうだね……神崎さんだけに言うけど…ここだけの話、実は趣味で小説書いてるんだ」


「え!?本当に!!実は私も!!」


 反射的にそう答えると、藤原さんの顔にすっと赤みが差す。


「え、本当に??!!…か、神崎さんはどこのサイト使ってるの?」


「私は主にはカクヨムかな??短編中心に書いてるよ!!」


「そ、そうなんだ!!カクヨムは面白い自主企画多いからいいよね!!」


 小説という共通の趣味を見つけてからは、二人とも自分たちが閉じ込められているという事実すら忘れ、しばらく会話を楽しんだ。


 藤原さんはクラスの誰とも仲良くしない変人で通っている人だったけどこうして話してみると案外普通の人だった。


「その……か、神崎さんは……ゆ、百合とかどう思う?好き?」


 藤原さんはやけにもじもじとしながら聞いてきた。


「えー!全然いけるよ!むしろアリよりのアリ!自分でも小説何本か上げてるよ!後でリンク送っていい??」


 テンションが上がった私はそんな提案をした。


「い、いいの!?じ、実は私も百合とか結構好きで自分でも書いてて……」


「おーまじかー!!後でリンク送ってよ!!LINER交換しよ!!IDは検索すれば出てくるはず……ちょっとスマホ見せて」


 私は藤原さんが大事そうに抱えているスマホを覗き込む。


「えーっと…ふるふるは私のスマホなくてできないから…ここの検索を押して…」


 私の指先が藤原さんの手に触れた。


「あっ、神崎さん…」


「え、あ、ごめ…」


 手が触れ、過敏な反応を示した藤原さん。私は咄嗟にスマホから手を離すと途端に身体の均衡が崩れ二人とも座り込んでいたマットの上に倒れ込んだ。


「あ、ご、ごめん。すぐどくね…?」


 目の前には私を見つめる、藤原さんのやけに潤んだ瞳。


「神崎…さん…………」


 え、ちょっと待って。なにこの雰囲気?


 唐突に、柔らかい未知の感触。


 唇に唇が重ねられる。


 頭の中が一瞬で真っ白になる。


「…………………………は?」


 フリーズする私のことなんか構わず、藤原さんは私の身体をもぞもぞと探ろうとしていた。


「え、はい?…ちょ、ちょっと待って?」


「神崎さんも……百合……好きなんだよね??」


 にっこりとした藤原さんの笑顔。が、どこか妖しい吐息だ。


 ちょっと待て。


 ちょっとちょっとちょっとちょっとちょっと待て!!!!!!


「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待て!!!!!!!!…ぎゃー!!??」


 少しひんやりとした感触がお腹の辺りを撫で、私は驚きで身を捩ろうとする。


 見ると藤原さんの手が私の制止などお構いなしに私の体操着の中に侵入しつつあった。


「わ、私達女子同士だし!!??」


「…愛に性別って関係ないよね?」


「だ、だだだだだってここ学校だよ!?勉強するとこだよ!!学び舎だよ!?」


「…性なる学び舎?」


「発想がおっさんか!!…そ、創作と生ものを混同するなって私のオタク友達がー!?」


「大丈夫、性癖は広げるもの」


「なんてポジティブ!?」


 揉み合っている間に、私のブラ越しのいちごにゃんの先っちょに藤原さんの指先が触れる。


「ひぃぃっ!?」


 甲高い声が漏れてしまい、咄嗟に手で口を覆った。顔が赤くなるのを感じる。


「か、かわいい…!」


 きゅーん、じゃねえ!?目の前の藤原さんを殴りたくなる衝動に私は駆られかける。


「そ、そうゆうことを……言うなぁっ…!!」


「か、神崎さんが悪いんだよ…私を誘うから…」


 藤原さんははあはあと息を乱しながら私の体操服の中に入れた両手をもぞもぞと動かした。


「誘ってないんだけどもーーー!!!!????」


 藤原さんは興奮で手許が怪しいせいか、ブラのホックの扱いに戸惑っているようだ。


 数十秒も続く押し合い引き合い。それでも私はどうにか自身の貞操を守ることに成功していた。


 すると藤原さんの両腕の動きが止まる。見上げると藤原さんの泣きそうな顔が眼前にあった。そんな目で見つめられて、私の心臓が跳ねそうになる。


「……神崎さん……私のこと……嫌い?」


「……え……や、別に……嫌い……ではないけど……」


「じゃあ…」


 またも、ぐいぐいと藤原さんの手が私のブラを外そうと動き出す。


「ちょ、やめ………と、とにかく待てー!!!」


 その時だった、暗闇の体育倉庫にガチャガチャと慌てた様子で鍵が差し込まれる音がした。


「神崎さん!?藤原さん!?いるのー!?」


「い、います!!!!!!!ここにいます!!!超います!!!!!」


 私は助かったと思った反面、藤原さんが不服そうにちっと舌打ちをしたのが聞こえた気がした。

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