第4話 むず痒さ
懐疑的な視線を向けられたまま佇んでいれば、向こうから近付いてくるクレアの姿が見えた。
「あ、コガネさん! そんなところで何を――」
駆け寄ってきて俺の周りの惨状を見ると、足を停めて口を噤んだ。
「アンデッド退治を手伝っていたんだ。ついでに色々と言い過ぎたようだが」
「おい、クレア。こいつは何者だ? この黒髪は……」
「あ、あとで説明するから! とりあえずコガネさんはこっちに! 族長の下へ連れていきます!」
「はいよ」
トマホークとネイルハンマーを腰に掛けて、エルフ人たちの間を抜けて踵を返したクレアの後に付いていく。
向かったのは一際大きな大木の家。見るからに、って感じだな。
「失礼します。連れてきました」
扉を開けて中に入れば、そこには豪奢な椅子に鎮座する男のエルフ人がいた。
「来たか。コクハ人は初めて見るな……私はエルフの族長、バルドゥク・ヴァンダーグだ。君は?」
「鬼碧小金。ヴァンダーグってことは――」
言いながらクレアに視線を向ければ、頷いて見せた。
「そう。私の父です」
「バルドで良い。まず、娘を救ってくれたことに感謝を。そして、奴ら――アンデッドに対しての知識を持っているらしいな? 何故だ?」
「何故と言われても説明が難しいのでなんとも……とりあえず、俺はあんた達に協力できる」
「協力? 具体的には何を?」
「生き残る術を。その代わりと言ってはなんだが、神殿を使わせてほしい」
そう言うと、バルドはクレアを手招きして顔を寄せ合って小声で話し合いをし始めた。
何がセオリーなのか知らないが、今は目の前のことから判断していくしかない。二年前と同じだ。混沌と混乱の中で、死なない方法を模索する。慣れたものだ。
話し合いを終えた二人は居直ってこちらに視線を向けてきた。
「わかった。その申し出に感謝し、受け入れよう。我々を救ってくれ」
「救えるかは知らん。だが、知識はやる。あとはそっちで活かしてくれ」
「そうしよう。まずは神殿だな。クレア、案内してやれ」
「わかりました」
バルドに頭を下げて、クレアの後に続いて家を出た。
外は未だに慌ただしいが、向かうのは反対側らしい。俺たちが下りてきたのと方向は違うが、神殿とやらは山の中にあるようだ。
「そういや、親子なのに敬語を使っているのか?」
「いえ、普段は普通に話していますが、族長として居る時は敬語で話すようにしているんです。特にそうしてほしいように言われているわけでは無いですが」
「へぇ、そういうもんか」
礼儀礼節だけでなく、敬う感情もあるか。
姿形が多少違くとも人間だな。他の種族がどうかは知らないが最初に出会ったのがエルフ人で良かったのだろう。
連れられた先にあったのは大木と大木の間に建てられたレンガ造りの建物だった。他が木の家だっただけに異様な光景に見える。
「ここが神殿です。中にはお一人でどうぞ」
「待ってくれ。祈りってのはどうやればいいんだ?」
「中に入れば自然と出来るようになります」
「そういうもんか?」
「はい」
そんな真っ直ぐな眼で頷かれたらこのまま入るしかないな。
ドアを開けて神殿の中に入れば、いわゆる普通の教会って感じだ。正面に祭壇がありロウソクに火が灯され、そこに真っ直ぐ続く道の左右には背凭れのある長椅子が並んでいる。
「神殿ってことは神だよな? 御神体みたいなものは見当たらないが……」
祈り方は自然とわかるらしいが、今のところは何も感じない。なら、最もベタなやり方をしてみるか。
祭壇の前で膝を着き、両手を合わせて目を閉じる。
「…………」
やっぱり何も無いな。
目を開けて立ち上がり、神殿内を見回した。
「……ロウソクか」
この場で何かあるとすればそれだけだろう。燃えてはいるのに蝋が溶けていない。手を翳せば、熱は感じるのに熱くないな。
そんなことを思っていたら――無意識に伸ばした腕で炎を掴んでいた。
その瞬間、周囲が黒煙で包まれた。
「来たな。鬼碧小金よ」
「……その声、テメェよくまた俺の前に現れたな」
「いや、ここはちょっとシリアスなところだから斧とハンマーに手を伸ばすのを止めてもらっていいかな?」
「うるせぇ。テメェが俺にどうこう言える立場かよ」
「まぁまぁ、それは措いといて。魔法――スキルについて訊きに来たのだろう?」
「……まぁ、今はいい。だが、うやむやに出来ると思うなよ? じゃあ、教えろ。魔法だかスキルだか知らねぇが、俺にも使えるんだろ?」
「もちろん、使える。だが、他の者と同じように回数では無い」
「回数どうのと言うより、そもそもそれ自体のことを把握していないんだが」
「では、そこからだな。この世界で言うスキルが詰まる所の魔法であり、火や水や風などを使役し操るものや、何も無いところから武器を取り出したり、防壁を張ることが出来るのだ」
魔法などの知識が全くのゼロじゃないから、言っていることは理解できる。
「まぁつまり、理屈に合わないことを出来るのがスキルってことだな? で、俺のスキルとは?」
「それだ」
言葉だけだが、何を指しているのかはわかった。
「このトマホークとネイルハンマーか?」
「そうだ。その武器は壊れず、無くさず、思うままに扱うことが出来るのだ」
「……それだけか? もっとこう、火が出せたり、壁を作り出せたり、アンデッド退治に役立つスキルは無いのか?」
「う、む……無い。あくまでもその武器が永久に使えるというだけだ。しかしだな! そのトマホークとネイルハンマーは使えば使うほどに成長していく! それを楽しめ!」
「具体的には? 何がどう成長するんだ? 今回は逃がさねぇぞ。ちゃんと全部説明しろ」
「全ては無理だ。前の世界であれ、全ての現象について説明できるわけでは無いだろう?」
……丸め込むには良い言い分だ。
「実際問題、どうして俺なんだ? もっと居ただろ。戦える奴は」
「重要視したのは強さでは無い。順応力と、生き続ける力だ。この世界に来た途端に死んでしまっては意味が無いからな」
「……くそっ。ゾンビの次はアンデッド。俺は徹底的に呪われているようだな」
「むしろ加護があると思ってもらいたい。二度目の人生があるなど、そう滅多にあるものではないのだから」
「黙ってろ。俺は今、自分を卑下して憐れんでいるだけだ。……どっちにしろ死ぬのは一度で十分だ。とはいえ、何もせずに一人で生き続けるのも夢見が悪い。結局、戦うしかねぇんだな」
「がんばれ」
「ぶっ飛ばすぞ。もういい。これ以上に知れることが無いなら終わりだ。戻せ」
「では――健闘を祈る」
「……」
テメェが祈るのか、という突っ込みは口に出さないでおこう。
黒煙が晴れていき――元の神殿へと戻ってきた。
もしも、あの大いなる存在が神と呼ばれるものならば、おそらくはどこにでも存在していて、時間という概念が無い。つまり、元の世界で話したのも、今ここで話したのも同じ存在だということだ。ここ以外に神殿があるのなら、同時多発的でも――いや、考えるのは面倒だ。
神殿を出れば、クレアが待っていた。
「早かったですね」
「そうか? 結構掛かった気もするが」
「いえ、神殿に入って二分くらいでしょうか」
ってことは、やっぱりあいつには時間の概念が無いんだな。
「まぁ、
「わかりました。……では、付いてきてください」
なんの説明も無く後に付いていけば、大木の外側に作られた螺旋状の階段を上り――高見台のようなところに着いた。
「ここは?」
「櫓です。これまでエルフの里はモンスターから襲われることが滅多に無かったのですが、三か月前に屍骸・グングルが魔王になってから変わりました」
「アンデッドが攻めてくるようになったか?」
「はい。元々この森には私たちエルフ人以外にゴブリンが住んでいて、共に争いを避けるように境界を犯すことなく過ごしてきたのですが……」
「まぁ、アンデッドになれば自我が失われるのは当然だな。とはいえ、わざわざ離れているところにいる相手を襲うことは無いと思うんだが……」
しかし、前の世界でもゾンビは好き勝手に闊歩するから変なところで遭遇して襲われていたわけだ。アンデッドも性質が同じならば、歩き回ること自体に意味は無い。
元々、一体よりは二体、二体よりは三体と数を増やして行動するのはわかっている。おそらくは集団になることで獲物に有り付ける可能性を増やしているんだと思うが、この世界ではどうなんだろうな。
「ですが、エルフの里にはおよそ一日置きでアンデッドゴブリンが四十から五十の大群で押し寄せてくるのです」
「それを俺に言われたところでどうにも出来ないが……その一日置きで押し寄せてくる大群は今日で何度目だ?」
そう問い掛ければ指折り数えだした。
「え~、っと……十一、二回、ですかね」
約ひと月か。一度に五十体だとすればこれまで約五百体以上を殺したということになる。……数がおかしいな。
「ゴブリンの生態は? アンデッドになる前だ」
「モンスターなのでそれほど詳しいことはわかりませんが、腕力、知力共に子供並でつがいが揃えば一日か二日足らずで数を増やします。近親交配でも問題なく、数日で大人と同じ大きさまで成長する、とか」
「なるほど。まぁ、モンスターに常識を当て嵌めたところで仕方が無いとして……つまり、アンデッドになった今でも子供は産めているってことだよな?」
「そう、ですね。おそらくは」
「ゴブリンの住処は把握しているのか?」
「いえ。一度、調査に三名を向かわせましたが場所は知れず、帰ってきたのは一人だけでした」
「その一人は?」
「噛まれていて、アンデッドの毒で亡くなりました」
噛まれれば死ぬってのも同じか。だが、アンデッドになるわけでない、と。話を聞く限り、アンデッドになるのはモンスターだけのようだし、そこが前の世界と違うところだな。
「情報は無しか。野良は別としても、定期的に襲ってくるのは問題だ。まずはそっちを解決しよう。住処はまったくわからないのか?」
「ん~……どうでしょう。なんとなく森を分断する小川を境界線としているので、その先だとは思うのですが」
死なないための第一段階は安全な場所から動かないことだが、それが脅かされているのではこちらも危険を冒さないわけにはいかない。
「じゃあ、住処については措いといて。まずはそれ以外のことから始めよう」
「……具体的には?」
「決まっている。奴らの――殺し方についてだ」
目下の目的は生かすことだ。俺の
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