第5話 生き続ける方法

 再び里の入口を訪れれば、そこには木盾を並べて固定し、言った通りにアンデッドの死体を足止めになるように積み上げているエルフたちが居た。


「クレア、武器を見てもいいか?」


「はい。大丈夫ですよ」


 断りを入れてから、立て掛けられている槍を手に取った。


 ゾンビ戦に置いて、近寄らせないのは一つのアドバンテージだ。極端なことを言えば遠巻きから殺す手立てがあれば、わざわざ俺のようにトマホークやネイルハンマーを持つ必要は無い。まぁ、近距離は近距離で確実に殺せるという利点はあるが、それは措いといて。


「槍頭が小さいな。これが普通の大きさか?」


「いえ、それはもともと矢だったものですね。弓であれば一度でも射ればそれでお仕舞いですが、槍にすれば使い続けられるので」


やじりを代用しているのか。普通の槍は?」


 その問い掛けに、近くで会話を聞いていたエルフ人の男が持っていた槍を差し出してきた。


「これだ」


「どうも」


 石で作られていて、形は菱形に近い。それぞれに微妙な違いこそあるものの、元の世界の石包丁とは違って精練されている。加工技術の高さが窺えるな。


「つまり、鏃と槍頭に使っている石がもう無いってことか?」


「無いわけでは無いのですが、里の外側なので」


 対ゾンビ戦なら槍も優位性が高いが、飛び道具があるのならそちらのほうが良い。


「弓の腕前は?」


「ほぼ百発百中です」


「全員?」


「十六歳以上の大人なら」


 種族的なものか。俺は銃の腕前がイマイチだったから羨ましいことだ。


「防衛するにも武器がいる。ゴブリンの住処を探すよりも先に、この石がある場所を確保するとしよう」


「そこなら場所がわかります。今日――いえ、何人か連れていく必要があるので明日にしましょうか」


「任せる。一日置きに襲ってきているんなら明日は警戒しておく必要も無いんだろうしな」


 その日、用意された家のベッドは山の小屋よりも硬かった。その点だけは大いなる存在とやらに感謝だな。


「大した食べ物は無いのだけれど、これだけ」


「乾燥豆と干し肉か。ありがとう」


 食べる物が保存食になるのは第一段階だ。生活が安定してくれば自給自足になるが、それはまだ先の話だ。


 そして、翌日。


 朝からクレアと槍を携えた二人のエルフと共に、封鎖された里の入口を飛び越えて外に出た。


「さて、まずは採石場だな。場所はわかるんだろ?」


 その言葉に、二人は顔を見合わせた。


「場所は、わかる。だが――」


「近寄り難い状況だ。非常に」


「……アンデッドの数は?」


「二か月前の時点で、およそ十から十五体だ」


 ということは増えていてもその倍ってところか。


「まぁ、問題ない。案内してくれ」


 そう言えば苦々しい顔を見せたが、クレアに視線を飛ばすと察したように頷いて山道を登り始めた。


 樹々の間を抜けているから槍よりは近距離戦闘に長けている俺のほうが先頭を歩きたいが残念ながら道がわからない。


 そんなことを考えていれば、前を歩く三人が道を割って樹々の後ろへ隠れた。


「コガネさん、アンデッドです。隠れて――」


 その言葉を無視して、視線の先に捉えたアンデッドゴブリンに向かってトマホークを投げれば、その頭を割った。


「いちいち避けていたら時間の無駄だ。行くぞ」


 トマホークを引き抜いて周囲を確認すれば、どうやらこいつは逸れた一匹のようだ。


 再び山道を歩き出し――採石場へ続く手前、樹々の途切れ目で身を潜めた。


「やはり数が多いぞ。三人じゃどうにもならない」


 頭数に入っていないのはクレアだろう。アンデッドゴブリンの数は……二十三か。


「問題にもならん。クレア、この樹の間で壁を作れ。アンデッドをこっちに引き付けたら、俺が大回りをして端から殺していく。二人はクレアを守りながら一匹ずつ確実に殺していくんだ。狙うのは頭だ。額を一突きにしてやれ」


「いや、だが――」


 その言葉を無視するようにアンデッドたちに姿を見せれば、半数程度はこちらに気が付いてゆっくりと近寄ってきた。習うより慣れろだ。いざとなれば、誰だって戦うことが出来る。


「じゃあ、頼んだぞ」


 粗方近寄ってきたところで、身を屈めながら樹々の間を移動してクレアたちのほうへ向かっていないアンデッドたちから殺すことにした。


 首を刎ね、頭を割り、蹴り飛ばして踏み潰す。まぁ、結局のところは、やはり慣れだ。多少の緊張感も必要だが、極論を言えば機械的に最短で殺す道を辿り続ければ戦いは終わる。


「ふぅ――」


 こっちの十匹は殺し終えた。あとは向こうだ。


 背を向けているアンデッドの頭を割っていく。一応は二人も数匹殺したようだし、及第点としておこう。別に戦い方を指導するとは言っていないしな。


「はぁ、はぁ……なんとか勝てたな」


「クレアも無事だな?」


「ええ、なんとか。コガネさんは随分と余裕そうですね」


「経験値が違うからな」


 たかだかこの程度で満身創痍に成り過ぎだ。こちとら二年以上、奴らとの殺し合いをしていたわけだし、戦い方は心得ている。それに加えてこの体だ。おっさんの時と比べれば圧倒的に動き易くなっているのは確かだな。


 切り崩されている採石場に辿り着き、壁を見上げた。まるで巨大な機械で切り取ったような跡にも見えるが、おそらく魔法スキルによるものだろう。


「え~っと、カカとヤヤって言ったか? 戦いに魔法を使っていなかったようだが、なんでお前らが選ばれたんだ?」


「石切りは元々俺たちの仕事なんだ。魔法を使わなかったのは、石切り以外に使い道が無いからだな」


「早速、やるとしようか」


 すると壁に近寄ったカカは掌を付けた。次の瞬間――鋭い音と共に壁の中から正方形に白い粉塵が舞った。そして場所を交替したヤヤが壁に手を着くと、吸い付くように正方形の石が引っ張り出された。


「……どういう魔法だ?」


「俺は物体を二メートルの正方形に切れる魔法で」


「俺が寸分違わぬ正方形の物体を、材質限らず重さを感じずに持てる魔法だ」


「ピンポイント過ぎないか?」


「いや、あくまでも使える魔法の一つに過ぎない。俺は他に二つ。ヤヤは三つ、使える魔法がある。系統は同じだがな」


「へぇ、色々あるんだな。持ち帰るのはそれだけの良いのか?」


 その問い掛けに、クレアが口を開いた。


「ええ、その大きさで矢なら一万本分、槍なら百本分は作れますから」


「なるほど。そんじゃあ戻ると――」


 言い掛けたところで、三人が動きを止めて耳をピクピクとさせている。


「……どうした?」


「声が聞こえます」


「声、というより呻き声だな」


 登ってきた方向とは逆側、樹々の生えていない採石場の先に向かう視線を追って足を進めれば――道が無くなった。


「何もいないな」


「……下だ」


 その言葉に断崖から下を覗き込めば、声の正体がわかった。


 蠢くアンデッドの群れ――五十や百なんてものじゃない。下手をすれば五百はいるんじゃないか?


「コガネさん、あそこが見えますか? 小屋のようなものの近くにホブゴブリンがいます。アンデッドとは違う動きをしていますね」


「あぁん? ん~……お前ら目ぇ良いな。デカいのがいるのはわかるが動きまでは見えねぇよ」


「ホブもアンデッドのはずだが、何かがおかしいな」


「おい、コガネ。あそこに下りてって全部殺せるか?」


「冗談言うなよ、ヤヤ。あの数じゃあ戦車があっても勝てやしねぇ」


 勝てはしないが得られる情報はある。そもそも、どう考えても数がおかしい。この場でさえ飽和状態なのに、過去にエルフの里を襲撃した数も合わせると、とてもじゃないがここには収まり切らない。


 つまり、アンデッドになった状況でも生殖可能ということだ。そのためには自我が必要だとも思うが、基本的欲求の食欲以外に性欲も持ち合わせていたとしたら? モンスターであることを前提とするのなら、人間のゾンビとの違いはあって当然だ。


「……どうしますか?」


「これまでのことを考えればすぐにこの大群が襲ってくることは無いだろう。まずは里に戻って準備を整える」


「いいのか? あんなのを放置したら――」


「今は勝ち目が無い。先に戦い方を学べ。カカ、ヤヤ、お前らは自分の魔法を石切りにしか使っていないと言っていたな? まずは、そこからだ」


 利用できるものは利用する。使えるものは何でも使う。そうやって生き延びていたし、そうしなければ生き続けることは出来なかった。


 この世界には魔法なんて便利なものがあるんだ。存分に利用させてもらおうか。

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