第3話 お節介

「こんなところに小屋があったんですね……」


「俺も一か月前に住み着いたところだから、持ち主がいるなら出て行くつもりだが」


 小屋の中に入り、テーブルを挟んで向かい合うように椅子に腰を下ろした。


「そもそもここはエルフ人の領地なので、こんなところに小屋は無かったはずなのですが……」


 何も無いところに小屋を作り上げたってことか。だとすれば、もっと設備を充実させておいてくれてもいいと思うのだが。


「まぁ、遠いところから来た俺にはよくわからないが。それより、エルフ人? とは?」


「私たちの種族の名です。耳の形と明るい金髪、老いない体が特徴です」


「老いない? じゃあ、長命なのか? それとも死なない?」


「そんなことはありません。長生きしても百歳程度でしょうか。姿が変わらないというだけで、定命です」


 ことわりはある、か。


「この世界にはエルフ人やコクハ人? みたいにいくつかの種族が存在しているのか?」


「はい。種族は大きく分けて七つ――でした。黒髪を持つコクハ人と、ジンロ―族は百年以上前に絶滅したと言われています」


「……なるほど」


 よりにもよって百年も前か。ここ数年、せめて十年くらいならたまたま生き残りがいたという言い訳も立つが、さすがに無理だろう。


「こちらからも質問を。そこまで何も知らないのは記憶喪失か何かですか?」


「ああ、おそらくはそんなところだ。自分の名前や生き方は憶えているが、この世界のことについてはまったく」


「では、今の世界がどのような状況なのかご存知ないのですね」


「知らないが……緊迫しているのか?」


「緊迫、ですね。この世界には魔王候補と呼ばれるものが存在していました。暴虐・ネグロ、原生・ジオズォルゾ、屍骸・グングルの三人です」


「魔王? それは種族と関係しているのか?」


「いえ、その三人はモンスターの中より突出した別次元の生き物です。魔王――別の言い方をすれば〝モンスターを統べる者〟です。長らく暴虐と原生の争いが続いてきましたが、三か月ほど前にその争いが終決しました。魔王になったのは屍骸・グングルです」


「つまり、二人の殺し合いの末、それまで静観していたそのグングルとかいう奴が横から全てを掻っ攫っていったわけか」


「はい。その結果――全てのモンスターは屍骸・グングルの名の下、生ける屍へと変貌したのです。そのせいでモンスターは自我を無くし、動きを止めるには燃やすか体を粉々に粉砕するしかなくなった、のですが……」


「それを俺が殺して見せたってわけだな。ちょっと待て。考える」


 生きる屍……それはつまり、ゾンビだよな? 実際、元の世界と同じように頭は破壊すれば死んだわけだし、おそらく定義は同じだ。


 今になって大いなる存在とやらの言葉が思い返される――しばらくはのんびりとした生活を、ってのはこのことか。しかも三か月前ときたもんだ。要は、俺がこの世界に来た一か月前の時点で、すでにこっちもゾンビの蔓延した世界だったってわけだ。


「……どうかしましたか?」


「いや、ちょっとここで待っていてくれ」


 そう言い残して小屋を出て、空を見上げた。


「はぁ……このっ――クソッタレがぁあああっ! 許さねぇぞ! なんのために――何が新しい生活だ! 何も変わってねぇじゃねぇか! このっ――はぁ……」


 叫んだら落ち着いてきた。


 もしも戦うために送り込まれたのならトマホークとネイルハンマーを持たされたのにも合点がいく。知識はあるし、戦える。何よりも――元の世界のゾンビから逃げ回っていた時に比べて恐怖が無い。


 一息吐いて小屋の中に戻れば、クレアは変わらずそこに座っていた。


「大丈夫ですか?」


「ああ、色々と思い出して取り乱した。それで、用件はなんだったっけ?」


「用件、というと難しいのですが、先程も言ったようにここはエルフ人の領地です。正体不明の煙が見えたから調査に来た、ということです」


「助ける、とか言っていなかったか?」


「はい。現在、山の麓にあるエルフの里がアンデッドの大群に襲われているので、漏れ出たモンスターが山に入っていれば、そこにいる人が襲われる可能性もあるかと思い、私が」


「まぁ、俺もそろそろ山を下りようと思っていたし、良いタイミングだったとして……そのアンデッド? を燃やすしかないってのは、どこからの情報だ?」


「世界の共通認識です。アンデッドは殺しても死なないモンスターなので、燃やすしかない、と。矢で脚を停めて、魔法で燃やすのが典型的な戦い方ですね」


「そう。それも気になっていたんだが、さっきモンスターの前に出していた透明な壁もその魔法ってやつなのか?」


「そうです。私は盾系の魔法スキルしか使えませんが……コガネさんはどのような魔法を使えるんですか?」


「いや……使える気はしないな。こっちで目覚めて一か月程度だが、魔法があることを知ったのは今日が初めてだ」」


「初めて、ですか……この世界に生まれた以上は……いえ、記憶が無いのであれば有り得るのでしょうか……」


 ブツブツと独り言のように呟くクレアの声は全て丸聞こえだが、その言葉から察するにこの世界の者は人種や種族に関係なく魔法――スキル? が使えるらしい。ってことは転生してきた俺にも使えて然るべきだと思うのだが……やはり、説明不足だな。大いなる存在とやらよ。


「ああ、そうか。炎系の魔法が存在しているから、わざわざどうやれば死ぬかの実験をする必要も無かったわけだな。魔法は無制限に使えるのか?」


「いえ、一日の上限があります。私の場合は五回ですが、人によって違います」


「その魔法やら回数やらはどこで知ることができるんだ?」


「神殿でお祈りをすればわかりますが……今、里に下りるのは危険かもしれません」


「ゾン――じゃなくて、アンデッドがいるからか?」


「はい。エルフ人の戦いに他の種族を巻き込むわけにはいきませんので」


 世界が生きる屍に溢れて三か月なら、まだプライドやら尊厳や誇りを保ちたい段階か。まだまだ若いな。


「巻き込むってことにはならないと思うぞ? 俺にはアンデッドと相対する知識があるし、コクハ人? ってのが絶滅しているのなら今更だろう。信用しろと言っても無理だろうが、手伝いくらいは出来る」


 そう言うと、クレアは考えるように俯いた。


「……とりあえず、山を下りましょうか。ここまでの会話でコガネさんが嘘を吐いていないのはわかりましたし信用できるとは思いますが、族長に判断を仰ぎます。神殿に行くのはそれからでいいですか?」


「ああ、それで構わない」


「では、必要なものを持ったら行きましょう」


「準備は済んでいる。行こう」


 トマホークとネイルハンマーは常に持っているし、食材はあとからでも取りに戻れる。


 クレアに連れられ山を下りていけば、二時間と経たずにエルフの里に着いてしまった。意外どころか普通に近かったな。


 慌ただしく動いていてこちらを気にする様子も無い。


「コガネさん、少し待っていてください」


「ああ、のんびりしているよ」


 大木をくり抜いたような家が点在する町のど真ん中に放置されたわけだが――騒がしいのは下りてきたのとは逆側の、おそらくは里の入口だろう。


「おい! 魔法スキルが残っている奴を連れてこい! 押し込まれるぞ!」


「攻撃魔法持ちはもういないぞ!」


「クレアはどうした!? 壁を作らせろ!」


「脚だ! 脚を狙って動きを止めろ!」


 声の聞こえてくるほうに足を進めていけば、木盾で壁を作り、槍を手に向かってくるアンデッドの相手をしているエルフ人たちがいた。


 対しているのは、山でクレアを襲っていたのと同じ緑色の小さなモンスターで、数は二十から三十ってところか。ここで俺が倒し方を指示したところで素直に聞くとは思えないし、あの程度なら一人でも行けそうだな。


「お前ら! 道を開けろ!」


 その言葉に振り返ったエルフ人たちが俺の姿を視認したのを確認し駆け出せば、素直に道を割っていく。


 とはいえ、さすがに木盾を構えているエルフ人は退かないから、その背中を蹴って跳び上がった。この体、やはり動き易くて軽いな。


 トマホークとネイルハンマーを手に、アンデッドの頭に振り下ろせば、一斉にこちらに向かって来た。


「全員! 槍を引け!」


 ネイルハンマーで頭を割り、トマホークで首を落とし、蹴り飛ばして踏み潰す。


 人間に比べれば、このモンスターは柔い。少なくともゾンビ化――アンデッド化した時に肉体が弱くなっているから簡単に倒せる。はずなのに……これだけの人数がいて、苦戦している理由は?


「……まさか、一人であの数を……」


 手近にいた約三十体を殺し尽くした時に気が付いたが、トマホークとネイルハンマーが血に塗れていなかった。


「はぁ……頭を狙え! 脳を壊せば殺せる! 盾は持つんじゃなくて壁を造るのに利用しろ! あとは死体を重ねて足止めに使うんだ!」


 耐え切れずに声を荒げれば、こちらを眺めていたエルフ人たちは驚いたように目を見開いている。


 ああ、マズったな。元の世界では常に緊迫していた状況だったから、四十二のおっさんが出てきてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る