小話1 透の始まりと終生のライバル

 ボクが生まれた日は世界がはじまる前でした。


 ボクが瞼を開くと目の前には純白の雪に夜を落としたのかと錯覚する様な長髪、すべてを見通すような輝く黄金の瞳は面倒そうな半開きの瞼から覗いています。


 特徴が無いと言えばそうかもしれませんが、逆に言えばここから全ての造形が始まったと言われてもボクは信じてしまうでしょう、そう思える程に特徴という特徴を全てこ削ぎ落とした造形をしていまた。


 目の前の存在は無個性と言える様な造形と不釣り合いとも思える瞳と髪、そして圧倒的な存在感がひとつに纏まり、そして不思議な事に調和されてました。


 “神”とボクは自然と眼前の存在を定義しました、そうせざるを得ませんでした、目の前の存在が神で無ければ神など居ないとすら思う程に。


 ボクはぼんやりと神を見上げます、恐らくボクは今創造されたのでしょう、ボクは不思議とそう理解しました。


 そうしてぼんやりと見上げていると神は満足気に頷き口を開きます。


「どうも初めまして、私の名前は天野司だ。今日から君の創造主の様な者になった気軽に司とでも呼んでくれ、そして今日から君の名前は透だ。理解したかい?」


 一息でそう言うと神は、いや司様は少し恥ずかしそうに頬を掻いています。そしてボクに名前が与えられました、今日からボクはトオル、意味は透ける、透き通る、と言った澄んだものと言う意味です。


 喜びに頬が紅潮します、ボクは歓喜を噛み締めながら創造主に応えます。


「はい理解しました、ボクは透ですね。よろしくお願い致します、司様」


 こうしてボクはまだ何も始まっていない世界の創世期に誕生しました。




 創世期のある日、まだ世界が創られてから間も無い時期の事でした。


 ボクは司様の要望通り話し相手として森の小屋の庭で木製の素朴なテーブルを囲んで司様と一緒にお茶を飲んでいました。


 これら全ては司様が創り出した物です、だからボクは何もしていないし出来ていない、無力感の様なものがせり上がってくるがそもそもボク自身も司様に創られた存在である事を忘れてはいけません。


 恐らく考えるだけ無駄なのだろう、しかし考えずには居られないのが辛いところでもあります。


 実を言うと司様と同じテーブルに着くと言うのも最初は畏れ多かったのだが、司様曰く


「そんな事で恐縮されては君を創った意味が無くなってしまうでは無いか」


 と困ったと眉を八の字にしていたので畏れ多いのは変わらないが、同じテーブルでお茶をする程度の事は出来るようになっていました。


 司様の第一の使徒としての仕事だと自分に言い聞かせながら。


 司様は白磁のカップに口をつけ少しお茶を飲むと、お茶請けのクッキーをひとつ摘み、サクサクと小気味のいい音を出し食べ、再びカップに口をつけ、ふぅとため息を漏らしました。


「どうかなさりましたか?」


 ため息を聞きボクは司様に問い掛ける、もしかしたらお茶で一息ついただけかも知れないが会話の糸口になればいいと話を振ります。


 司様は少し考えるようにしてから、唇を釣り上げて話しを始めた。


「いやね、ふと思い出したのだよ、私がここに来て数日目の事だ。聞きたいかい?」


 司様はいつもこうやって話を勿体ぶる癖があるとボクは思っています、もちろん聞きたいに決まっているのでボクは頷き、司様は話始めるのでした。


 これはボクにとって運命の出会いであり、そして終生のライバルが誕生した瞬間でした。


「これは私が物を創り出せると気づいた時の話だ。私は色々な物を出して検証していた、穀物、栄養剤、鉄に液体、それはもう色々な物を出して検証していた。そんなある時私はひとつ馬鹿なミスをしてしまったんだ」


 司様は控えめに言っても完璧だとボクは思っています、そんな司様がどのようなミスをするのだろう、生物すら寸分違わず創り出せる司様のミスに興味を引かれてボクは相槌を打ちます。


「その時私はタンパク質に飢えていたのだよ、だから私は下処理が簡単で調理方法が多い鶏肉を創り出そうとした、しかし出てきたのは鶏肉では無かった。なんだと思う?」


 鶏肉を創り出そうとして出てきたもの、コカトリス?いや流石に有り得ないと思う。なら何だろう?


「分かりません司様、それは何だったのでしょう?」


 ボクは司様に降参し、答えを求めた。


 第一の使徒として恥ずかしいですが、これも勉強だと司様の理解を深める事にしましょう。


 司様はイタズラに成功した子供のように笑いながら答えを教えてくれた。


「それはね、鶏だったんだ。肉になる前のね。そいつは美味しく頂いたんだけど、それからは鶏はいい実験台さ、お陰でデリート出来ることが判明したのだから全く失敗は成功の母とはよく言ったものだね」


 ボクにとっては青天の霹靂でした、ボクより先に創り出された生物が鶏だった。


 そこまではいい、ボクは司様の1番で無くても良いと思っているからです。


 たがその続き、鶏先輩はその身を犠牲にしてまで司様の役に立ったと言うではないですか!ボクはまだ司様の役に立っていないと言うのに……


 抜け駆けされた様な錯覚をする、いや彼?の方が早く誕生したのです、抜け駆けもクソも無いでしょう、でもボクは心の中で密かに思った。鶏先輩、君はボクのライバルです。


 鶏、なんて恐ろしい種族だ。存在するだけで司様の役に立てるとは、ボクも必ず役に立ってみせる。



 こうして透は終生のライバルを手に入れた。

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