第1話 望めば割となんでも手に入る

 あれから数日経ったが現状は何も変わらない。そう何も変わっていなかった、空腹も感じないし喉も乾かないし衰弱もしないし飢餓感もない事に四日目で確信した。


 二日目時点で不思議には思っていた、働く上で何度か食事を抜いたことがあるがその時でも多少の空腹や喉の乾きなどを感じていたものだがそれもない、しかし希望的観測は緩やかな衰退には不要だと思い切り捨てていた。


 三日目に疑惑が現実味を帯びてきた、流石に三日間飲まず食わずで生活できるだろうか?いくら動かず目を瞑っているだけだとしてもだ、もはやこの頃にはもう自分が衰弱して死ぬ未来は想像出來なくなっていた。


 そして四日目に私は確信する、飲まず食わずにも関わらずクリアな思考と何の不自由感もない健康状態を維持しているのだ、容姿や性別?の変容の時点で不思議な事だが考えることは色々ある、そう思い私は背中を預けていた、ひと際大きな木から背を離し考察と憶測を開始する。



 前提としてこの四日間で私は飲食の類を一切摂取せずに健康体を保っている事から栄養摂取の必要がないか、極端に低燃費かのどちらかだろう。


 飲食が必要ないなら排泄行為も必要無い事ということが言えるだろう、またこの四日間は一切眠っていなかったので睡眠すらも必要としないようだ。


 こんな何処とも知れない場所で私は飢えないというある意味デメリットとも呼べるモノを抱えてしまったという事らしい、こちらは緩やかな衰退を既に受け入れているのだ、今更生存が可能になったところでどうだと言うのだ。


 何なら食事の喜びを奪われた様なものではないか、食べられない事もないのだろうが肝心の食料がないではないか、とその事に気落ちしながら早く夜になれば良いのにと吐き捨てて、散々こき下ろした簡易ベットに寝転がり夜を待った。


 そうする間に夜は直ぐに訪れた、今思えば不自然極まり無かったがこの時の私はそう簡単には終われないこの森の牢獄に絶望し不貞寝する気満々で倒れ込んでいたので、その事には気付いていなかった。


 五日目の朝、私はまだ不貞腐れていた。


 普段は同僚から「気持ち悪いくらい切り替えが早い」と称された私が珍しく引き摺っていた、今思えばこれで良かったのだと思う、なにせ朝っぱらから意味もなく心の底から夜を待つタイミングがこれ以降に来るとは思えないからだ。


 目覚めてから早々に既に嗅ぎ慣れた緑と枯葉の臭いにうんざりとしながら、燦々と輝く太陽を睨み付けさっさと夜になっちまえと悪態を付きその場で丸まり瞳を閉じる、そうしていると直ぐに夜は訪れた、瞼越しから見える赤い光が完全な闇になる事で私はそう気付き、即座に考える。


 朝になって体感十五分も経たない内に日が沈み、夜になるなんてことがあり得るだろうか?まぁこの不思議空間なら何でもありだろうと若干思考放棄をしたくはなったが、考えていれば多少の暇つぶしにはなるだろうと思い不貞腐れモードから考察モードへと思考を切り替えた。


 そして私は半分冗談めかして仮説を立てる、もしかすると夜になれと思えば夜になるのでは無いかと、あまりにとんでもな考えだがただの冗談というわけではなく、今思えば初日にもその片鱗があった様な気がするのだ。


 物は試しとばかりに朝になれと思考し念じる、効果はすぐに現れた。


 月が加速するかのように沈み、そして太陽が瞬く間に登り便宜上六日目の朝が始まった。


 どうやら私は朝と夜を操作する事が可能のようだという事が判明した瞬間だった。


 しかし、いくら昼夜を操作出来ても人も食料もない上に、こんなよく分からない場所で一人である。


 この森林にただ存在し食べもせず話もせず眠るくらいしか娯楽がない、昼夜を操作できる?だからどうしたという感想しかない。


 どうせならせめてパンのひとつでも出せればいいのだが……そう思うと同時に手の上に何のエフェクトもなく一切れの食パンが現れた。




 ……諸君どうやら私は食べ物も創り出せるらしい。



 食べ物が出せるならもっと早く出なかったんだ!と軽い憤りを覚えるが恐らく食料をいたのが原因だと思い至った。


 森を散策しながら食べ物よと思わなかった私の過失だ、切り替えていこう。


 見た所食パンは見た目は普通のようだ、スライスされて出てきたのにも関わらず仄かに暖かいのは出来立て創りたてだからだろうか。


 少し食べてみようか有害ならそれはそれでありだ、緩やかな衰退から急激な終になり、尚且つ求めていた食料?を食して死ぬことが出来るのだから。


 さて食べてみた感想だが食感も普通の食パンで味も食パンだ。まぁ当然といえば当然だ、これでラーメンの味でもしたら私はその憤りを誰にぶつければ良いのだ。


 次だ、なら別の物も出せないかと私は考える、もしかしたらこれからの生活に食べると言う名の希望が見えるかも知れない。


 緩やかな衰退を受け入れる(キリッ)とか何とか言っておいて今更だが恥ずかしがるような相手もいないこの森林で幾ら前言を撤回しようが私の自由なのだ、異論のある奴は出て来い、そして私の話し相手になるのだ。


 さて茶番は一先ず置き、まずはパンは食パンしか出ないのかと思いクロワッサンを想像し創り出す。


 余談だがこの謎現象は何処からか取り寄せているのではなく創り出しているというのが何故か感覚でわかる。体の何処かから何かを微量に削って創り出す感じだ、ちなみに削った何かは削った端から増えているので実質的な損失はゼロだと思いたい。そもそも削っていなくても増えているのだから相対的に減りようがないと信じたいというのが正直だ。


 さて出てきたのはクロワッサンだ、そこはかとなく暖かいのはやはり創りたてだからだろう、味も食感も香りもクロワッサン過ぎて特筆する事がない。


 ならばパン以外はどうだろう、例えば普段飲んでいた栄養ドリンク等は出てくるのか、試してみよう――




 ――あれから幾つか試している内に何度も昼夜が入れ替わっていた。栄養ドリンクの結果は出てくる事が判明、味も同じだったといっておこう。


 そして別の発見もあったのだが私としてはこちらの方が興味深い。


 想像上の物も出せる事が分かった、例えば食べたことの無い物であっても出せるのは凄いと思う、実物を食べた事が無いから本当に本来の味なのかは判断しかねるが、初めて食べた味だと言うことは確かだ。


 ついでに刃物や鍋など無機物も出す事が出来たのは地味に大きかったりする。


 さて失敗は成功の母と言うがその通りだ、私は先程とてもくだらない失敗をした。その失敗とは鶏肉を食べたくなり鶏を出したのだ。


 明確にイメージを肉にしなかったせいで生きた状態で出てきてしまった。


 鶏を捌きながら私は考える、生物を出せるという事は人間も出せるのだろうか、しかし出せた所でこんな森の中で何が出来るのだろう。


 はぁ………


 そう考えた所で現状は変わらない、今は色々と試してみよう。まぁ私の知識にも限りはあり、いずれ試せることも無くなり植物の様にただそこに居るだけの存在になるのだろう。

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