第4話 鳶の背に乗って
「昨日とは
再び部屋を訪ねて来た青年は、健太の姿を見るなりそう笑った。
着古した道着。きつく締めた帯。
背筋を伸ばして正座したまま、タイワンリスは、と健太は青年を見上げて切り出した。
「元々この島には
「という説もある、
青年の笑みが不敵なものに変わった。
「我が子がタイワンリス
言いながら青年が上着を脱いだ。ひょろりとしているだなんてとんでもなかった。そこには恐ろしく引き締まった肉体があった。ピチピチの黒いTシャツに白抜きで、健太の道着と同じ『磯村空手道場』の文字。青年は棚の写真立てに目をやった。
「やさぐれて、お袋のこと困らせてばかり
青年の目つきが変わった。
「俺は先生が愛したこの島を守る」
「僕だって」
健太が立ち上がった。
「爺ちゃんとの約束を守る。弱い者の盾になる」
申し合わせたように、二人は写真立てに一礼した。
向き合い、やや腰を落として構えた。
互いに小さく跳ねるようにして間合いを取り始めた。
一瞬の静寂。
健太が奇声を上げた。踏み込んで拳を繰り出した。青年が半身で
次の瞬間にはもう、寸止めでなければ鼻が
「もう一回!」
優しい彼とも思えない猛々しさでそう叫んだ。
起き上がっては構え、立ち向かっては倒される。その繰り返しが始まった。
私から見ても、青年の動きには無駄がなかった。息が上がっていくのは健太ばかり。それでも彼は諦めようとしなかった。
私は裸の胸の奥が強く痛むのを感じた。
雄たちがせめぎ合っている。私を勝ち取るために争っている。そうされるだけの価値が今の私にあるだろうか。ちょっと毛を剃られただけで明日を
これまでになく強烈な一撃を受けて健太が
その
「自分を
構えを解いた青年が目を丸くした。健太も気付いて涙目を瞬いた。
無理もない。私は既にケージを飛び出し、机の端から飛んで窓の
屋根の先には木々の緑。
待て! と叫んだ青年の腰に健太がしがみついた。
「行け! 行けリリス!」
私は宙へ身を躍らせた。日に焼けた瓦の上を転がって庭へ真っ逆さま。落ちた瞬間を狙って鳶が急降下してきた。けれど今の私には鳶の動きなんか止まって見えた。落下の衝撃を膝で殺し、
窓から健太と青年がポカンとこちらを見ていた。
ありがとう二人とも。私に立ち上がる力をくれて。
私は
『捕まえてごらんなさい!』
森の向こうに真っ青な海が見えた。
このままどこまでも行けそうな気がした。
鳶の翼で。タイワンどころか、そのずっとずっと向こうまで。
リリスは鳶の背に乗って 夕辺歩 @ayumu_yube
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます