恋文
遠山李衣
恋文
突然のお手紙で、ごめんなさい。どうしても気持ちを伝えたくて……。
来年度には先生が、この学校から居なくなってしまうだなんて。未だにその現実を受け留められないでいます。
私が初めて先生のことを知ったのは、中学生の時です。あの頃の私は、高校受験を前にして、進路が決まっておらず焦っていました。何を学びたいのか、何者になりたいのか――それは今をもってしても何も決められていないのですけど――私は未来に希望が持てないでいました。
何気なく開いた高校案内のパンフレット――資料室に、受験のための資料が沢山あって、長机の上に並べられていました――に、先生が載っていました。パンフレットの中の先生は、とても美しく、瞳もキラキラしていて、眩いばかりでした。
今思えば、この学校のオープンキャンパス、行っておくべきでした。だって、同じクラスのH君ったら、「オープンキャンパスで先生の授業を聞いて、『この先生すげえ、この先生のもとで勉強してえ』って思って入学したんだよね」って言っているんですもの。もっと早く先生のことを知っていたら、もっとオープンキャンパスの案内をちゃんと見ておけば、先生と早く出逢えたかもしれないのに。
H君ほどではないけれど。「先生に逢いたい」という不純な動機で、私はこの学校に入学したのです。
先生もご存知かもしれませんが、私の得意科目は国語です。特に古典が大好きです。でも、先生に出逢うまでは、「国語なんてフィーリングで解くもの」だと思っていたし、実際受験国語はそれで充分でした。何より、解くことはできるけれど、文法の勉強が大嫌いでした。なぜこの助動詞は、この意味をとるのか。先生がちゃんと仕組みを教えてくれなければ、きっと今でも文法は嫌いで、今のようにすらすらとは古典を読めなかったでしょう。
そうそう、時折先生が話してくれる雑談も大好きでした。先生の恋バナを聞くだけで、どきどきしたし、私もいつかそんな恋ができるかなって思ったものです。写真の裏に隠された秘密の約束……。少女漫画や恋愛小説のワンシーンを読んだ気分になりました。勿論、授業に関係ある小話だって、ちゃんと覚えていますよ。兼好法師が源氏物語に憧れを抱いていたことも、『徒然草』を通して知りました。木に登った寂聴に似た人の顔を、私は一生忘れられそうにありません。
授業外でも、先生との思い出があります。
一番は、自由参加の一泊二日研修です。あまりお話はできなかったけれど―実は、先生とお話しできるかなと思って、研修先の予習をしてきたんですけど―先生と同じ空間に居ることができただけで、私は幸せです。先生と撮った写真は大事にとっています。
他にも、歓迎会の時に愚痴を聞いてもらったり、美術館の売店で土産物の話をしたり、授業終わりに取り留めもない話をしたり……。担任じゃなかったから、接する機会こそ少なかったけれど、私にとってはどれも大切な思い出です。
四月には、私は三年生になり、受験生となります。その時には、先生はこの学校はおろか、県内にさえ居ないのですよね。
異動になる、その知らせがあった日、先生は言いました。
「新しい先生が来たら、私のことなんて忘れちゃうよ」
と。
きっと、そうはならない。教室に入る度に、古典の授業が始まる度に、先生と一緒に読んだ『古今和歌集』や『徒然草』に触れる度に。私は、先生のことを思い出すことでしょう。そして、教室の風景や、同級生の賑やかさは変わらないのに、先生だけがそこにいない哀しさにしずみ、周りは寂しさが薄れ、前を向いていく中で、私だけが未練がましく先生が居た日々に囚われ続けるのでしょう。そう、七四七番のあの歌のように。
「月やあらぬ春や昔の春ならぬ我が身ひとつはもとの身にして」
長々と想いを書き連ねてしまいました。けれど、決して引き止めて先生を困らせたいわけではないのです。新天地に向う先生を、笑顔で見送りたいのです。
先生、また、いつでも遊びにきてください。
そして、いつか私がお酒を飲める年を迎えたら。
ワインを片手に、一緒にぺヤングを食べましょう。
――終わり――
恋文 遠山李衣 @Toyamarii
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