原子炉

 原子力発電棟中央制御室で、原子炉をモニターしている作業服姿の隊員たちは肝を潰した。

 スクリーン越しに窺える、原子炉格納容器に重ねられたCG映像による内部構造の原子炉圧力容器から、制御棒が引き抜かれつつあるのだ。


 壁一面を覆うスクリーンと対峙するように縦に整列する横長の机には、コンピュータやスイッチパネルが装置されており、それらと対峙する隊員たちは手元の制御装置を必死に操作して、なんとか異常事態を打開しようとしていた。それでも、コントロールは効かないのだった。

 見る間に、減速材までもが取り除かれていく。パソコンのモニターには監視カメラの映像もあり、原子炉に侵入して事態を収拾しようと試みる防護服を着た隊員たちが映っていたが、ドアも開かないようだった。

 そうこうしているうちにも原子炉は、形状自体をやおら移行させていく。


 室内に居合わせた国際原子力機関IAEAの査察官であり痩せたフランス人であるエティエンヌが、イヤホンマイクに叫んだ。

「原子力発電棟から総合管理棟へ、原子炉が自動的に封鎖されました。信じがたいことですが、炉自体も変移しつつあります!」

 無線機が女の声で応答した。

「ありえないわ」

「けれども実際に。……こいつは!」

 エティエンヌは、原子炉が何者になろうとしているのかを察したのか、絶句した。

 ほぼ同時に、背後の扉が蹴破られ、複数の人影がなだれ込んできた。武装したアメリカ陸軍の兵士たちだった。

 身の危険を察知したIAEA要員は、あらん限りの声を振り絞って、最後の情報を通知した。

「実在したのか!? げ、原子炉の構造が新型核兵器、原子炉爆弾に変わっていきます!」


 それは、原子炉に偽装して構造をいくらか動かすだけで爆弾に変質させられる見えない兵器として、第三国が核保有する可能性。理論が発見されて以来、一般には情報が非公開のまま密かに警戒されてきた、半ば都市伝説的に語られていた新型核爆弾だった。


 総合管理棟の会議室にやにわにもたらされた報告を受けて、フランスの管理棟司令官は泡を食って席を立った。流れるような長髪の女性だ。

「核って……、そんなこと、あるはずないわ!」

「おい! どうした!」次いで吼えたのは野沢だった。彼はイヤホンマイクを床に叩きつけて言った。「……くそっ、通信が途絶えた」

 錯乱する野沢を、隣席にいた日本の司令官が必死でなだめる。


 現在、会議参加者たちは、数百に及ぶ無線局の通信状態を調べているところだった。大規模な滅菌作業のため近隣のボストーク基地に助力を仰ごうとしたが、交信ができなくなっていたのである。

 各国代表者の報告が纏められると、ドイツ管理棟司令官は、一同へと大声で呼び掛けた。

「どうやら、どこからか妨害電波が発信されているようです! 外部と通信不能、基地内では原子力発電棟との交信のみが遮断されたようです。しかも原子炉に異変があるようだ!!」

 セルゲイが度を失って尋ねた。

「病原菌の蔓延に原子力事故……、こんな状況でどこにも助けを求められないと!?」

 室内はパニックになりかけた。


「落ち着け!」


 プランケット提督が呼び掛けると辺りは静まりだしたが、まだ僅かにざわついていた。それでもなんとか声が届きそうなほどになると、提督は言った。

「とにかく避難を進めよう。B-46の検査は、放射能漏れで被曝したかどうかの診察ということにするんだ」

「感染者がいたら?」

 ロシア管理棟司令官が訊くと、一瞬、周囲は沈黙に閉ざされた。患者を置いていかなければならない可能性が、みなの脳裏をよぎったのだ。

 プランケットもそうした考察をしたが、彼はそれを拒絶するように頭を振って言った。

「……カプセル型担架アイソレータで運ぼう。異議がある者は?」

 一人もいなかった。

 会議参加者たちはすぐに自分たちの国の管理棟にこの決定を通達し、退避の仕度に取り掛かった。


 刹那、室内の照明が消灯した。


 全員がぎょっとして、有機ELで発光する天井を見上げると、ややあって頭上はまた輝いた。

「なにごとだ?」

 日本管理棟司令官が問うと、野沢が照会を行って返答した。

「原子力発電棟が電力の供給をストップしたようです。基地全体が非常用電源に切り替わりました」

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