休息

 総合管理棟二階。

 廊下の突き当たりの空間に、四角いテーブルを囲って長椅子が並ぶ休憩所が設けられている。

 壁際の自動販売機のそばにある席には、一人でセルゲイが掛けていた。卓上のエスプレッソに視線を落とした彼は、仄かな熱帯の香りと湯気を辿ると、黒々とした湖面に到達した。表情は暗かった。


「大佐とはうまくいきましたか?」


 いきなりの声に顔を上げると、白衣を纏った端正な顔立ちの美女が、休憩所に通じる廊下の角から彼を窺っていた。

 コロンビア大学の女教授、リサ・アネリ博士。B-46の様々な特性を発見した若き秀才だ。

「……掘削場の案内を頼まれたよ、差し障りはなかった。英語は難しかったがね」

「わかります。多国籍基地の難題ですね」

「ああ」

 セルゲイがそっけなく答えてコーヒーを啜ると、リサは金髪のポニーテールを揺らしながら笑顔で自動販売機に接近して、ボタンを押した。

 自販機の取り出し口のカップにコーヒーが注がれる音を聞きながら、リサは言う。

「研究は順調ですか」

「残念ながら君の発見以来進展はないよ。見習わなくてはね」

「いえ、こちらこそ。いつも先輩方には様々なことを教わっていますよ」

 セルゲイは、リサが自分のほうを向いていないことを確認すると、ライバルへと刺すような眼差しをぶつけた。

 カプチーノを取り出したリサ・アネリが、立ったままそれを啜る。彼女が口元からカップを離してロシア人を見下ろしたとき、セルゲイはとっさに顔面を支配していた怒りを消した。

 豹変の瞬間をわずかに目撃されたのだろうか。リサ博士は不思議そうな顔をした。

「……さて」セルゲイは、気まずい空気が蔓延するのを妨害するように膝を叩いた。「わたしはこれで失礼させてもらうよ」

 告げると起立して、ぬるくなったエスプレッソを飲み干し、自販機の脇の回収箱にカップを放る。


 セルゲイは、休憩室を後にした。

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