賀喜は牡蠣が好き?

とべないうーいー

第1話 賀喜は牡蠣が好き?

私はひたすら歩いていた。

降りた事のない駅で降りて、知らない街をただひたすら歩いた。

目的はただ一つ

私の、いや、この血統の呪いを解くために。

そしてようやく見つけた。

路地裏にひっそりと佇む大衆食堂を。

見た目からしてかなり年季がはいっていそうだ。

地元に愛されているのがよく伝わってくる。


よし、ここにしよう


私は深呼吸をして、暖簾をくぐった。



「いらっしゃいませ〜

 1名様ですか?こちらへどうぞ」


食堂のおばちゃんが笑顔で対応してくれた。

軽く会釈をし、案内された席に座る。


客は私を入れて3人。

1人は作業着姿のおじさん。

もう1人は30代後半のサラリーマン。

厨房には、いかにもベテランって感じのおじさんとフロア担当のおばちゃんだけだ。

家族経営なのだろう。

この地元密着型の大衆食堂にもうすぐ20代になる私は少し浮いてる気がするが、それは仕方ない。


この店なら間違いなくあるはずだ。

メニューを見なくても分かる。

私の呪いを解く料理が。


いや、しかし一応メニュー表に目を通そう。

初見の店でいかにも常連客っぽい振る舞いはかえって痛い。


あった。

私の探していた料理が。

料理名を見ただけで心臓の鼓動が止まらない。


と、同時におばちゃんが水を持ってきた。

なんて良いタイミングなんだ。

今だ、今がチャンスだ。


「あの、カキフライ定食お願いします」


おばちゃんはニッコリと笑った。


「はいよ、カキフライ定食ね」


何故、私がここまで牡蠣にこだわるのか。

それはたった一つのシンプルな答え。

名字が、賀喜だからだ。


「お前の名字、カキじゃん」


小学校では男子にバカにされ続け


「賀喜って珍しいねー、牡蠣好きなの?」


高校ではそう言われ続けた。


つまり賀喜家は代々、牡蠣に呪われてきたのだ。


そもそも賀喜って名字というだけであって、私は牡蠣を食べた事が人生で一度もない。


賀喜家と牡蠣はなんの関係も無いし、食卓に牡蠣が出る事もなかった。

だから、「牡蠣好きなの?」なんて聞かれても答えようがない。

仕方なく、「普通だよ」って答えると大体の人が

「あ、そうなんだ」って残念そうな顔をするのが

腹立つ。


賀喜は牡蠣が好きじゃないといけないのか

長年悩まされた問題も今日で終わりだ。


この知らない街の大衆食堂を選んだのも訳がある。

ファミレスで食べたカキフライを美味しいなんて言うよりも「あそこの大衆食堂のカキフライ美味しいよ、え?食べた事ないの?」って言えた方がカッコいいからだ。


うん、その方がカッコいいに決まってる。


この日に備え、事前に牡蠣について色々と調べてきた。

生で食べると食当たりしそうだし、焼きや蒸しはハードルが高い。

そう思って選んだのがカキフライだ。

カキフライなら間違いないはずだ。


「はい、カキフライ定食ね」


おばちゃんがカキフライ定食を持ってきた。

こんがりきつね色に包まれたカキフライが5つもある。

美味しそうだ。

コロッとした見た目が可愛らしい。

カキフライを選んだの、我ながら素晴らしい選択だ。


「いただきます」

私は早速、箸をカキフライにのばした。

横にあるタルタルソースはつけないでおこう。

まずは牡蠣の味を楽しむべきだ。


サクッ

歯切れのいい衣を抜けて、牡蠣とご対面だ。


もぐもぐもぐ


んーっ



ん?


んん??


なんだこの味は?


「鯖じゃん」


例えるなら海にいすぎた鯖

いや、鯖の生臭さの極みだ。


確かにカキフライを頼んだはずだ。

断面から牡蠣がこんにちはしている。


う〜ん


不味くはないけど美味しい訳でもない。


「だったら鯖食うな」


私は1人、ポツンとつぶやいたのだった。

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