第3話 嫌がらせと自覚

 事が発覚したのは、それからかなり時間が経ってからだったと思う。


 たまたま授業終わりが一緒になった俺は、階段を降りようとする月を見つけ声をかけようとした。

 刹那、月の後ろに居た女子がわざとらしく笑いながら彼女の背中にぶつかった。

 突然の事にバランスを崩した月が、そのまま無防備に階段を落ちドタ、やドサっと言う音が鳴った。


「月!」彼女の名を呼び、焦って階段を駆け降りた。

 うつぶせに倒れた彼女を抱き起こした。見えた彼女は額から血が流れている。

 だが、それよりも気になったのは苦しそうに顔を歪め、喉をから笛のような音を出し、魚のように唇をパクパクさせ右手で胸を抑えていたことだ。


「月? 月? 大丈夫か? どうした?」

「ヒッ、グッ、ハッ」

「白井さん!?」


 彼女を抱き上げたまま名前を呼ぶも、月は苦しそうに喉を鳴らすだけだった。そこに、騒ぎを聞きつけた先生が、人垣をかき分け側に来ると月の名前を呼んだ。

 尋常じゃない彼女の様子に先生は、近くの男子生徒に保健の先生を呼ぶように伝え、自分はスマホを取り出した。

 数秒後、スマホを耳にあてその場で話し始める。


「救急車を一台お願いします。場所は――」などと話す声を、どこか他人事のように聞きながら月の顔色が悪くなるのをただただ見つめた。

 

 保健の先生が駆け付けた時、先生と一緒に戻った男子生徒がAEDと呼ばれる自動体外式除細動器じどうたいがいしきじょさいどうきと酸素と書かれた人の腕位の大きさのボンベを持ってきた。

 騒ぎを野次馬していた生徒たちをかけつけた教師たちが、教室に戻るよう促す。

 俺も同じように電話切った先生によって、その場からどかされた。


 女の先生が見えないようシーツのようなものを広げ、月が見えなくなると少しの時間を置いて、機械的な女の人の声で「充電しています」と流れた。

 その後、ブザーのような音が鳴り、ドンと音が鳴って触れても大丈夫だなんて音が聞こえた。


「白井さん? 聞こえる?」そう保健の先生が声をかけた時には、月から出ていた喉を引き攣らせたような音も消えていた。「もう、大丈夫よ」そう言って側に佇んでいた俺の肩を、担任が叩く。


 隠されていた布が取り外され、彼女の姿が見えた。胸の上には毛布がかけられ、口と鼻を覆うように酸素マスクがつけられていた。

 そんな彼女の姿に、あの木漏れ日の中の記憶が蘇る。


「る、るな? 平気か?」

 俺の声に、瞼を開いた彼女はかすかに首を縦に動かし、へらっとした笑顔を未だ苦しそうな顔に作った。 

 

 近付くサイレンに先生たちが動き出す。

 慌ただしく教室へ向かった先生が、月の鞄を持って来るのとほぼ同時に、駆け上がって来た救急隊の人達が彼女を取り囲んだ。四人がかりで彼女をストレッチャーから分離させた担架に乗せ階段をゆっくりと降りて行く。 

 それについて昇降口まで見送ろうとした俺の肩を、担任が手を置き止めた。


 彼女の事が心配で、彼女の事ばかり考えてしまう。

 そのせいか午後の授業は、ほぼほのぼ頭に入らなかった。

 放課後、仲間が遊びに行こうと誘ってくれたけど、到底そう言う気分にはなれず断りを入れる。一人ス○バでコーヒーを片手に、自分の気持ちに気付いたんだ。

 

 ――――月が、好きだ。


 自分の気持ちが分かった途端、凄く恥ずかしくもあり嬉しくもあり……色々な感情が押し寄せた。

 その中でも一番強く感じた気持ちは ”早く彼女に会いたい。会って好きだと伝えたい!” だったんだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る