第81話 80、軍事衛星の目的
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「乙女さん、感想はどうだった。不便な点はなかったかい。」
イスマイルは川本研究所に戻ってから乙女に聞いた。
「そうねえ。無重力は苦にならなかったけど、慣れていないせいか宇宙服を着るのが面倒だったわ。トーラス内の居住空間では平服でしょ。この研究所も平服。ここから人工衛星に急いで行く時には宇宙服の着脱は面倒だわ。」
「そうか。やはりそうだよね。・・・分かった。次に乙女さんが行く時には平服で行けるようにする。空気を捨てないようにすればいいんだ。」
「ステーションを与圧するの。」
「うん。ステーション電車やステーションの気密は容易だ。気閘(エアロック)から外に放出される空気の量も大したことはない。問題はステーションと繋がった乙女号の格納庫を与圧することだったんだ。とてつもない量の空気が必要になるからね。乙女号の出入りのたびに宇宙に放出してしまうのはもったいない。それで真空のままにしていたんだ。でも空気を宇宙に放出しないでタンクに溜め込むことにするよ。乙女号の出入りに少し時間がかかるけどね。柔らかい吸引菅をそこら辺にいっぱい伸ばしておけば急速に脱気できる。柔らかいから乙女号の出入りにも支障はない。連結部の気閘にも吸引装置をつけておくよ。貴重な窒素は宇宙に逃さない。衛星では酸素より窒素の方が貴重なんだ。」
「ということは酸素は乙女号と同じように水から作るのね。」
「うん。防御壁の内側は飲料水の貯水槽になっている。一応、中性子の防御用だけど生活用にも使う。お風呂に入ることもできるよ。」
「そうしたら今度は普通の服のままでトーラスに行けるのね。」
「そうなる。」
「よかったわ。」
「他になにかあるかい。」
「そうねえ。高速で回っているトーラスが怖かったわ。遠くから見るぶんには感動的だったけどステーションでは少し怖かった。通過駅を通過する特急列車みたい。」
「了解。ステーションではトーラスが見えないように衝立でも立てよう。他には。」
「そうねえ、違いは分かったのだけど問題ないわ。」
「何の違い、」
「空気の匂い。この研究所は若葉の匂いがするでしょ。芝生の匂いもする。海には海の匂いがするし乙女号の中は乙女号の匂いがする。地表の大気には塵もあれば病原菌も浮いているし鉄粉も鉛の微細塵も浮いていて人間の防衛力を訓練している。衛星の中には匂いがないの。強いて言えば鉄の匂いかな。」
「最近作った空気だからね。常温の空気はどんな硬いものでも表面に当たってそれを削り取って空中に浮かべる。ガラス屋はガラスの匂い。鍛冶屋は鉄の匂い、金の部屋があったら金の匂いだ。いずれ衛星の匂いになる。」
「そうね。次に行く時には衛星の匂いになっているわね。」
「他にあるかい。」
「他にはないわ。でも少し無理かもしれないけどお願いがあるの。」
「何でござりましょうか、お姫さま。」
「展望室を作ってほしいの。ダーリンの望みはコーヒーを飲みながら地球を眺めることだったわ。それに適した民間用の宇宙ステーションの設計は難しかったので軍事衛星にしたのだったわね。軍事衛星に展望室は必要ないことは分かっているんだけど、そんな場所があったらいいなって思ったの。ダーリンと一緒に地球を見ながらコーヒーを飲みたいわ。」
「月から地球や星空を眺めるようなわけにはいかないけど、それでいいかい。」
「星や地球を見上げるのではなく見下げるってことね。」
「そうなんだ。僕はまだ遠心力でしか人工重力をつくれないからね。展望室に人工重力を作ろうとすれば天井は衛星表面で床は宇宙空間という配置になってしまう。」
「それでもいいわ。足元に大宇宙の星々が瞬(まばた)きなしで輝きながら流れ、そこには地球も月も輝いて現れそして通り過ぎてゆく。そんな宇宙の真ん中でダーリンとコーヒーを飲む。素敵よ。」
「了解。半球形の展望室を作ろう。床は透明な吊り下げ式。トイレと休憩室は天井裏にする。天井裏にはエアロックを付けて衛星本体から独立させる。人工重力付き。展望室は衛星表面を走る構造にする。吊り下げ式のダブルレールになるかな。軌道はトーラスが回っている位置だ。衛星本体が回転するのを補正するのにも便利だ。もちろん敵から攻撃されたら直ぐに壊れる。それは織り込み済みだ。金額も安いしね。」
「いいわね。平服のままでいたいから展望室への移動には今使っているようなワンボックス車のような物を作ってくれないかしら。」
「展望室への行き来に専用のキャリヤーを作るよ。使用時間は短いから空調は簡単でいい。簡単だよ。ステーションから出発できるようにする。」
「ありがとう、ダーリン。」
「どういたしまして。僕も早く地球を眺めながらコーヒーを飲みたい。」
乙女の望みを満たすのには軍事衛星を作るのと同じ3年間が必要だった。
設計を新しく引かなければならなかったし、宇宙空間で使用できる巨大で透明なドームを作るために新しい会社を立ち上げなければならなかったからだ。
そんな技術を持った会社はやがて来るであろう宇宙観光に需要は少ないだろうが役立つはずだ。
日本国の総合幕僚長は陸海空の順に数年ごとに交代して行くのだがイルマズ防衛顧問(3軍の共通少将待遇)は2163年に就任して以来、2187年の今日まで24年間も変わらない。
防衛顧問の任免は統合幕僚長にあり、前任の統合幕僚長は後任の統合幕僚長にイスマイルの留任を依頼して行くのだ。
その間、イスマイルの俸給は少将の俸給のままで変わらない。
イスマイルの見かけ年齢は24年間で4歳ほどが増えた。
23歳か24歳の若者のように見える。
イスマイルは日本国と国境を接するアクアサンク海底国の元首であり駐日大使であり軍隊の最高司令官でもある。
アクアサンク海底国は日本国と安全保障条約を結んでおり、中央アジア連合ともオスマン連合とも安全保障条約を結んでいる。
とにかく、アクアサンク海底国の軍事力は圧倒的で、どの大国も反発はしない。
イスラエル国は愚かにもアクアサンク海底国の戦闘機にミサイル四発を発射し、アクアサンク海底国戦闘機の徹底した封鎖と食料の焼却を受け、本国国民の大部分が餓死し、国土は半分になった。
イスラエル国が失った北鮮の土地は今もそのまま残っている。
アクアサンク海底国は陸地に執着を持っていないのだ。
そして餓死を戦術の一つとして選択できるアクアサンク海底国は人権や人道などを全く考慮していないのだ。
列強首脳はそんなアクアサンク海底国に恐怖した。
アクアサンク海底国が遺憾砲を持っていることも情報筋では公然の秘密だ。
「こんにちわ、東雲光一(しののめこういち)統合幕僚長。イルマズ防衛顧問が定時連絡に参りました。」
イスマイルは月末の俸給が振り込まれた後の月はじめにシークレットを連れて統合幕僚長を訪ねた。
「ようこそ、イルマズ顧問。とうとうアクアサンク海底国の軍事衛星が完成されたようですね。」
「はい、本当は3年前に完成していたのですが妻がどうしても宇宙を見るための展望室を作れとせがむので3年間も工事延長になりました。その間に問題が生じなくて幸運でした。」
「アクアサンク海底国に問題を起こそうとする国はこの世界にはありませんよ。」
「地球の国ではそうかもしれませんね。ところでつかぬ事をお聞きしますが、東雲光一(しののめこういち)統合幕僚長は東雲光さんのお子さんですか。」
「そうです。父をご存知なのですか。」
「何度かお会いしました。確か25年前の2162年が最初ですね。外務省の外務審議官のお部屋でお会いしました。当時の外務審議官だった青石鎮目さんと統合幕僚長だった才賀武さんと内閣情報調査室長の東雲光さんは同期で友達だったようで、同じ部屋におりました。私を防衛顧問にしたのは才賀武さんですよ。」
「なんでこの話になったのでしょうか。」
「『幸運だった、問題なし』について話すために話を振りました。私は才賀大将が退官する半年前に人工衛星に関して話したことがあります。才賀大将は宇宙リゾート用の人工衛星を作るより軍事衛星を作るべきだと力説されました。どうしてだと思います。」
「・・・当時からイルマズさんの傭兵大隊は圧倒的な戦闘力を持っておりました。軍事衛星を作る必要性はほとんどなかったはずです。なぜでしょう。分かりません。」
「才賀大将は宇宙人の襲撃を危惧されておりました。核戦争のような人間同士の争いで死ぬことは甘受できるが宇宙人に殺されるのは耐え難いとおっしゃいました。私が『問題が生じなくて幸運だった』と言ったのは宇宙人の襲撃がなくて幸運だったという意味です。」
「宇宙人ですか。才賀大将がそんなことをおっしゃったのですか。驚いた。」
「才賀大将は『老人の世迷い言』だとおっしゃいましたが私は反論できませんでした。当時は情報がありませんでしたから。」
「今は確信がおありなのですか。」
「備えをしておいてもいいかなって思っております。杞憂に終わればそれはそれで喜ばしいことです。」
「イルマズさんが確信した根拠は何でしょうか。」
「個人的な小さな事です。ご存知のように私の父は遺憾砲を作った川本五郎で、川本五郎は川本三郎に作られた5倍体人間です。おそらく川本三郎の細胞から作られたのだと思います。私は父を造った川本三郎を詳細に調査する過程で一つの情報を得ました。川本三郎氏は2010年の8月8日に会津の磐梯山に登ったそうで、山頂付近のお花畑の写真の中に空を飛んでいるUFOが写っていたそうです。川本三郎氏はご丁寧にそれを年賀状に印刷して配ったようです。2010年の8月は2011年3月11日の大津波を引き起こした東北地方太平洋沖地震の半年前です。進んだ科学を持つ宇宙人が地球に居たならこれから近くで起こるであろう地震の調査をしていたはずです。磐梯山近くの猪苗代湖はUFOの出現で有名な場所です。90mの水深を持つ猪苗代湖の湖底は絶好の基地になり得ます。地震による基地損傷を心配するのは当然です。」
「私は何と言ったらいいのでしょうか。」
「一笑に付してもかまいません。私の根拠を聞かれたのでお答えしました。もちろんはっきりした根拠はありません。宇宙人存在のはっきりした根拠があれば大ニュースになっているでしょうから。」
「確かに。今の地球には大宇宙を渡って地球に来ることができるような宇宙人の武力に対抗できる軍事力はありません。核兵器でもだめでしょう。イルマズさんの傭兵部隊でも対抗できないかもしれません。」
「そうですね。そんな考えで才賀大将は宇宙人の襲撃を危惧されておられたのでしょうね。もちろん在任中は宇宙人なんておくびにも出さなかったでしょうが。」
「いやはや、こんな話になるとは思っておりませんでした。仮に宇宙人が地球に居るとしてイルマズさんは宇宙人に対してどのように対処するおつもりですか。」
「分かりません。UFOの話は大昔からありました。仮にUFOの持ち主が宇宙人だとすると、その宇宙人は地球を直ちに征服しようとは思っていないのだと思います。川本三郎氏の写真の飛行体には翼(つばさ)がありませんでした。アクアサンク海底国の戦闘機のように重力遮断して飛行しているようです。大昔から地球にいた宇宙人の科学力は地球人より優れていると思われます。そんな宇宙人が地球を征服しなかったということは地球を征服しようと思っていないからだと思われます。」
「そうなりますね、」
「アクアサンク海底国の戦闘機は重力圏内であれば飛行することができます。衛星軌道では問題なく飛行できます。地球の外では太陽の引力に支配されます。加速度は低下しますが惑星が存在している限り移動は可能です。時間はかかりますがね。でも太陽系の外に出ることはできません。宇宙人はそんな外宇宙を飛行することができたはずです。そんな技術を教えてくれるなら教えて欲しいですね。」
「イルマズさんは宇宙人は地球人の科学レベルが外宇宙に出る前までに達するまで待っているのだとお考えなのですか。」
「江戸時代の人間に外宇宙を移動できる技術を教えても人間はそれを吸収できないですね。乳児に大人の食事を与えても乳児は消化できません。最初は大気のある地上で地球の母乳を飲んで育ち、離乳食を食べて空気のない場所に行けるようになり、ようやく大宇宙を自由に飛行できる大人の食事をすることができます。宇宙人は大人の食事を与えることができるまで待っているのかもしれません。」
「そうだといいですね。」
「乳児は発育の途中で核戦争という病気で死ぬこともありますからね。」
「人間がみんな死んだら宇宙人はどうしますかね。」
「人間のいない地球をもらうのでしょうね。なんの後ろめたさもなくね。」
「宇宙人は最初からそれをねらっているのかもしれませんね。」
「そうかもしれませんし、そうでないかもしれません。私は宇宙人の考えは分かりません。ただ、人間に都合のいいようにだけ考えるのは危険でしょうね。」
「それでは軍事衛星では戦闘の訓練をしているのですか。」
「はい、休みなく紅白戦をして経験を重ねております。軌道上での戦いはなかなか難しいようです。軌道速度を落とせば高度は下がるし、速度を上げれば高度は上がります。定位置に止まって待てば相手は秒速数キロの速さで接近し、そして遠ざかります。そのような状況で目的の行動を取るには重力制御を巧みに調節しなければなりません。戦闘機の人工頭脳はそれをしなければなりません。訓練を繰り返して経験を積むのです。経験を積めば反応は速くなります。敵の裏を読んだり裏の裏を読んで最初に戻るか、裏の裏の裏を読むのか。そんな戦いを通して戦闘の経験を積み重ねます。強い相手には相手の機体に多数で接着して分子分解砲で相手機を切り裂くこともします。戦いは1:1の場合もあれば小隊同士の戦いもあります。中隊同士の戦いや中隊対小隊の戦いもあります。戦いが終われば反省会も開かれます。どの戦闘機も同じ人工頭脳を持っているのですが、戦いの強弱の違いは出て来ます。不思議なことです。」
「強力な軍隊になっているのですね。」
「井戸の中の蛙の戦闘訓練かもしれません。」
イスマイルはそんな話をして定時報告を終えた。
川本三郎の年賀状の図。
カクヨムでは表示できません。申し訳ありません。「みてみん」で「藤山千本」を検索して下さい。
表題は「UFO発見の年賀状」でコードは以下です。
https://27752.mitemin.net/i436945/
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