第78話 77、交渉人シークレット
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イスラエル国に対する報復には新しく作られたグリーン大隊の戦闘機1000機が投入された。
グリーン大隊の戦闘機の機体は緑色に塗装されていた。
グリーン大隊がイスラエル攻撃に採用したのは昔から使われた兵糧攻めだった。
それが一番安上がりで多数の人間を殺す方法だとグリーン大隊の司令官は判断したのだ。
グリーン大隊は南朝鮮と北朝鮮を分断し、ロシア連邦国と中華人民共和国の国境を封鎖し、海岸線に沿って厳重な警戒線を構築した。
ロボットは眠らないので昼夜を通して警戒線を維持できた。
朝鮮半島のイスラエル本国は移国後100年で100%近い食料自給を達成しており、二次産業以上の産業によって潤っていた。
イスラエル国は立派な農地を持っていたがそれでも穀物は輸入していた。
人間は食料なしには1ヶ月も生きることができない。
グリーン大隊はイスラエル国から出る船を海中から撃沈した。
イスラエル国に入る船は海上で追い返した。
イスラエル国に入る旅客機は追い返したが、燃料不足の場合には南鮮の飛行場に着陸することを許可した。
イスラエル国から出る飛行機は民間機を含め、ことごとく撃墜した。
南鮮と北鮮を結ぶ道路と鉄道は破壊し、封鎖線を越えようとする自動車は破壊した。
グリーン大隊は次にイスラエル本国の食料備蓄倉庫の食料を次々と炎上させていった。
数百もある各地の農場の貯蔵倉庫を破壊していった。
上水道の浄水場を見つけると破壊した。
イスラエル国の農地には緑色の戦闘機が遊弋し、刈り入れ前の作物を分子分解砲で切り倒すか収穫しようとする人間を殺した。
イスラエル国は裕福な国であり、海外にも多くの同胞を持ち、世界の金融にも大きな存在感を持っている。
時が平和時であればイスラエル国は世界の各地からお金を集めることができたし、金融を通して相手国に圧力をかけることができた。
大金持ちの金貸しの姿を持っていた。
しかしながら強力な軍事力で国を封鎖されるとイスラエル国の持つ力は発揮しにくくなる。
どんなにお金を持っていようと、そのお金で食べ物を買うことができない。
お金は空腹の足しにならない。
もちろんイスラエル国は国内に遊弋している緑の戦闘機に対して攻撃した。
対戦車砲とか対戦車ミサイルとか対空機関砲とか、イスラエル国は装甲の厚い陸上兵器に対する武器はふんだんに所有していた。
それは有力な商品でもある。
残念な事にそれらの兵器は30㎝の鋼鉄の装甲を持つ緑の戦闘機を破壊することができなかった。
30㎝の鋼鉄の装甲を打ち破るには40㎝級の戦艦砲の鉄甲弾が必要だった。
そんな旧式の武器はこの時代には無かった。
それに緑の戦闘機は黙って攻撃を受けているわけではない。
攻撃があれば直ちに反撃し、相手を破壊した。
グリーン大隊司令官は試みにイスラエル国各地にある農場の一つに一個中隊の重装甲歩兵100体を導入してみた。
重装甲歩兵は人工脳を持った人型ロボット兵士が銃弾を通過させないボディーアーマーで全身を覆った兵士だ。
人間の兵士と違って重いボディーアーマーを着けて空中を飛翔できる。
そんな装甲を持っているとはいえ、ロボット兵士は不用意に身を晒すことはない。
人間と同じにようロボットは破壊されることを避けて身を守る。
掩体があれば利用する。
弾が当たれば傷つく人間の兵士と同じだ。
結局、その農場では兵士の損害はなかった。
目的の備蓄倉庫は炎上させることができた。
農場の人間は攻撃されなければ殺さなかった。
人間を殺すような無駄弾を撃つことは中隊長の評価が下がる。
人間は食料を断てば死んでいくのだ。
そして大隊司令官は農場程度への攻撃には小隊規模の装甲兵士で十分であることを認識した。
小柄な女性の体形を持つ重装甲歩兵は戦闘機と違って建物の中に入っていくことができる。
建物に入って台所の食料を持ち出し、地下の核シェルターに入って備蓄食料を運び出し、炎上している備蓄倉庫に食料を投じた。
小隊に命じられた使命は農場にある人間の食料を無くすことだった。
食料には大型の家畜も含まれていた。
牛や豚は兵士に抱えられ、空中から備蓄庫の炎に投げ込まれた。
住民を殺すことは命じられていなかったが、抵抗した人間は殺した。
小隊が農場から引き上げた後の農場にはほとんどの人間が生き残っていたが人間の食料は残っていなかった。
残った人間は農場に残っているかもしれない食料を無くしてくれる有用な生き物だ。
グリーン大隊司令官は2個中隊(20小隊)を農場の襲撃に当てた。
1ヶ月も経つとイスラエル国の農場からの食料供給は完全になくなり、隠し持っていた政府の食糧倉庫の穀物もなくなった。
そして餓死が始まった。
グリーン大隊の戦闘機のイスラエル国内での遊弋が無ければイスラエル国民に飢えは生じなかったのだがグリーン大隊の徹底した食糧焼却作戦はイスラエル国内の人間を殺すには正鵠を射た作戦だった。
イスラエル国は国内の食料を焼却させる敵の軍事作戦には対応して来なかった。
イスラエル国は敵の目的は軍事施設の破壊や町の破壊そして人間を武器で殺すものだとし、それに対する対策を講じて来たのだった。
町の破壊に伴って食料倉庫が消失したり食料輸送網が寸断されて食料が不足したりしても、人間は何とか生きることができるものだ。
庭先で日々の飢えをしのぐために食料を育ててもいい。
川で魚を取ったり海岸で魚を取ったりしてもいい。
しかしながらグルーン大隊の司令官は目標を人間の食物の消去においた。
そんな作戦は論議の俎上にも載らなかった。
イスラエル国に餓死者が出るようになり始めると死者数は幾何級数的に増加していった。
それは餓死候補者の裕福な家庭に対する略奪行為にも一因があった。
イスラエル国の食料窮乏に対して南鮮の朝鮮族自治領では食料に事欠くことはなかった。
朝鮮族自治領ではイスラエル国に食料を供給するような生産体制を取っていたからだった。
南鮮の食料備蓄倉庫は攻撃されなかった。
北鮮では食料焼却をするために遊弋していた緑色の戦闘機も入って来なかった。
海岸線で魚を取ることも出来た。
イスラエル人である南鮮為政者は食料を何とかイスラエル本国に送ろうとしたが、南北の境界は完全に封鎖されていたので如何なる物資も通過させることはできなかった。
通過できないのは物資であり情報は全く封鎖されていなかった。
南鮮の人々は北鮮の人間が飢え死にする様子を最初のうちはテレビ映像を通して、その後はインターネットを通して知ることができた。
しかしながらやがてインターネットからの情報も入らなくなった。
情報を送る者がいなくなったのだ。
イスラエル国軍の数少ない者は餓死のイスラエル国から脱出することができた。
ジェット戦闘機のパイロットには国を守る事を放棄して国外に脱出した者もいた。
脱出し終わったパイロットはイスラエル国の窮状を世界に知らせるためだと母国に言い訳したが、イスラエル国の状況は世界の多くの人々に知られていた。
グリーン大隊司令官はジェット戦闘機の脱出を放置した。
命令はイスラエル国から食料を無くすことだ。
人間がイスラエル国から脱出するのは指令に合致していないとは言えないとした。
イスラエル国は何とかイスラエル国の完全封鎖を解いて欲しかった。
イスラエル国政府は電話や無線やネットを通して各国のイスラエル大使館にアクアサンク海底国に接触し、イスラエル国の封鎖を解かせるように命じた。
イスマイルは日本政府の要請で駐日イスラエル大使と会うことになった。
イスマイルは東京麹町のイスラエル大使館にシークレットを行かせた。
シークレットは電車で麹町まで行き駐日イスラエル大使館に徒歩で向かった。
シークレットは白いブラウスに紺色のタイトスカートを着け、黒エナメルのハイヒールという服装で、乱れのない潤いのある長い黒髪を穏やかになびかせて大使館に向かった。
イスラエル大使館は街中にあったが小さな門の前には自動小銃を抱えた警備兵が立っていた。
イスラエル本国は戦争状態にあるのだ。
シークレットは警備兵の前にまっすぐ近づき言った。
「日本政府から要請を受けてアクアサンク海底国より参りました。大使にお取り次ぎください。」
「なんだと。・・・アクアサンク海底国。・・・お待ちください。」
警備兵は襟のマイクに何か言った。
すぐに入り口のドアが開き、背の高い黒服の男が出て来た。
「アクアサンク海底国からのお使者の方でしょうか。」
「貴方はどなたでしょうか。」
シークレットはヘブライ語で男に言った。
「失礼しました。イスラエル国大使館付き武官のアッシュです。アクアサンク海底国からのお使者の方でしょうか。」
「アクアサンク海底国大使館付き秘書のシークレットと申します。日本国政府から要請を受けてここに参りました。イスラエル国大使にお会いできますか。連絡は入っていると思います。」
「少し驚きましたが分かりました。連絡は受けております。イスラエル国は貴国と交戦状態にあります。大使との面会前にお身体を検査してもよろしいでしょうか。」
「拒否します。」
「弱りましたね。」
「分かりました。交渉は決裂ですね。今日は帰ります。戦闘状態はこのまま続くと思うと大使にお伝えください。」
シークレットはそう言って後ろに向き、細い右腕を挙げ振りながら歩き始めた。
アッシュは事の重大性に気がついた。
イスラエル国は壊滅の危機を迎えており、何とかアクアサンク海底国の攻撃を止めてもらいたいために日本国政府にお願いし、ようやくアクアサンク海底国の使者との交渉の機会を持つに至ったのだ。
アクアサンク海底国からの使者を門前払いしたら二度と交渉は行われないであろうし、日本国にも再度のお願いはできなくなる。
それはイスラエル国の壊滅を意味する。
アッシュはシークレットを数十メートル追いかけ、シークレットの前に出てから言った。
「待ってください、シークレットさん。申し訳ありませんでした。どうぞ大使とお会いしてください。」
シークレットは歩みを止めて微笑んだ。
「アッシュさん、事の重大性に気がつかれた様ですね。貴方の一言一言がイスラエル本国の住民の生死を決めるのです。」
「申し訳ありませんでした。大使と会って下さい。お願いします。」
「いいですよ。私はいい男からお願いされるとつい情に流されてしまうのです。」
シークレットは丁重に大使館に迎えられイスラエル大使と面会した。
「お初にお目にかかります。大使のアロン・バーンシュタインです。本日は大使館までご足労いただきありがとうございます。」
大使は英語で言ったがシークレットはヘブライ語で挨拶した。
「こんにちは、アロン・バーンシュタイン閣下。琥珀のアロンさんですね。アクアサンク海底国のシークレット・イルマズと申します。役職は特にありません。本日はアクアサンク海底国の全権を持つ交渉人として参りました。イスラエル国はアクアサンク海底国と会談をしたいと聞いております。どのようなことでしょうか。」
「ヘブライ語が話せるのですか。驚いた。さっそく本題に入っていただきましてありがとうございます。ご存知のように現在イスラエル国はアクアサンク海底国の封鎖を受けております。イスラエルとしては封鎖を受ける理由が全く分かりません。なぜここに至ったのでしょうか。」
「我が国の戦闘機が貴国上空で4回に亘ってミサイル攻撃を受けたからです。1回だけなら誤射との推測もできますが、3時間おきの4回のミサイル攻撃はイスラエル国の意思だと判断するのに十分な攻撃でした。それゆえアクアサンク海底国はイスラエル国と交戦することに致しました。」
「こちらからのミサイル攻撃が発端でしたか。・・・ミサイル攻撃に対する報復にしては大きすぎるのではないでしょうか。イスラエル国は壊滅の寸前にあります。」
「知っております。攻撃は新しくできたグリーン大隊が遂行しております。グリーン大隊司令官は効率を重視したのだと思います。アクアサンク海底国には現在ブラックとレッドとブルーとグリーンの大隊があります。各大隊の司令官は互いに競っているようですね。グリーン大隊の司令官は最も経費がかからないで相手を壊滅させるには相手の食料を無くせばいいと考えたのだと思います。他の司令官に自慢したいのですよ。」
「イスラエル国では餓死が増加しております。非人道的な攻撃だと思いませんでしょうか。」
「戦いにおいて補給線を絶つことは古来より採用されている方法です。金融圧力も含め経済封鎖という方法もそれと同じですね。貴国はこれまでそういう方法を採用して来たと思います。違いますか。」
「・・・しかし一般市民が飢え死にしようとしているのですよ。非人道的です。」
「貴国は国民皆兵ではなかったのですか。国民は男女を問わず兵士です。一般市民はおりません。」
「・・・どうすれば封鎖を解いてくださるのでしょうか。」
「イスラエル国はイスラエル国の存続をお望みですか。」
「もちろんです。」
「そうですか。グリーン大隊の司令官はイスラエル国の壊滅を命じられております。困りましたね。どうしたらいいのでしょう。」
「命令を撤回していただくわけにはいきませんか。」
「文民統制の普通の国ならできるのでしょうが、アクアサンク海底国は軍事国家です。軍事に関しては厳しいのです。ところでアロン・バーンシュタイン閣下はアクアサンク海底国をお認めになられるのですか。お国の方針とは違うと思います。私はここに来たらてっきりテロリスト集団の交渉人にみなされると思っておりました。」
「イスラエル国はアクアサンク海底国を国家として認めてはおりませんが存在は認めております。」
「どんな存在なのですか。それを閣下にお聞きしているのはお答えによってはアクアサンク海底国の対応が異なるかも知れないからです。」
「・・・困りましたね。・・・どう言ったらいいのでしょうか。」
「そのお言葉は私が先ほど言った言葉と似ていますね。『困った、どうしたらいいのか』です。お互いに困ってどうしたらいいのか分からないことがあるようです。」
「その様ですね。どうしたらいいのでしょうか。美人交渉人のシークレットさん。」
「まあ、ありがとうございます。それではそうですね。・・・これは心優しい美人交渉人シークレットの考えです。アロン・バーンシュタイン閣下、現在のイスラエル国は諦(あきら)めて下さい。イスラエル国は太平洋に出る道を開くために大韓民国を併合したのだと思います。それは100年前からずっと続いた一貫した方針でした。そのために大韓民国を弱らせ2年前に平和裏に併合することができました。アクアサンク海底国ができたためにその行動は早まったのかもしれません。少し無理をしました。このままでは永久に太平洋に進出することができなくなるからでしょうね。イスラエル国は中東からの移国以来の目的を達したのです。これまでイスラエル国は中華人民共和国と極一部はロシア連邦国と国境を接しておりました。国境の警備はイスラエル国にとってある程度の負担になっていたはずです。アクアサンク海底国はその負担を無くしてさしあげます。イスラエル国の首都を南鮮に移して下さい。封鎖は一部を除きこれまで通り続けます。南北の封鎖線は北から南に向かう人間に対して許可しましょう。・・・人間だけでは厳しすぎるかしら。お金も金塊も持てるものなら何を運んでもいいです。北鮮から人間がいなくなるまでそれを続けます。イスラエル国は南鮮で生き残ることができ、太平洋への道も確保できます。グリーン大隊の司令官も北鮮から人間を無くせという命令を遂行できます。双方が満足できる解決法だと思います。」
「ミサイル4発で国が無くなるのですか。」
「理不尽な難癖は力が強い国がこれまで行って来たやり方です。これは心優しい美人交渉人の提案です。どうぞ熟慮ご検討くださいませ。封鎖はこれまで通り続きます。数年を経ずして現在のイスラエル国には生きている人間は居なくなると思います。アクアサンク海底国としてはどちらでもいいのです。陸地に興味はありません。どこかの国や民族や集団に無人の北鮮を売ってあげます。アクアサンク海底国にミサイル攻撃をしないという付帯条件が必要ですね。」
「イスラエル国が買ってもいいのですか。」
「それは難しいと推察します。それでは本日はこれで失礼いたします。貴国はまだアクアサンク海底国を認めておりませんから以後の連絡は今回と同じように日本国を通してなされて下さい。今日は楽しい時を過ごすことができました。ありがとうございます。失礼いたします。」
シークレットは座っていたソファから立ち上がりドアを開けて部屋の外に出た。
シークレットは会談に飲み物が出なくて良かったと思った。
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