第15話 14、青石薫の父

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 イスマイルがリチウム包摂カーボンナノチューブ単結晶の論文を投稿した一週間後、イスマイルは練習を終えた後で青石薫から一つの招待の申し出を受けた。

青石薫の父がイスマイルを食事に招待したいと言うことだった。

「建前ではBC級での優勝のお祝いと言うことだけど、実際は大事な娘がどんな男と付き合っているのかを品定めすることが父の目的。イスマイル君、お願い。招待を受けてくれない。」

 「いいよ。青石さんのお父さんの気持ちは分かる。せいいっぱいいい子でいるよ。」

「ありがと。感謝。」

「でも一つお願いがあるのだけど、いいかな。」

「なあに。何でも言って。」

「人目につかない場所で会いたいんだ。僕の行動は前に見た通りどこかの国の諜報員に見張られている。青石さんのお父さんは政府の要職についていると聞いた。そんな人が僕と会ったら諜報員に余計な憶測を生じさせかねない。」

「了解。父に伝えておくわ。そこら辺はきっと得意だから。」

 日曜日、イスマイルは午後から青石薫とデートをした。

映画館の前で待ち合わせをして二人で映画を見た。

映画館を出た二人は映画館の近くの裏道にある立派な料亭に入り、3時間後にそこを出て青石薫の寮の前で別れた。

貧乏な学生でも青春の時代には一度だけくらい似つかわしくない高級な料亭に入り、高級な料理を二人で食べることはある。

若者は背伸びをするのだ。

ましてやイスマイルはお金持ちだ。

 料亭で二人が小さな部屋で料理を食べ始めていると廊下の障子が開いて青石薫の父が入って来た。

その日、青石薫の父は部下との宴会を別の部屋で開いていたのだが、娘の姿を見かけたので宴会の場を抜け出しイスマイルと娘とのデートの場に無理やり合流したとの設定だった。

それが人目につかない会合だと考えたらしい。

 娘の横、イスマイルの対面に座って開口一番、青石鎮目は言った。

「青石鎮目(あおいししずめ)です。いつも娘がお世話になっております。」

「イスマイル・イルマズです。薫さんとはダンスのパートナーになってもらっております。」

「はい、娘はたった1年ちょっとでアマチュアA級になったと母親に自慢しているようです。」

「自慢してもいいほどのスピードだと思います。」

 「イルマズさんはMITで研究をなさっていたそうですがお若くみえますね。」

「はい、若者のように見えますが、私の年齢は109歳です。こんな言葉があるかどうかは分かりませんが私は発育遅延症だと思います。100年を生きてようやく青年の姿になることができました。」

「発育遅延症ですか。初めて聞く言葉です。」

「私がそう名づけました。早老症と違い、ほとんど症例報告はありませんから。」

「いやはや、イルマズさんから見れば私は赤ん坊ですね。」

 「いいえ、そうは思いません。私の周りでは何人もの知り合いが死んでいきました。でもその方達は立派な大人でした。人間は50年も経てば立派な大人になります。単に寿命が短いだけです。」

「いやはや、何と受け答えをしていいのか分かりません。驚きました。」

驚きの表情で青石薫が話に割り込んだ。

「イスマイル君、本当なの。年齢が109歳なの。歳を取っていることは分かっていたけどそんな歳なの。」

 「そうなんだ。でも若者の姿は今しかない。僕がアンカラの医学部に入ったのは3歳の子供の姿の時だ。オックスフォード大学に入ったのは6歳の姿だった。ハーバード大学時代はようやく高校生の16歳くらいになった。16歳頃になると少しましになった。半人前に認められるからね。MIT、マサチューセッツ工科大学では18歳くらいに見えたから大人も対等に付き合ってくれるようになった。今の外見は19歳くらいかな。大学2年生くらいだ。違和感はないだろ。」

「へんな言い方だけど、どれくらいの速度で遅延するの。」

「だいたい6年で外観は1歳進むみたいだ。あと6年も経てば20歳の若者になる。」

「その時は私は25歳か。複雑な気持ちね。」

「そう思う。」

 「イルマズさんは外国の諜報員に見張られていると聞きました。どうして見張られているのですか。」

「アメリカのMITの研究が原因だと思います。MITではガンマー線の紫外線変調を研究しました。結果として物質を切断できるガンマー線レーザーが出来ました。簡単に言えば分子分解砲です。数十センチもの分厚い鉄を遠くから豆腐のように切ることができます。強力な武器になりますからアメリカは他国への技術流出を阻止しようとしているのだと思います。今のところは私が再びアメリカに戻る可能性がありますから安全です。」

 「いやはや、凄い武器を開発なされたのですね。今日は『いやはや』はこれで三度ですね。」

「パパ、もう一度『いやはや』って言うことになるわよ。」

青石薫が再び話に割って入った。

「イスマイル君は今いる研究室で重力遮断物質を作ったの。このペンダントはイスマイル君からお土産にもらったのだけど見ていて。このペンダントを裏返しにすると空中に浮くの。ねっ、浮いたでしょ。これを下げようと押しても絶対に下がらない。私が乗っても下がらなかったわ。凄いでしょ。私、この原理を大学で勉強することにしたの。理学部に入ることに決めたわ。」

青石薫は首にかけていたペンダントで実演しながら自分のパートナーを自慢した。

 青石鎮目は本当に驚いた様子で言った。

「本当に驚いた。重力遮断か。分子分解砲どころではない。世の中の形が変わる。宇宙にも容易に出ることができる。」

「宇宙から地球をみることが私の長年の望みでした。実現に少しだけ近づいたと思っております。

「その重力遮断物質は世の中に売り出されるお考えでしょうか。」

 「今のところ単体で売り出す気持ちはありません。私はお金持ちです。あり余るほどのお金を持っております。今以上のお金は不要です。自分の望みの実現のために使う予定です。」

「宇宙でしょうか。」

「そうです。私の造船所では原子力深海調査船を製造しております。1万メートル潜水でき、何ヶ月も深海で生活することができます。この前トルコに帰国して、重力遮断パネルの量産を始めました。1年ほど経てば調査船に重力遮断パネルを埋め込むことができるようになると思います。そうなれば宇宙から1万メートルの深海までを自由に行動できる深海調査船ができます。私はそれに乗って宇宙から地球を眺めようと思っております。」

 青石薫が再び話に割って入った。

「素敵ね、イスマイル君。私、無重力ってのを味わってみたいと思っているわ。」

「無重力ではないよ。宇宙の深海潜水船での重力加速度は地球の重力加速度とほとんど同じだ。」

「そうだった。自由落下状態ではなかったものね。そしたら地球に戻る時も空気との摩擦でまっかになることもないんだ。エレベーターみたいね。」

「将来はそんな物ができるよ。」

 青石鎮目が静かに言った。

「イルマズさんは私ごときが評価できる方ではないと分かりました。イルマズさんはどのようにお生れになったのでしょうか。普通の人間から生まれるものなのでしょうか。」

「答えるのが難しい質問です。母はトルコ人のエミン・イルマズで普通の人間でした。ですから私は普通の人間から生まれました。父は日本人の川本五郎で異常な人間でした。川本五郎氏は川本五郎氏のお父上様が造られた5倍体人間でした。私のカリオタイプ はまだ調べてありませんが、おそらく異常です。」

 「いやはや、驚きましたね。長年トルコ大統領だったエミン・イルマズさんと日本のスーパーマンの川本五郎先生のお子様でしたか。納得できました。」

「私は納得できないわ。どうして両親の二人とも普通に老衰してお亡くなりになったのにイスマイル君だけ発育遅延になるわけ。」

青石薫が質問し、イスマイルは答えた。

 「多倍体細胞は普通には人間の個体ができないように未熟化の遺伝子が発現されているんだ。だから多倍体人間は普通には生まれない。父のお父様はその遺伝子の発現を抑制させて父を造ったのだと思う。僕のカリオタイプを調べないとはっきりしたことは言えないが、僕には本来あった多倍体細胞の未熟化遺伝子が少し発現しているのかもしれない。それが原因で発育遅延になったのかもしれない。大鈴井先輩に聞けばその辺りの説明をしてくれると思う。大鈴井さんは多倍体細胞を研究しているからね。」

「でも、大鈴井先輩はライバルだから・・・ダンスのね。」

 青石鎮目が言った。

「あのー、イルマズさん。すこしお聞きしてもよろしいでしょうか。」

「何でしょう。」

「遺憾砲についてです。ご存知とは思いますが、川本五郎先生がお造りになった遺憾砲には川本五郎先生の脳のクローンが入っております。日本の科学者たちは川本先生のiPS細胞を脳に分化させて遺憾砲を再現しようとしましたが失敗しました。何とか脳まで分化させることはできたそうですが遺憾砲は作動しませんでした。川本五郎先生の脳の機能を持っていなかったのです。成否のキーはオーラでした。イルマズさんは川本五郎先生のようにオーラを見ることができるのですか。」

「見ることが出来ます。もちろん自分のオーラは見えません。」

 「そうでしたか。日本の遺憾砲の再現に何とかご協力を頂戴いただけませんでしょうか。」

「協力するつもりです。日本の遺憾砲の脳はそろそろ老化しているはずです。日本も世界の大部分の人達は再現を望んでいると思います。でも大国の為政者は再現を望みません。大胆な阻止行動に出るでしょうね。私の命が狙われ、日本国の細胞保存場所は攻撃されるかもしれません。今はまだ半信半疑の状態だと思います。遺憾砲が使えなくなったと知れば、あるいは新しい遺憾砲を作ろうとしていると知れば行動を起こすと思います。遺憾砲は為政者にとっては目の上のタンコブですから。」

「ありがとうございます。遺憾砲がまだ使えるのか使えないのかは日本の大秘密です。」

 「日本はもう少し頑張ってください。私の準備ができるまで、私は遺憾砲には関わらないのがいいと思います。静岡県の清水区にある父の研究所には近づきません。」

「どのようなご計画でしょうか。」

「今、新しい原子力深海調査船を私の造船所で造っております。重力遮断パネルを付けた宇宙から深海まで自由に行動ができる調査船です。調査船が出来たら父の研究所に行って父のiPS細胞と機能しなくなった遺憾砲をいただきたいと思います。今回設計した調査船はこれまでの調査船より大きく細胞培養が可能な空間があります。遺憾砲の再生は1万メートルの深海で行おうと思います。そして、もしも遺憾砲が再現できたら、遺憾砲を現在ある原子力深海調査船に設置しようと考えております。そしてその後、日本にその原子力調査船を買っていただこうと考えております。実費でいいです。日本は新しい遺憾砲の設置場所を明らかにすることができます。その場所はだれも手が出せない1万メートルの深海です。遺憾砲が日本から無くなれば日本への直接の攻撃は無くなると思います。」

 「素晴らしい計画だと思います。日本はどれくらいお待ちすればいいのでしょうか。」

「およそ2年です。その間、私はダンスと研究に力を注げばいいですね。」

「よく分かりました。娘をお願いします。」

「えっ・・・。分かりました。ところで青石鎮目さんは政府の要職につかれていると聞いております。どこにおられるのでしょう。」

 「失礼いたしました。自己紹介もしておりませんでした。お父様と同じ外務省の外務審議官にようやくなりました。もちろんお父様のように若くして外務審議官にはなれませんでした。先が見えた退職前の役職です。」

そう言って青石鎮目はイスマイルに名刺を渡そうとしたが、イスマイルは受け取りを拒否した。

「名刺はいりません。私とはたまたまここで出会っただけです。名刺の枚数はチェックしやすいアイテムです。」

「そうでした。」

 「私はこれからお嬢さんを学生寮に送ります。今日話したことはできれば秘密にしてくださいませんか。」

「もちろん口外いたしません。それでは失礼いたします。」

そう言って青石鎮目は障子を開いて廊下に出て行った。

イスマイルは残った青石薫に言った。

 「展開が予想とは違ったかもしれなかったけど、こんなもんで良かったかい。」

「あのパパがあっけにとられていた。まあ私はもっと驚いたけどね。」

「まあ、君のパートナーのイスマイル君とはこんな人間だったんだ。」

「私の想像をはるかに超えていたわ。聞いていい。」

「何だい。」

 「私にもオーラがあるの。私のオーラって何色なの。」

「青石さんのオーラは透明な赤だよ。綺麗な色だ。川本五郎の伝記を読むと中華人民共和国の丁寧さんと同じような色だと思う。」

「そんな事も伝記に書かれているのね。私、絶対にその伝記を読むわ。イスマイル君のお父様の伝記だものね。」

「そうすると事情が理解できると思う。僕の異常も含めてね。」

「イスマイル君、その『異常』って言葉やめない。イスマイル君は大多数の人間から見れば違うかもしれないけど悪い異常じゃあないわ。普通の人よりずっと優れた資質を持っている。誰もがヨダレを流して望む資質よ。言ってみれば新人類とか超人間ってことかな。」

「そう言ってもらえると気が楽になる。」

 「私、嬉しかったわ。イスマイル君はダンスを続けると言ってくれた。」

「まだ新米A級だからね。それなりの腕を持たなければ恥ずかしい。」

「もっともっと練習しましょう。」

「同感だ。」

 二人が料亭の会計をしようとすると料金は既に青石鎮目によって支払われていると告げられた。

青石薫は「ラッキー」と言って偶然を演出した。

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