第三話 かとらりー? めんどい
倉庫の外、屋敷の庭、明るい日差しの中。柱を立てて布を架けて日陰にしたところ。そこにテーブルと椅子を用意して。
母上とゼラが昼食を取っている。慣れないフォークとナイフの扱いに集中するゼラ、横目でチラと見てエクアドと手元の書類の話をする。エクアドを隊長とする新部隊の人員、その履歴を纏めたもの。
「灰龍の卵の一件もあり、身許は調べ直してはある。目を通してカダールのサインを入れてくれ」
「なかなか豪勢な面子が揃っているようだが、もとハンターもいるのか?」
「監視するにあたって、ゼラを力で止められそうには無い。と、なるとカンの鋭い奴が欲しいとこだろ」
「魔獣の危険をよく知ってる者なら頼りになるか」
書類を見てサインを入れる。俺とエクアドが知る騎士もいて、数は少なくとも精鋭というか、身内贔屓な部隊編制というか。
「第二王子の派の連中はいない、と」
「そこはエルアーリュ第一王子だから。俺としてもやりやすくて助かる」
「違いない」
エクアドがゼラと母上の方を見る。俺もつられてそっちに顔を向ける。ゼラは母上の手を見ながら真似をしているようだ。真剣な顔で肉を切るナイフを見てる。
「……本当にゼラに作法を教えてるんだな」
「母上は、その天然というかなんというのか」
「胆は太いよな。ルミリア様は鋭い
「そうなのか? 身内だとよく解らん」
「それで、アルケニー監視部隊にカダールが気になる奴はいたか?」
「いいや、ただ、この中に蜘蛛が苦手なのはいるか?」
「そこは最初に聞いている。虫が嫌いとか虫が怖いとか、あとは異常に虫が好きな奴は自己申告で外してある」
「なら問題無いが、けっこう女が多い部隊になりそうだな?」
「監視対象が女の子と言えば女の子だからだろう」
「予算のことといい、エルアーリュ王子はずいぶんと力を入れている。ゼラのことを気に入ってるようだったし」
「あのときゼラの忠誠心を褒めてたからなぁ」
エルアーリュ王子と話をしたとき、王子が俺とゼラを見る目が妙にキラキラしてた気がする。確かにゼラのやったこと、俺のナワバリの為に灰龍を倒した、なんていうのは見方次第では騎士の鏡とも言える。
だが、
「エルアーリュ王子は手堅い人物という印象なのだが?」
「俺もそこはカダールと同じだ。だからこそ魔獣と騎士の恋物語にロマンを感じるのかもしれんな」
「恋物語って、エクアド、お前、」
「カダール、これは他にどう言えばいい?」
「む、ぐぅ、それと、昨日の絵本。なんだあれは?」
「蜘蛛の姫の恩返し、か?」
「これまで俺とエクアドがネタにされたことは幾つかあるが、今回は出回るのが早すぎないか?」
「そこは俺も少し気になって調べた。蜘蛛の姫の恩返しは絵本以外にも、吟遊詩人は酒場で歌ってるし、広場では紙芝居もやってるぞ」
「どうなってるんだ? あのとき、王子との話を聞いてたのは大勢いるが、その中に意図的に話を広めている奴がいるのか?」
「おい、ゼラが呼んでるぞ」
エクアドが指差すところ、テーブルの方を見るとゼラが右手を上げて振っている。その右手はフォークを握ったままだ。サインを終えた書類をエクアドに渡してテーブルに向かう。
テーブルはゼラの蜘蛛の下半身に合わせた高めのもので、母上の座る椅子もそれに合わせて少し高めだ。
母上がゼラに優しく注意をしている。まるで娘のように。
「ゼラ、フォークを手に持ったまま振り回してはいけません。一度皿に置きなさい」
「あにゅ、ハイ、ハハウエ」
ゼラは俺の真似をして俺の母上のことをハハウエと呼ぶ。母上の方もそれを許してしまっている。母上はゼラを初めて見たときから、怖れもしないで平然と話をしたりとしていたのだが、ゼラもゼラで母上のことは一目置いている感じがする。
俺の産みの親というのが解っているのだろうか? まさか本能で母上に取り入ろうとしているのだろうか? ゼラと母上の二人がかりで外堀から埋められているような気がするのは、俺の思い込みなのだろうか?
「ゼラ、どんな感じだ?」
「かとらりー? フォーク、ナイフ、めんどい」
「これまで使ったことも無いのだから、慌てて憶えることは無い。母上、ゼラはアルケニーで人では無いのですよ」
母上は上品に肉を切り分けて食べている。メニューもゼラに合わせてくれたのだろうか? ゼラも母上もイノシシの肉のステーキだ。母上の方はしっかりと火を通してあるが、ゼラの方はレア。というか表面を軽く炙っただけの、スーパーレアだ。皿に血が滴っている。
母上は楽しそうに微笑んで。
「知っていますよカダール。ですが今後の為にもゼラにはいくつか知っておいて貰おうかと。それに無理なことはさせていませんよ。ねぇ、ゼラ?」
「ウン! ゼラ、がんばる、結婚式、近づく!」
「母上、ゼラに何を吹き込んでますか?」
「吹き込むなど人聞きの悪いことを。私はゼラの応援をしたいだけですよ? カダールもゼラがお行儀良くなって、服を着るようになれば嬉しいでしょう?」
「そうですね、服については……、いや、人とアルケニーでは習慣というものは違い過ぎるものでして」
「そこを歩み寄るのに知識は必要でしょう? こちらの都合だけを押し付けるつもりもありません。私の方もゼラのこと、アルケニーのことを教えてもらっていますよ」
母上はそう言うが、ゼラにとってはどうなのだろうか。人のマナーなどとは無縁に暮らしていた野生の魔獣、アルケニーにとっては。
ゼラはフォークとナイフを取り直して、カチャカチャと音を鳴らして肉を切る。慣れない食器を使いこなそうと頑張ってる。
「ゼラ、無理はしなくてもいいんだ。肉だって生の方が好きなんだろ?」
「ウン、でも、人は、なんで肉、焼く?」
あどけなくゼラが聞く。キョトンとしてるところが可愛い。ゼラがこうして人のことを訊ねる度に、俺はこれまで当たり前だと思っていたことを、改めて何故だろう? と考えて不思議な気持ちになる。人が肉を焼く理由とは。
「人は野の獣ほど身体は強く無いんだ。生で肉を食べるとお腹を壊す。焼くことで肉につく寄生虫はいなくなるし、腐敗したのを食べて病気になることを避けることができる」
俺の後を続けて母上が補足する。
「焼いた肉を食べるのに慣れたから、それで人は生で肉を食べる人を見ると、驚いてしまうのよ。カダールもゼラが生のお肉を食べるところを初めて見たときは、驚いたのでしょう?」
「ウン!」
「だからゼラがカダールとツガイになるためには?」
「ゼラ、生の肉、食べるとこ、人に見せない。食べるとき、隠れてこっそり」
「そうよゼラ。食べるなとは言わないわ。でも、ゼラが生のお肉を食べるところは、信頼できる人以外に見せてはダメよ」
「解った、ハハウエ」
「あとは服ね」
「ンー、服、ヤダー。服、ムズムズするの」
「そうね。それでもカダールはゼラに服を着せようとするでしょう? 今もエプロンをつけているし」
「なんで、人、服、着る?」
「そうね、肌が弱くて寒さにも弱いからでしょうね。でもね、カダールがゼラに服を着せたいのは理由があるの。ゼラ、これは秘密の話よ?」
「秘密? ナイショ?」
母上が立ち上がり、ゼラの側に近づいて扇で隠すようにしてコソコソと。……母上、秘密の話のはずが聞こえておりますが。内緒話ならもう少し声を小さく。
「カダールはね、ゼラのオッパイを独り占めしたいの。他の男に見せたく無いのよ」
「ホント?」
「ホントホント。カダールはチラチラとゼラのオッパイに目を動かすでしょ?」
「ウン、カダール、オッパイ見る。そのあと、慌てる、赤くなる、よそ見する」
「カダールは奥手で恥ずかしがりなのよ。でもゼラのオッパイが気になって気になってしょうが無いの。カダールは自分以外の男に、ゼラのオッパイを見せたく無いのよ。だからゼラ、カダールのために、他の男にはオッパイを見せないように、服を着れるようになって欲しいの。少しずつ慣れていけばいいわ」
「ウン! ゼラ、がんばる!」
「夜にカダールと寝るときは、裸でもいいの。だけどこうして昼間、外に出るときは服を着られるようになってね。そうしたらカダールとツガイになれる日が近づくわ」
「!ツガイ! 結婚式!」
母上を見るゼラの赤紫の瞳がキラキラしてる。母上は満足そうにニヤリと。
う、む、ぐぅ、なんだろう? これは? 確かにゼラが人と上手くやれれば無駄な争いとはならない。人の習慣に常識にマナー、それをゼラが憶えてくれたら、上手くやっていけるかもしれない。そして母上はそのために良かれと、やっているのは解る。解る、解るのだが。これでは母上がゼラを洗脳しているような、そして、俺がただのムッツリのオッパイ大好きの男ような。あと、母上、あなたは息子のことをなんだと思ってるのですか? ちくしょう。ついゼラの胸に行くこの目が呪わしい。
「……エクアド、酒はあるか?」
「呑みたくなる気分も解るが、まだ昼間だ。夜に倉庫の方に持って行ってやる」
「こういう話のとき、男とは立場が弱いと思わんか?」
「俺にもゼラの胸につい目が行ってしまうのも解る。あの手に余る大きさといい、突き出すような形といい、瑞々しい張りの良さといい、これまでお目にかかったことの無い至高の豊乳だ」
「そうだろう、エクアド。しかもゼラの肌は褐色。薄桃色の頂点と健康的な褐色の肌の色のコントラストが、夜空の満月のように俺の目を惹き付けるんだ」
「解るぞ、カダールはよく……、あ、すまん、」
エクアドが口をつぐみ、俺が振り向くと母上とゼラが俺達を見ている。あ……。
母上の後ろに立つメイドも、エクアドの後ろに立つ女騎士も、冷ややかな目で俺とエクアドを見ている。しまった……。
母上は苦笑しながら、
「カダール、男同士の内緒話ならもう少し静かな声になさい。ゼラ、これが人の男というものよ」
「ウン、人の男、オッパイ、好き、解った」
「ゼラのオッパイはカダール以外の男には、見せないようにね」
「ウン! 服の理由、解ってきた!」
何となくエクアドと顔を見合わせて、二人で並んで空を見上げる。青い空には白い雲が浮かび、ゆっくりと流れていく。この背に翼があるなら、あの空を何処までも飛んで行きたい。
「カダール、今宵は呑もう」
「あぁ、溺れるほど呑みたい気分だ」
男とは悲しい生き物なのか。
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