29話 作戦


 コツ、コツと足音が響く。


 王宮内の一室で膝を抱えてうずくまっていたシルヴィアは、その足音に膝に埋めていた顔を上げた。


 小さくドアをノックする音。彼女はその音に対して反応を示さないが、ノックをした人物はそのまま部屋の中へと入ってくる。


「……そのような場所では居心地が悪いでしょう。せめて寝具に身体を預けてはいかがですか」


「こうしている方が落ち着くんです」


「しかし………」


「罪人に対して気を遣わないでください。それより、要件は?」


 彼女が訪れた理由を問う。

 その言葉に入室してきたギゼリックは小さく咳ばらいをし、この後の予定の変更を申し出た。


「想定よりも人の集まりが早く、必要な人数が既に広場に集っています」


「……それでは」


「はい。予定の夕刻よりも幾ばくか早いですが、刑の執行に移らせていただきたいと」


 彼女は小さく頷いた。

 ゆっくりと立ち上がり、彼女はスカートの床に接していた部分を小さく払う。


「分かりました。それでは行きましょうか」


「………はい」


 毅然と歩きだすシルヴィア。

 部屋の中に入ってきたギゼリックの横を通り過ぎ、彼より先に廊下を歩きだす。


 その背中をギゼリックが追う。

 死に向かう彼女の凛然とした後姿を見て、彼は感慨深そうに小さく呟いた。


「………とても良く似ています。貴女は、アナスタシア様と」


「………本当に貴方は冗談が下手ですね」


「いえ。紛れもない本心です」


「………なおさらにたちが悪い」


 果てしなく重い溜息を彼女は吐いた。

 冗談でないのなら彼の見る目は本当に節穴だと、シルヴィアは言葉にはせず心の中で悪態をついた。


 ――――――本当に、私はあの人の面影を欠片も継いではいない。

 ――――――心も、容姿も、あの人のように光り輝いてなどいない。


 彼女の足取りは決して重くはない。

 命を失う場に赴くとは到底思えないほどに心は凪ぎ、迫る最期の時を不思議なくらい平静な心持で迎えようとしている。


 

 これは命を賭して行う最後の贖罪。

 許されずとも、報われずとも、それでも彼女が進むと決めた最期の瞬間へと、漆黒の介添え人を携えて彼女はゆっくりと足を進めていた。









♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦5








「………え?」


 学園長の説明が終わって少し経った生徒会室。

 各々の役割と為すべきことを思案していると、アキホが唐突に顔を上げた。


「どうかしたか」


「どうかしたってわけじゃないけど……なんか、向こうの方から変な感じがする」


「変な感じ?」


「うん。なんていうか……いつもシルヴィアさんの傍にいると感じてた嫌な雰囲気が、向こうの方から」


 そう言って教室内からその方向を指さした。

 部屋の中なのでアリアとフィオはいまいちピンと来ていなかったが、その方向に心当たりのある学園長が顎に手を当てて考え込む。


「その方向は、ちょうど広場の方角だ。それにシルヴィアに向けられていた悪意を感じるという事は………まずいな」


 眉を寄せて難しい顔をする学園長。

 説明を求める三人の視線に、学園長は僅かに切迫した声で答える。


「急ぎ支度をして広場へ向かえ。………下手をすると、シルヴィエスタの死刑の執行が早まったかもしれん」


「………っはぁ!?」


 唐突な状況の変化にアリアは語気の強い反応をする。

 だが、想像以上に猶予がないのか、学園長はそれを説明することなく三人を促していた。


「一刻の猶予もないやもしれん。理由は行けば分かる。すぐに彼女のところへ向かい、先ほど伝えた条件を満たして彼女を救ってこい」


「あぁもう!」


 半ば自棄になってアリアは生徒会室に置いてある自分の剣をひっつかんだ。

 既に腰に帯刀しているアキホとフィオと共に三人で生徒会室のドアから飛び出す。


「アキホ」


「何?………っとと」


 呼び止められたアキホは、一度飛び出したドアからひょっこりと顔を出す。

 学園長から投げてよこされたその縦に長い得物を器用に掴んで、それが此処に在ることに僅かに目を丸くした。


「これ………」


「本気で剣を振るとき、お前はそれを持っているだろう?」


「……うん。ありがとう」


 それは彼の身に着けているものよりも短い刀。

 彼の生きていた世界では『脇差』と呼ばれていた、二刀を持って戦に臨む武士としての作法。


 それを受け取り彼女に礼を告げ、彼はその脇差を腰に差した。


「シルヴィエスタを。……そして、この国を頼んだ」


「……うん。今度こそ、助けてくる」


 自らより一回り歳を経て、自らよりも強い義母からのその真摯な願い。

 その言葉に心を込めて返事を返して、アキホは先に向かった三人を追うように自らも駆けだした。

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