30話 疾走



「い、今何時ですか!?」


「まだ夕刻にはしばらくあるけど………この感じ、やっぱり開始を少し早めてる!もういつシルの首が飛んでもおかしくない!」


「………っ」


 急いで飛び出した三人は、広場の方から魔力の異常な高まりを感じながら、全力で街中を駆けていた。


 アリアの推測では、アキホが察知したそれは大衆の魔力の集合体。


 すなわち、シルヴィアの死刑の寸前に高まった大衆の感情を感知したのだとアリアは予想をし、その説明を二人に走りながら伝えていた。


「でも、は、早すぎませんかっ!?」


「想定よりも人が早く集まったから開始時刻を早めたとか」


「恐らくね。たくさんの人が集まれば問題ないからそうした方がいいって判断したんでしょう……!」


 その疾走は風のように速いが、アキホとアリアは幾ばくか余裕がある。

 しかし、その後ろを付いて行くフィオは息も絶え絶えだった。苦しそうな顔で辛うじて二人の速さに付いて行っている。


 辛そうなフィオの様子をちらりと見て、アリアは申し訳なさそうに呟いた。


「ごめんなさい。フィオライナさんが辛いのはわかるけど、スピードを落とすわけにはいかないの」


「は、はいっ……わかって……っ、います………!」


 精一杯のフィオの答え。言外に『私は置いて行って構いません』と彼女は告げている。


 しかし彼女も黙って置いて行かれるつもりはないようだ。足を止めて休もうという甘えは無く、息を切らしながら二人に必死に食らいついていた。


 アリアはそれを見て小さく頷き、再び前を見て足を止めることなく走り続ける。


「まだ時間に猶予はありそうですか」


「微かにだけどシルの魔力を感じるから、もう執行されたってことは無いはず。でも。今その猶予がどのくらいあるかまでは……っ、見えてきたっ!」


 三人の視界の先に人に埋め尽くされた広場が見えてきた。


 音響の魔道具を使っているらしく、ある程度広場から遠い三人にも放送の内容がはっきりと聞こえてくる。


 響く女性の声。そしてその内容は三人にとって僥倖で、しかし三人が聞きたくはない演説だった。


『遂に長きに渡る諸悪の根源を滅し、この国に平和と未来が生まれる日がやってきた!』


 その声に響き渡る歓声。沸き起こる喝采。

 まるで煽るかのようなその女性の放送に、広場に集まっている観衆はこれ以上ないほどに盛り上がっている。


『玉座に留まり我らを苦しめ続けた愚王ミタスは我々の手によって打ち倒した。そしてここに卑しくも身を隠し、贖うべき罪から逃れようとした愚王最期の血が終わりを迎えようとしている!』


 シルヴィアを指し示しながら告げるその声に、なおも観衆の声は膨れ上がる。


 罪を償え、許しを請えと、止まらない歓声はまるで歓喜の咆哮。

 一人の命が終わりを迎えるこの場にあってはいけないその喜びという感情に、アリアとフィオは顔を歪める。


「なに、これ………」


「……………っ!」


「徹底的だね」


 アキホも嫌悪感からか微かに眉をひそめる。


 しかし二人と違いこの放送の意図を理解しているためか。

 それとも、一度その光景に近い物を見たことがあるせいか、二人ほどはその光景に忌避感を持ってはいなかった。


「どういうこと……?」


「『この娘も王と同じく醜く卑しい人間だ』。そういう風に彼女を認識させた方が、処刑した時の民衆の解放感はきっと大きくなる」


 その言葉に朧げに察したアリアとフィオは、何も言えず苦い顔をした。


―――――苦しい思いをするほどその先の幸せを感じられるように。

―――――闇が暗いほど隙間に差し込む光が眩く感じるように。


 終わりを告げたが酷く苦しいものであるほど、その理不尽が消えた瞬間の解放感は跳ね上がる。

 

 そして徹底的に彼女を悪者にすることで王家に対する呪いの矛先を彼女に集中させ、その首を落とすことで確実に呪いを解くという算段なのだろうと、アキホは推測していた。


「そしてこれは恐らく、シルヴィアさんから言い出したことだと思います」


「っ、そうよね、あの子だもん……!」


 シルヴィアのその自罰的な思考回路と完全に一致し、アリアは悔しさに歯噛みをする。


「っ、広場に着いた!……けどっ」


 そして三人は広場へとたどり着いた。

 既に遠目で断頭台が確認できるほどに近くまで接近している。しかし、


「……っ、やっぱり人が多すぎて近づける気がしないっ!」


「学園長の伝手で中に入るって予定でしたけど」


「そんな時間ないわ!いつ死刑が始まってもおかしくないのに!」


 広場に集まる観衆の少し後ろで、三人は立ち往生をしていた。

 縫えるほどの隙間すらなく、広場は人でごった返している。


 どうしたものかとアリアが必死に頭を回している最中にも、その残酷な放送は止まることなく続いている。


『許されぬその罪科は、首を以て贖うしか術はない。そして貴様のその首を以て、我々はようやく縛られた過去から抜け出し未来へと歩み始めることが出来る』


 煽るような女性の声から、低く響き渡るような男性の声へと放送が変わった。

 芯まで響くその重さと威厳に満ちたその声に観衆は一気に静まり返る。


 その声の主は漆黒の服を身に纏った騎士の男性だった。


 最低限の鎧を身に着けシルヴィアの隣で剣を腰に携えて、女性から放送機器を受け取ってこの処刑を推し進めている。


「ギゼリック・ウォーレンハイド……!」


 アリアはその声の主の名を畏怖と嫌悪を込めて呼ばわった。


 あの男こそが、この国の騎士の中の騎士。もっともこの国で名を馳せた、ユースティア王国最強と言われている漆黒の騎士で、反乱軍を統べていた反逆の王。


 必死に割り込む策を考えるが今は何も出来ず、彼を遠巻きから睨んでいるアリア。 

 そしてフィオとアキホもどうにかして中に割り込もうと画策していると、ふと聞いたことのある声が横合いに聞こえてきた。


「………やはり来たか」


「……ルークさん?」


 その声にアキホが最初に気が付いて振り向く。


 遅れて二人がそちらを向くと、そこに立っていたのはクラスメイトのルークだった。腰に剣を携えて、三人の方へと歩いてくる。


「随分と焦っているが、もしやあの処刑を止めるつもりではないだろうな?」


「……そのつもりだって言ったら、ルークさんはどうするの?」


「無論この国の騎士、そして反乱軍の父を持つものとして止めるしかあるまい」


 その言葉に三人は僅かに飛びずさった。

 数マトルの距離を開けて、三人と一人は相対している。


 重く苦しい沈黙。彼の事を最も深く知っているアキホは、彼の意図を読めずに困惑と祈りを込めて彼の名を小さく呟いた。


「………ルークさん」


「……もし私を越えたとして、お前の歩む先に立ちふさがるのはこの国の騎士の象徴。我々では辿り着けるかすら定かではない果ての可能性。『伝承騎士アークナイト』と呼ばれる神話の再来と言っても過言ではない相手だ」


 『伝承騎士アークナイト』。たびたび出てくるその単語に、アキホは僅かに反応する。


 それは騎士としての到達点。

 夢想される神話の英雄を彷彿とさせるその強さに人々が偶像を重ね、その伝承に蓄積した想いの力をその身に宿した『神話や伝承を背負う者』。


「つまるところこの国全ての想いを文字通りに背負った騎士が、君が越えねばならない遥かな壁だ。……それでも、君は行くというのか」


 これはあの日の問答の続き。


 いつの日か仮定として話した『国の全ての悪意』が現実となった今、お前は果たしてそれでも意志を貫き通せるかと覚悟の是非を問う。


「………僕の答えは変わらない」


 故に彼もその問答の続きに応えるように答えを返す。

 あの日と同じく折れぬ意志を以て、その問いに対して強く是と頷いた。


「この国に渦巻いている『間違った悪意』を止めるために、あの日告げた通りに僕は


「…………」


 その言葉に小さく目を瞑るルーク。


 彼の思惑が分からず、三人は動けないでいる。無理矢理に突破しようと三人は画策するが、仮にも二年次最強の学生騎士の威圧に三人は様子見せざるを得ないでいる。


 押し黙るルークの遥か後ろで、ギゼリックと呼ばれた騎士団長が斬首台へと拘束されていたシルヴィアへと近づいていた。


『……最期に言い残すことは在るか。悪魔の申し子よ』


 そう言ってシルヴィアへと通信機具を向けるギゼリック。


 観衆はその最期の言葉に全員が耳をそばだてて、遠くでそれを見ている三人ですら言葉を発することなくその姿を見つめている。


 わずかに沈黙が広場を支配する。

 そして僅かに息を吸う音を音響機器が拾い、その微かに後に彼女の小さく呟く声が機器を通して広場全体に響き渡った。








『この国に住まう人々が、どうかこれからは幸せでありますように』








 祈りを込めたこの国の未来を案じるかのような最後のつぶやき。

 その言葉に、観衆の怒りが有頂天へと達した。



「悪魔の癖に何をふざけたことを!!!」


「あんた達の所為で私たちが幸せになれなかったんでしょう!!!」


「くたばれ!!似非王女がーーーーーっ!!!」



 諸悪の根源からのその祝詞にも似た言葉に。自分を殺そうとしている我々への隠そうともしない皮肉に満ちた言葉に、それを聞いた人々は次々に声を荒げて罵声を飛ばす。


 なんともふざけた言葉か。幸せを祈るだなどと、どの口が言っているのか。


 自分たちを虐げていた悪魔からの祈りに、この場にいたすべての人間が怒りに声を震わせている。


「………っ!」


「シルヴィエスタさん……!」


「…………」


 それでも、三人だけは。

 彼女と共に過ごし、彼女の事を知っている三人だけは。


「どいてくださいルークさん!早くしないとシルヴィエスタさんがっ!」


 声を荒げてルークを威嚇するフィオ。


 その言葉に目を瞑ったルークは動かない。まるで何かをイメージしているかのように、彼は不動で三人の前に立ちふさがっている。


「っ、仕方ない。彼は私が相手するから、アキホは無理矢理にでも……」


「アリアさん、待って」


 すでに時間が無いと強引に突破しようとするアリアをアキホは静止した。


 アキホが見つめるその先で、ゆっくりとルークが目を開く。

 組んでいた手を前に掲げ、彼は小さく呟いた。


「『氷結よ、土と混ざりて形を成せフロスティア マグヌス』」


 それは二節の詠唱。彼の得意とする氷をベースとした、土を織り交ぜた創生魔術。


 唐突な魔術の行使に三人は警戒をするが、次の瞬間には三人の想定とは違う予期せぬ光景が目の前に広がっていた。


「………氷の、階段?」


 アリアが思わず目の前に生まれたそれを端的に呟いた。


 それは文字通り氷の階段。最上段が二階建ての民家の屋根よりわずかに高い、数段で構成された氷と土の段差が目の前に表れていた。


 それを作り上げたルークは、呆然とそれを見ていたアキホに向けて一言で意図を告げる。


「………行け」


「……いいの?」


「本来は、止めなければいけないはずなんだがな」


 立ちふさがっていた三人の目の前から、ルークは僅かに逸れた。

 まるで三人に道を開けるように通路の端に寄り、自分を見つめる三人へと振り向く。


「もしかしたらと、期待してしまう自分がいる。明瞭ではない漠然とした感覚だが、君ならきっと想像もしない未来を見せてくれるのではないかと」


「……………」


「いいから早く行け。……シルヴィエスタの傍に立つと決めたのだろう」


「……ありがとう」


 ありったけの感謝をその小さな呟きに込めて、アキホは僅かに前傾した。

 そのまま重心を前に寄せながら、アキホは二人に呟いた。


「ごめん二人とも、先に行く」


「え、ちょっ……」


「アキホさ……」


 二人から返る言葉より早く、アキホは地を蹴って駆けだした。

 砂煙を立てて疾走し、氷で組み上げられた階段の手前で一瞬の溜め。


「ふっ………!」


 そして一足で氷の階段の最上段へと飛び乗り、勢いのままに二足目でさらに跳躍。

 広間に蔓延る聴衆を睥睨するようにそのまま広場の中央へ滑空する。





「…………ぁ」





 そして、斬首台でうなだれていたシルヴィアがこちらを見上げた。


 どうしようもない悲しみを携えた彼女の眼が泣きそうに揺れる。



「………絶対に、助ける」



 アキホはその顔を少しでも安心させたいと、辿り着く前に彼女に小さく微笑んだ。

 

 そして、彼女を囲う騎士を斬り伏せるべく腰に差してある刀の鍔に手を当てて、誰にも聞こえない声でそう呟いた。


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