27話 絶望の選択
「シルヴィエスタさんが、王族……………」
「ええ。世間的には王女は三人と言われているけど、紛れもなく彼女はこの国の四人目の王の血族よ」
「……でも、どうして彼女は存在を秘されていたのでしょうか」
「その理由は単純。その存在がミタス王にとって不都合だったから。……それ以上の詮索は、お願いだから彼女の為にも控えてあげて」
「………は、はい、わかりました」
「………」
きっとシルヴィアでも知られたくないのだろうとフィオは素直に口を閉ざす。
その横でアキホは彼女自身から聞いた過去と照らし合わせて、その理由を朧げにではあるが理解した。
―――――――手前勝手に私を孕ませ、私の生活を全て壊しておいて、勝手に私を捨てた憎いあの男の歪んだ笑顔が、お前のその顔から見え隠れして気が狂いそうだ!
そう叫んだ彼女の母。であるならばその女性、『アナスタシア』と共に廃嫡された理由は。
(不貞の子……王が犯した過ちの象徴だったから)
「とりあえず、あの子が王族の系統だという事を理解したな」
その学園長の確認にフィオは小さく返事を返した。
思案に耽っていたアキホは、僅かに遅れて学園長に理解したと示す。
「では本題に戻ろう。伝播する王族への悪意がシルヴィアに向かう理由、そして、彼女が公開処刑されなければならない真の理由へと」
「「………っ」」
ようやく核心に迫ると、フィオとアキホは息を飲む。
前のめりに聞く姿勢を持つ二人に学園長は小さく頷いた。フィオとアキホの体面に座るアリアは、その二人を見つめている。
「今はこの国に
「……呪い」
「あぁ。王族への憎悪で形作られたこの『呪い』は確かに強く伝播し、些細な共通点でも不快感を相手に与えてしまう事がある。しかし、フィオライナが言った通り、それだけでは彼女に向ける悪意は余りにも大きすぎる」
「そ、そうですよね」
「ただ、彼女には王族の血統という隠された事情があった。そしてその事実は、それを知っているか否かに関わらず彼女に対する憎悪が生まれるトリガーになる」
「知らなくても、ですか」
そこが分からないと些細な疑問を遠慮なく学園長に問うアキホ。
その問いに答えたのは、向かいでじっと聞いていたアリアだった。再び彼女は学園長の説明を分かりやすく翻訳してくれる。
「『ミタスに連なる王族が憎い』、これがこの呪いにおける最大の原則。だから、誰もがそれを知らなくても、王の血筋という事実そのもののせいで悪意がシルに引き寄せられるの」
「………あっ!それでは、私が以前はシルヴィエスタさんを見るだけでもやもやしていたのは」
「そう、フィオライナさんが知らなくても、彼女が王族というそれだけで貴女の胸にその悪意が漏れ出てしまったんだと思う」
ようやく自身の心の動きに納得がいったフィオ。
その様子を見て、今度はアリアはアキホに対して向き直る。
「だからね、アキホ」
「……?」
「あの帰り道でも言ったけど、私本当に嬉しかったの。この国全ての憎悪に流されず、正しく在れるほどに確固たる強い
そういって微笑むアリア。
その微笑みは前より弱弱しかったが、それでも彼女はこの絶望の中で笑ってくれた。そのことが嬉しくて、その微笑を噛み締めるように彼女に対してアキホは頷く。
「そして、彼女が公開処刑される理由は、この呪いが大きく関係している」
学園長が再び話を続ける。
今から話すことこそがフィオとアキホが知りたくて仕方がなかったこと。そして、アリアが叫びだすほどに許せないことなのだと、学園長は先ほどよりも丁寧に解説を変えた。
「フィオライナ」
「は、はいっ!」
「お前の目の前に料理があるとする。その料理は嫌いではないが、中にどうしても嫌いな食材がいくつか入っているとしよう」
「え?あ、はい!ピーマンですね!」
「具体例は聞いていない。……お前はその料理を食べるとして、どうすれば安心して食べられる?」
「安心して、ですか?それでしたら……ピーマンが無ければ喜んで食べます」
「そうだろう。さらに言えば裏で取り除いておいた、と言われるよりも目の前で取り除いてもらえたほうが、格段に安心するだろう」
「そうですね、目の前で取ってもらえた方が……あっ」
唐突に始まった例え話の終着点に、フィオが声を上げた。
「………僕の兄と同じだね」
そして横から聞こえてきた呟きに、顔をアキホの方へと向ける。
彼のその呟きに、アリアと学園長もアキホへと視線を向けた。
「裏で殺しておきました、よりも目の前で死を見届けた方がより実感できる。……そうか、王族が憎いという呪いなら」
「そう、『目の前で彼女の死を、王家の断絶を見せ付けることによって、憎悪の矛先を消し去りこの呪いを終わらせる』。これこそがこの公開処刑の本当の思惑だ」
「だから私は、許せない」
全てを理解した二人にアリアは己の心の内を語る。
「シルに関係ない罪科を、彼女が払わなきゃいけないなんて。しかも彼女は今までずっと、その事実のせいで辛い思いをしてきたにも関わらずよ。…………だから、こんなふざけた茶番を止めなきゃいけない」
「………止めて、どうするのだ?」
その言葉に、学園長は疑問を挟む。
どうにかしてこの死刑を止めないといけないと決意を固めるアリアに対して、学園長は未だなお非を唱えている。
「既にこの処刑はこの街全てに伝達されているだろう。シルヴィエスタが王族だと知れ渡った以上、この国でこの呪いは消えることはない。よもや、シルヴィエスタへの憎悪を消すために『国の全て』を殺し尽くすつもりか?」
「っ、そんなことは……でも、彼女と一緒に国を抜けるくらいなら……っ」
なんとかアリアは食い下がる。
しかし、その逃げ道すらも学園長は予期してたかのように立ち塞っている。
「それこそ、彼女が生きたまま逃げるようなことがあれば、永劫この呪いが消えることは無いだろう。負の伝播が消えぬまま王が消えたこの国は、早い段階で終わりを迎える」
「うっ……!」
「そもそもの話、シルヴィエスタは自ら彼らの元へと赴いた。それなのに、彼女の想いを無視して連れ戻して、いったいどうするつもりだ?」
「…………ぁ………」
そして、学園長はアリアが一番聞きたくなかったその言葉を言い放つ。
何処かで分かっていた、シルヴィア自身が今望んで死ぬことを選んでいるという事実を突きつけられたアリアは、心が折れたかのように膝から崩れ落ちる。
「え、え………?どうしてシルヴィエスタさんは、見つかれば殺されることが分かっているのに反乱軍のところへ……?」
「彼女自身が、自分を許せなかったからだ」
至極当然のフィオのその疑問。
好きに問いを挟めと言った学園長は、そうするべきだとこの場の三人に自らの手でシルヴィアの代弁をするように語り掛ける。
「彼女はその境遇から自らを否定し続けていた。『生まれてくるべきではなかった』『すべて自分が悪い』。そう思いながら
父に見捨てられ、母に存在を否定され、関わるものすべてに拒絶されてきた彼女。
「故に、自分が虐げられることを仕方がないと思っていた。自らが他人に関わるべきではないと自身も他人を拒絶していた」
その彼女の心を、教師として見てきた学園長が告げている。
「そして彼女は思っていた。『この血で生まれてきた以上、幸せになる道なんてあるはずがない。人並みの幸せなど望んではいけない』と」
「そんなことは………っ!」
「無いと、彼女が彼女自身を信じ切れなかった。そして、昨日の王が討伐された事を悟った瞬間、彼女はきっと思ったのだろう。『自らも罪を贖う時が来たのだ』と」
その学園長の推測に、アキホは街道での彼女の様子を思い出す。
何かを悟り、何かを諦めたようなその表情。それはきっと、あの瞬間に彼女は全てを察していたのだろう。
「そして、国が前に進むために、自らの首を以て呪いを清算することを彼女自身が選んだ。国の為に命を捨てることが、許されぬ自分が歩めるただ一つの正道なのだと」
シルヴィアの覚悟に、意志に、三人は何も言えずに押し黙る。
もはや何を語ることもせず、学園長はただただ三人に覚悟の所在を問う。
「それでもお前たちは、この処刑を止めるというのか。国の……いや、お前たちの未来のためにその身を捧げようとしている彼女を、その覚悟を弑することが出来るのか」
その問いに、誰もが答えることができない。
もし彼女の意思を無視して無責任に救い出せたとして、自分たちに何が出来るのか。
再び今まで通り、いや、今まで以上に彼女は自分を罰し続けるだろう。あの日死ねなかった自身を責め続け、そして彼女の心は果て無く傷ついていく。
それでも生きろと、果たしてどの口が言えるのか。彼女の辛さも苦しみも葛藤も知らないくせに、無責任に生きることを選べと果たして言えるのだろうか。
フィオとアリアは何も言うことは出来ない。シルヴィアが此処で死ぬことが一番楽になれるのではないかと。僅かに思ってしまったその考えを否定する材料を見つけ出せないまま、口を
それでも、ただ一人。
「……………もういいよ、
今まで口を閉ざしていた命の価値を誰よりも知っている青年だけは、その問いに毅然として答えを返した。
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