26話 負の伝播




 学園長の通達にフィオは口に手を当て絶句しており、アキホは顎に手を当て考え込んでいる。


 ただ、両者ともに衝撃的な内容だったのだろう。二人は声を出すことすら忘れ、その現実を咀嚼そしゃくしきれずにその場を動けないでいる。


ただ一人、


「……………っ!!」


「何処へ行く、アリアンローズ」


「決まっているでしょう!一刻も早くあの子のところに………っ!!」


「行ってどうする。既に王城は反乱軍に占拠されている。お前が行ったところで数の暴力で追い返されるのが関の山だ」


「それでも行かないとあの子を助けられないじゃないっっ!!!」


 アリアだけは迷うことなく飛び出そうとした。  

 しかし、これを見越して扉の前に立っていた学園長に行く手を阻まれる。


「どいて………!」


「それは出来ん相談だ」


「どいてよっ!!!」


「出来んと言っている」


 吠え上げるアリアをにべもなく退ける学園長。


 アリアは実力行使で押し通ろうと、腰に差した剣に手を置いた。『錬金術師アルキミスタ』の二つ名を持つ者の全霊を以て道を開こうと、鞘から剣を抜き放とうとして、


「………やめておけ」


「……………っ!!」 



 その寸前、学園長の魔力を込めた一瞥に、身体は硬直し動けなくなる。



「この場で剣を抜くのであれば、反乱軍に圧し潰される前に私がお前を斬って止めることになる」


「………くっ!!」


「どちらにせよ、短慮で一人走ろうとする愚行を許容することは出来ない。引け、アリアンローズ」


 その言葉にもなおもアリアは歯を食いしばり、圧力に抗おうとする。


 しかし出来るはずがない。二つ名を持っているとは言えど、いまだ未熟な彼女では一縷の隙すら見つけ出せない。目の前の障害は、彼女に踏み倒せるほど軽いものではない。





 この国が狂う以前、かつてこの国が最も栄えたと言われる先代の王が治めていたこの国において、その王の元で名を馳せた戦乙女ヴァルキュリエと呼ばれる側近の一人。


 クロエ・ディスティルという『伝承騎士アークナイト』を相手に、その隙を押し通ることは叶わない。





「アリアさん、落ち着いて」


 歯がゆい気持ちで狂いそうなアリアの背後から、アキホが優しく声を掛けた。


「落ち着いて?シルが、大切なあの子が殺されるっていうのに、どうやって落ち着けっていうの……!?」


「…………アリアさん」


「……………許せないのよ。のせいで謂れも無い被害に苦しんで、のせいで母親に見捨てられたあの子が、で処刑されなきゃいけないなんて、そんなふざけた話を許せるわけないじゃない!!!」


「…………落ち着いて」


「っ、だからどうやってよ!!」


 アキホの冷静な声にアリアはただただ叫ぶ。

 出口に背を向けて、簡単に落ち着けというアキホに牙を立てるように感情を吐き出す。


「あの子の味方は何処にもいない!あの子を助けてくれる人は何処にもいない!なら私しか、こんな私を友達だって言ってくれたあの子を助けられるのは、私しかいないじゃないっ!!」


 自分の中にあるとどまらない焦燥と慟哭。


 それを後輩に、よりによって優しい彼に憤りをぶつける自身の浅ましさを、分かっていても止めることができない。


「生きていてほしいの!死んでほしくないの!!私なんかの命よりもずっと大切なあの子を処刑される気持ちが、自分の大切なものを理不尽に奪われるこの悲しみが、貴方に……っ!」



 アキホの返す言葉にアリアが息を飲む。


 そっけなく添えられたその言葉。しかし、彼のその言葉に宿る深さと重さに彼女は詰め寄る語気が僅かに弱くなる。


 上辺だけではない、確かに芯の通ったアキホの呟きに彼女の中の暴走していた気持ちが幾ばくか和らいだ。


「わかります。………だから、落ち着いてください。アリアさん」


「………っ、なんで、そんな」


「………アキホの気持ちを汲んでやれ、アリアンローズ」


 背後からかけられた声に顔だけで振り向いたアリア。


 学園長はアキホの心情を察してか、先ほどアリアを制していた時よりも優しい声色で、アリアに諭すように語り掛ける。


「アキホは理不尽な理由で、大勢が見ている前で大切な兄を処刑された過去がある。だからお前も我慢しろ、とは言わないが………少しでいい、彼の気持ちも汲んでやってくれ」


「「…………っ!?」」


 今この現状と重なる過去を持つアキホに、アリアとフィオが言葉を失った。


 誰よりも、もしかしたらアリア自身よりも彼女の気持ちが痛いほど分かるアキホ。そんな彼が歯を食いしばって、今はどうか落ち着いてとアリアに言っている。


「…………ごめん、なさい」


「大丈夫です。それよりも、まずは話を聞かないと。今日の夕方っていうのは確かに急な話だけど、裏を返せば『少しだけ猶予がある』ってことなんですから」


「…………そう、よね。うん、確かにその通りだわ」


 アキホのその冷静な言葉に、アリアはようやく落ち着きを取り戻した。


 焦燥と憤怒ふんどから真っ青になっていた顔は、辛うじて血色を取り戻していた。僅かに深呼吸をして息を整え、再びソファーへとアリアは座りなおした。


「学園長、僕とフィオにも説明をお願いします。アリアさんよりは冷静ですが、僕たちも彼女が処刑されることに納得が出来ません」


「………っ………っ!」


 アキホの隣では顔が吹き飛びそうなほど、フィオが縦に首を振っていた。


 すでに飛び出す気配のないアリアをちらりと見て、学園長は寄りかかっていた扉から離れ、腰に手を当てて話し始める。


「彼女が処刑される理由には、まだ学園で教えていない魔力の特性が絡んでくる。順序だてて説明していくが、分からないことがあれば気軽に問いを挟んで構わない」


「「…………」」


 アキホとフィオは頷いて肯定を示す。  


 その頷きを確認して、学園長はソファーの上で優雅に足を組んで説明を始めた。


「まず魔力というのは意志の力。世界樹の倒壊により、『夢は叶う』『願いは届く』という世迷言が現実となり、思いや願いが形を成して世界に干渉する力を持ったものだ。これは君たちにも何度も伝えていると思う」


「…………はい」


「そして魔力という物は騎士や魔術師といった才能を持つ者だけが持つ特権ではなく、誰の身体にも備わっている………そうだな、血液や生体機能のようなものだ」


「そうだったの?」


 知らなかった、とアキホが意外そうな声を上げる。


「そうだ。確かにこれは盲点ではあるが、よくよく考えれば当然のことだ。人は誰だって考え、意志を持ち、心のままに生きることができるのだから」


 学園長のその言葉にアキホはなるほど、と呟いた。


 確かによく考えれば当たり前だ。魔力が意思の力だというのであれば、心を持つ全てのものが魔力を持っていて当然だろう。


「魔力回路も同じく、全ての人に備わっています。私たちと他の魔術を使えない人の違いは、魔力が生まれる源泉と魔力回路が繋がっているかどうか、この一点のみと言われているんです」


 横からフィオが注釈を入れる。その注釈を肯定するように、学園長は僅かに頷く。


「故に一般の人間でも魔力を通すだけの市販の魔道具は使える。造られた魔導具よりも、人に刻まれた魔力回路の方が遥かに高性能なため、魔導具それで騎士と戦うという事はまずないが」


「それでも、人々は知らず魔力を持っている、と」


「ああ、そしてここからが『魔力』というものの厄介な側面だ」


 そう呟いて学園長は小さく溜息を吐いた。


 アリアは未だ黙って話を聞いており、フィオはアキホと同じくその話を前のめりになって聞いている。


「お前たちも体験したと思う。シルヴィエスタに対する悪意の異常な向け方を。彼女一人に対して、大勢で向けられていた集団での悪意の圧力を」


 二人はその言葉に、教室での一幕を思い出していた。


「確かに、普通に考えると異常です……彼女一人にあんな悪意を向けることを、誰一人疑問に思っていないなんて」


「そうだ。あれは異常な光景だが、誰一人疑問を持つことは無い。それは魔力の『伝播でんぱする』性質によって、個々の認識を塗りつぶされているからだ」


「伝播する…………ですか?」


 理解が追い付いていないその言葉にフィオは首を傾げる。

 その様子に黙ってみていたアリアが、優しく解説を加えた。


「あなたたちも偶にあるでしょ?『あの子が笑ったから私も嬉しい』とか、『あいつが怒ったからついムキになってしまった』とか」


「あ、はい!それはなんとなくわかります!」


「大雑把に言えばそういうこと。相手の感情を受け取って自分も同じような気持ちになる。それが、魔力という思いの力が相手に伝わって、相手の気持ちを僅かに侵食する魔力の伝播する性質の一例ね」


「………なるほど」


「………そう言われると、なんとなくわかる気がします」


 アリアの優しい説明にアキホとフィオはこくこくと理解を示して頷いた。

 穏やかになったアリアを一瞥し、学園長はその解説を引き継ぐ。


「個々で見ればアリアンローズの言ったように、多少の影響しか及ぼさない。しかしこれが、全学生………いや、全国民の総意であったのなら、どうなると思う?」


「それは…………っ!?」


「……………魔力の、自らの意思の強くない人は、瞬く間にその集団の意識に飲み込まれる」


「その通りだ」


 質問に対するアキホの答えに、学園長は肯定を示した。

 それを見たアキホは、納得がいったように再びあの日持っていた疑問を思い出す。


「おかしいと思っていたんだ。普段はみんな真面目だったり、笑顔だったり、騎士になるために一生懸命だったりするのに」


「ああ」


「なのに、シルヴィアさんを認識した途端に、感情も態度もガラリと変わった。まるで、そういう風に誰かに操られているかのように。目の前の全てが負の感情に塗りつぶされるように」


「そうだ。『王族を許すな』という抑圧され積み重なった負の感情が、彼女を憎むようにすべての人間の心を塗りつぶした結果だ」


「………でも、でもですよ!?」


 しかし納得いかないと、フィオは声を大にして叫ぶ。


「顔が一緒、それだけで王族に対する悪意がシルヴィエスタさんに向かうんですか?それなら、同じ服を着ていた、同じことを言われた、そういう些細なことだって、負の感情を向けられるきっかけになり得るのでは………」


「確かにその通りだ。……それだけがシルヴィエスタと王族を結ぶ接点なのであれば、だがな」


 その言葉にフィオとアキホは疑問符を浮かべた。

 隣でアリアは落ち着いてはいるが、手が赤くなるほどこぶしを握っている。


「この話をする前に、まずはお前達二人に知っておいてほしい事がある。………彼女の本当の名前についてだ」


「………本当の名前?」


「ああ。彼女は訳あって今の姓である『アスティル』を名乗っているが、これは偽名を使っている。本当の姓を名乗れば、悪意を向けられるだけではなくからだ」


「…………」


「……ぇ…………」


 アキホはその言葉で既にその理由について思い当たっていた。

 隣でフィオも『まさか』と呟いて顔を真っ青に染めている。


 そしてその理由を知っているアリアがシルヴィアの親友として、彼女が二人に秘め続けた最大の秘密を彼女の代わりに明かした。










「そう、彼女の本当の名は『シルヴィエスタ・ル・ユースティア』。今は亡きミタス王の都合で王族から抹消された『アナスタシア・ル・ユースティア第三婦人』の実子にして、この国の第四王女にあたるれっきとしたこの国の王族の末裔よ」








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