11話 探り合い
「まずは小手調べだ」
開始の号令と同時にルークは魔術を行使。アキホが動かないことを見て取って、牽制のための氷塊を自らの背後に生成する。『
三つ生まれた氷塊は、ルークの合図を以て背後から飛び出しアキホへと向かった。小さく弧を描いて襲い来るそれらに対して、アキホは無造作に前へと進む。
左右から迫る二つは前に進んだ事で軌道から外れ、それを見越して遅い来る最後の一個を状態を小さく首をひねり躱す。その隙にルークは一足飛びに距離を縮め、
「ぜあぁっ!!」
正眼から上段に持ち上げた剣を裂帛の気合で振り下ろす。小手調べとはいえ手心など一切ない。必殺の意思を以て相対する敵を粉砕するつもりだ。
烈風のようなその剛剣を下手に受けると手首ごと持っていかれる。そう判断したアキホは足を運び右へと回避する。半歩分の余裕を持って剣を躱すが、それを逃すまいとルークは振り下ろした剣を強引に跳ね上げて追撃する。
「………っ」
咄嗟にアキホは刀を鞘ごと抜いた。左の腰から抜いた
体勢を僅かに崩したルークに対し、アキホは即座に鞘ごと身体に突きを入れようと構えるが、
「……『
小さく呟かれたその単語に、攻撃に回していた意識をすんでのところで改めた。
再び生成される氷塊。しかしその数は先程より多く、その生成速度は先程よりも圧倒的に早い。瞬く間に握りこぶし程の大きさを形作り散弾のように迫るそれらを、後退しながらアキホは全力で躱し、漸くの思いで少し距離を取った。
「なるほど………」
一息付いた所でアキホはゆっくりと理解する。
無詠唱でも魔術は使える。それが自身の得意な
しかし、それはあくまで出来るだけ。本来魔術とは意思を言葉として唱え、魔の法を通して想いを世界に具現化するもの。言の葉を紡がない
本来の魔術とは想像以上に鋭く早い。小さな隙を隙と勘違いし無防備に進むと痛い目を見る。身を持ってそれを実感したアキホは、お返しとばかりにルークに一足で詰め寄った。
「……シッ!」
とんとんとんと緩やかな歩みから一転、先程のルーク以上の速度で接近し鞘を振るう。左の脇から切り上げるように迫る刃をルークは身を引いて躱し、続く振り下ろしの一撃を自らの剣で受け止める。
カタカタと
得物の重さの差か、ルークよりも若干大きく体勢を崩したアキホは一瞬反応が遅れる。鞘の部分では間に合わない。そう判断したアキホは、しかし迷わず自らの得物を振るった。
「むっ!?」
上段から振り下ろされた剛剣を鞘ではなく柄で側面から殴り飛ばす。必中を確信した一撃を予期せぬ対応で捌かれ、虚を突かれたルーク。
しかしアキホも少し無茶な体勢から得物を振り切った状態だ。その隙を攻めることは出来ず、相手が立て直す前に振り切った力をそのままに自分から距離をおく。
高速の剣戟が収まり一瞬静寂が訪れた。五月蠅いくらいの剣の音が無くなり、場外でのざわめきが聞こえる。どういうことだと、困惑と焦燥の入り混じった声がそこかしこから聞こえてきた。
「どういうことだ、あいつ全然受け切ってるぞ!!」
「いや、あれはルークが手加減してるだけだ!!」
本人たちには決して聞こえない疑心と驚愕の声。対してアキホの味方であるフィオはその光景に見入っていた。ようやく一息ついた段階で、呆けたような声を出す。
「………凄い。アキホさん凄いです、シルヴィエスタさん!」
「………」
「シルヴィエスタさん?」
フィオの声はシルヴィアの耳には届いていない。ただ一心に、怖いくらいの集中力で試合を見つめている。まるでその光景全てを瞼の裏に焼き付けているかのように、揺らぐことなく視線はアキホを見つめている。
「『
一節の呪文を以て再び静寂は破られた。大地を這うように氷が伝い、ゆっくりとアキホの前までたどり着いた瞬間、弾けるように勢いをつけてそこから氷柱が突き出してきた。
「……っ、と」
思わぬところからの奇襲に驚きながらもそつなく躱す。ふと前を見るといくつもの地面を伝う氷の跡。その全てから氷柱が飛び出しあらゆる方向からアキホを襲う。
幸いにも軌道は全て直線だったため軌道をしっかり見極めて回避をする。いくつかの回避が追い付かないものに対しては、
「同じ詠唱でも想像次第で如何様にも変化する……なるほど、思ったよりもやっかいだ」
魔術は基本的に詠唱によって属性や性質は決まる。しかし、それ以外のあらゆる要素は想像を基盤にして形作られる。
例えるなら炎を生み出すには『フレア』、氷を生み出すには『フロスト』の一節を唱える。この詠唱が有るか無いかで先ほどのルークのように魔術の出力が大きく変わる。しかし、その炎が、氷で何を起こすのかは詠唱ではなく術者のイメージによって決定される。
揺るぎないイメージを固めて詠唱を唱える。そうすれば、詠唱に込める意思によって炎は壁にも、球にも、果ては槍にもなる。術者の裁量次第で、自由自在に形を変えるのが魔術だ。そしてこの魔術の自由な性質こそが、騎士が辿り着く道が千変万化である所以の一つである。
体制を整えたアキホに再びルークが斬りかかった。右、左、そして下からも容赦ない斬撃がアキホを襲う。
しかし、アキホも鞘を振るい鋭いその剣閃を逸らし、いなし、受け止めた。合間に差したアキホの突きをルークは首を振って躱し、僅かな剣風が頬を掠める。
「ぜあぁああッ!!」
「……っ」
そして再びルークにより振るわれる上段からの一撃。しかし、その剣に先ほどまでの必殺の意思が感じられない。
一瞬アキホとルークの目線が交差し、意図を汲み取ったアキホはその剣に自らの鞘を押し当てるように合わせ、再び互いの鞘と剣が
「……強いな」
「ありがと。でも、褒めても何も出ないよ」
それは対話を目的とした鍔競り合い。お互いの触れ合う鉄と鉄がカチカチと震え、その拮抗は先ほどとは違い一瞬で途切れることはない。
「そんなものに期待していない。…あぁ、
「うん、それはなにより」
対面していた時より幾分冷静になったルークの様子にアキホは小さく頷く。怒らせる要素は多々あったと自覚しているが、冷静になってくれたのは何よりだ。
「だが、いくつか疑問が残る。こうしていられるのも時間の問題だ、いくつか聞いても構わないか」
「好きなだけどうぞ」
「では有り難く。……まず、どうして試合を受けた」
先ほどシルヴィアにも聞かれた質問を再び聞かれる。が、シルヴィアとはまた違う思いがあるようだ。訝しむようにルークは言葉を続ける。
「敵対し、シルヴィエスタを害している私に報復を、というのであれば話は分かる。ほかの生徒の目論見を潰すというのであれば理解もできる。…しかし、君の剣からは敵意はおろか害意すらも感じられない。ならば何故、あの場で剣を取ることを良しとした」
責めるようなニュアンスは何処にもない、ただ疑問を感じているだけのようなその声色。アキホは少し考え言葉を選んで、答えを返す。
「一つは実戦経験を積むため。正直に言うと、魔術を使う実戦をほとんど経験したことがなくて、経験してみたかったんだ」
「……にわかには信じがたいが」
これほどの剣技と対応力を持った学生騎士に実戦経験が無いとは到底思えなかったが、納得したと目で伝える。それに頷いてアキホは話をつづけた。
「二つ目は、こういう言い方は良くないけど比較対象が欲しかった。この学校内で僕はどの立ち位置にいるのか、大まかにでいいから知っておきたかった」
「なるほど……私を基準点にしようという腹積もりか」
「結果としてね。君が強いって言うことは話に聞いていたから」
悪びれもなく言ってのけるアキホ。つまるところ、ルークという強者を使って自らの価値を測っているのだ。まるで隣の芝の青さを見て自らの芝の輝きを推し量るように。
「こういうやり方は好ましくないんだけど、こうなっちゃったら利用しようかなって。怒ってる?」
「いや、無理やり舞台に上げたのは我々だ。それで怒るほど狭量なつもりはない」
「ふふっ、やっぱり」
その単語の意図はルークにはわからなかったが、アキホも説明するつもりはないようだ。真意を語らず、そのまま先ほどの質問の回答を続けている。
「最後の一個は、実はもう半分確認が終わってるんだけど…………そうだね、この試合が終わったら教えてあげる」
「何?」
「はぐらかすとかじゃなくて、説明したら意味がないから」
「………」
「ほんとだよ」
「そうか。では次の質問だ。どうして刀を抜かず鞘に入れたままで戦っている」
この試合が始まってからずっとアキホは刃を抜かずに戦っている。開始時から抜くそぶりがなく、自分は舐められているのかとルークは疑念を抱いていたのだが、
「ああ、それはほら、これ見て」
そう言うとアキホは視線を鍔元に向ける。その目線の先をルークが追いかけると、鞘と刀の間に抜刀を遮るように固く縄が結ばれていた。
「学園内で剣を抜くことはないと親に縄で縛られてたのを忘れてた。本人も多分こうなるとは思ってなかったんじゃないかな」
「……そうか」
若干のやるせなさを滲ませながらため息交じりにルークは呟いた。直後、ルークは全力で剣に力を込める。予期せぬ押しにアキホは弾かれたように体制を崩した。
怒ったか、と危惧するが追撃の気配はない。顔を上げると、剣を下ろしたルークはわずかに離れた間合いのままでこちらを見つめている。
「今のうちに縄を解け。手加減されているようで癪だ」
「いいの?」
「全力でと言ったのはお前だろう」
「…………」
僥倖なはずのその申し出になおも逡巡するアキホ。解くタイミングを与えられたにも拘らず、じっと鍔元を見つめたまま動かない。ルークはその様子に微かな違和感を覚える。
鞘を縄で結ばれていたから抜刀できなかった、それは把握した。試合中にその縄を解く余裕など無く、そのまま鞘に収まった刀を得物として振るう。それは理解出来る。
しかし同時に思う。当人がどれだけ抜けていたとしても、相対している敵が実剣を持ち、闘志をむき出しにして仕合をするという状況で、あれほどの実力者が縄で縛られたままの刀の存在に思い至らないということが果たしてあるのだろうか。
剣とは半身。自らの命を預ける大事な生命線だ。もし何かあってはいけないと、戦いの前に確認をすることは剣士として当然の事だろう。
故にルークは思い至る。彼は縄を忘れていたのではなく、知っていてなお解かなかったと。刃を抜かないのには理由があり、叶うことなら抜刀しないままでいたかったのではないかと。
「……うん。そうだね」
幾ばくかの後、アキホは顔を上げた。その顔にはすでに迷いはなく、その目はまっすぐにルークへと向けられている。
「全力で剣を交わす、って言ってるのに自分だけ刀を抜かないなんてあまりにも勝手だ」
「そうだ。剣を以て互いを知る。この仕合はそういうものだろう」
「…………あはっ」
無邪気に小さく笑うアキホを見てルークも釣られてわずかに気が緩んだ。不思議な男だと、剣を交わしているにも拘らず好意的な感情を思わず持ってしまう。
「最後に一つ」
「うん」
「……シルヴィエスタに関わるとお前が辛い目に合う。もう一度、考え直さないか」
「……ありがとう。でもごめん」
その答えは相も変わらず微塵の躊躇もない。揺るぎない信念を以て、すでに選んだ選択は覆ることはないと最後の提案を切って捨てる。
「これは僕の心に根差す誓い。この世界で騎士道と呼ばれているものだ。これを裏切ることは絶対に出来ないしするつもりもないよ」
「そうか」
そんな気はしてた、と小さくルークは呟く。その顔は心なしか笑っているような気がしたが、気が付けばすでに微笑みの影はない。真剣なまなざしのルークに相対しふぅと息を吐いて、アキホはゆっくり目を閉じた。
「刃を抜いたら、全力で」
「ああ。刃と魔術を交わそう」
呟かれた自分の言葉に返事が返り、再び小さくアキホは微笑む。
そしてゆっくりとアキホは左手に持った刀を目の前にかざし右手をゆっくりと、刀と鞘を結んでいる縄にかける。そして小さく息を吐いて、迷いも不安も何もかもを振り切るように思いっきりその縄を引き、硬く閉ざされた戒めを解き放った。
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