10話 模擬戦

 


「………理由を聞こう」

  

 唐突な提案に眉をひそめる学園長。


 編入初日の生徒に模擬戦はあまりにも唐突だ。学校の雰囲気も生徒との交流も殆ど無いままに剣を取るなど気持ちがまず追いつかない。敵でもない相手と刃を交わすことは思っているよりも存外難しいものだ。


 それを知ってなおそのような提案をする理由を問われて、ルークは答えを返す。


「我々は去年の一年間を通して少なからず互いの剣筋を見てきました。互いに生活を共にし、鍛錬に励むことで、現在のお互いの力量と共に理解を深めてきました」


 そこで一旦言葉を区切る。そして手でアキホを示しながら、言葉を続ける。


「しかし彼のことを我々は何も知らない。故に剣を交わし、見ることで、彼を知る一歩とさせていただきたい」


「…………」


 その言葉に学園長は考え込む。しかしフィオは気づいていた。周りで傍観している生徒たちが、ニヤニヤと悪意を顔に貼り付けたような笑みを浮かべていることを。


 これは交流とは名ばかりの、立ち位置の確立と忠告を兼ねた制裁だ。


 現状この教室内で最も強いと言われているルークを勢力の代弁者として据えて、徹底的に教え込むつもりなのだろう。我々が上で、お前が下だと。


 そしてシルヴィアと関わるということはこういう事だと、模擬戦という免罪符を以て制裁を行うつもりだろう。教室での選択を後悔させるように、関わらないほうが良かったと思わせるように徹底的に教え込むつもりなのだろう。


 腐った理由にめまいがしてきた。ただシルヴィアを貶めるために編入生にその矛先を向けるなんて。


「……編入生は、どうだ」


 学園長はアキホの方へと問いかけた。その周囲では纏わり付くような視線がアキホへと向けられている。受けろと、断ることなど許されないと陰湿な圧力を集団でかけている。


 彼らにとってこの制裁は義憤であり余興だ。シルヴィアの味方をした愚か者の末路を手を叩いて喜ぶ余興を望んでいるのだ。


 それを断り、この高揚を満たされぬままにするなどあってはならないと、目線で脅すように追い詰めている。


 その視線を一身に受けたアキホは、今の状況が理解出来ているのかいないのかわからない気の抜けた表情で答えた。


「別に構わないよ」


「アキホさん!?」


 隣りにいたフィオが思わず声を上げる。学園長がそちらに目を向けると、アリアは何でもないですと言わんばかりにペコペコと頭を下げてアキホの耳元で小声でささやく。


「……これは半ば決闘の申し込みと同義です!これを受ければアキホさんは、彼と全力を尽くした仕合をすることになるんですよ……!?」


「………本気で戦うの?」


「……そうです!模擬戦とはいえ、授業における模擬戦はすべて研鑽のために全力を尽くすことが義務。ルークさんはとても強いので、アキホさんはおそらく見せしめのために」


「……それなら丁度いいかな」


「……え?」


 必死で説得しようとしたフィオだったが、アキホの予期せぬ呟きに思考が止まる。その間にアキホは前へと進みルークの隣、学園長の前へと向かってしまう。


「編入生がそれでいいなら、最初の模擬戦はルークと編入生で行ってもらう」


 その決定に生徒内での嘲笑が増した。学園長に聞こえない列の後ろでは露骨にほくそ笑み、隣の友人と嘲笑わらいあうような人間もいる。


「……ど、どうしましょうシルヴィエスタさん」


「……いや、なんで普通に話しかけているんですか」


「え、あの、もう私もシルヴィエスタさんの味方と公言してしまいましたし……」


 思わずシルヴィアはため息をつく。彼女の中ではもう自分は話しかけても問題ない仲になっているようだ。シルヴィアとしては望ましくないが、この場で拒絶したところで既に意味がないのもまた事実だった。


「どうしようも、あれを止めるしかないです。でも学園長が既に了承して話が進んでいる模擬戦あれを止められますか」


「………無理です。どうしましょう~~!」


 こうしている間にも話は進み続けている。フィオが頭を抱えている最中、アキホとルークは相対して、学園長の進行の元どんどん模擬戦へと舵は切られていた。


「では簡単にルールを決めておこうか。全力で剣戟を交わす以上、何処かで区切りを設けないとただの殺し合いになる。一般的には担当教員である私が決めるが、双方に異論はないか?」


「はい。ありません」


「自分も大丈夫です」

 

 それで問題ないと二人はお互いに同意を示す。


「では、通常通りの剣術と魔術の複合試合でいいだろう。中、近距離での戦闘を想定した1対1。使用できる魔術は簡易的な一節の属性魔術エレメンタル独自魔術オリジナル。戦闘が続行不可になるか降参したほうの敗北。これで問題ないな」


「はい。問題ありません」


「………」


 再びの確認にルークは即座に是と答える。

 が、先程とは違いアキホは良しと言わずに思案していた。


「なにか問題があったか、編入生」


「いえ、ただ確認なんですが、これは互いの剣を知ることが目的なんですよね?」


 学園長がルークに目を向けると、彼は頷いた。

 その眼にはかすかに困惑の色が浮かんでいる。


「ああ。ルークとしてはそのような話のようだが」


「ということは全力でお互いぶつかり合うのが望ましい」


「うむ」


「なら簡易的な、とか野暮な縛りは必要ないですね」


「………は?」


 思わず優等生の口から呆けた声が漏れる。いま目の前の相手が何を言ったのか理解出来ずに思考が僅かに停止する。


 周囲の生徒も同じくだった。シルヴィアもフィオもその言葉の真意は読めないが、結果としてどういう条件になるか思い至り言葉を失う。


「というと編入生、お前の要求はつまり」


「はい。試合の終了条件はそのままに、各々の全魔術と技術を以ての試合へと変更で」


 その提案に数秒講堂内は静寂に包まる。そして生徒内で吹き出すのを堪えられない者がいた。


「ということだが、ルークはどうだ」


「………本気か、貴様」


 剣呑な声に微笑みで答えるアキホ。その瞬間ルークは火が出るかと見紛うほどに顔を赤く染め、何かを堪えるように俯く。そしてそのまま絞り出すかのように呟いた。


「……私も、それで構いません」


「……ふむ。両者がそれで良いと言うのであれば是非もない。ではそれ相応の準備をするから暫く待つように」


 そう言って学園長は講堂の奥へと姿を消した。その姿を見ていたシルヴィアは、立ち去る寸前の彼女の表情に違和感を覚える。振り返り背を向ける一瞬に垣間見た表情。それはこの状況に似つかわしくない表情ほほえみだった。


 そして手持ち無沙汰で一旦元の場所に戻ったアキホの腹部に、フィオは感情のままに頭突きを繰り出した。


「……痛いよフィオ」


「………!!………!!」


 言葉にならない声を上げるフィオ。アキホが深呼吸するように合図を出すと、彼女はゆっくりと深呼吸をした。

 先程も見たような光景を再び繰り返し、落ち着いたフィオはアキホに非難の目を向ける。


「どうして!?どうしてあんなことをしたんですか!?」


「売られた喧嘩を買ってきた」


「文字通りなんですけれども……うぅ、シルヴィエスタさん……!」


「だから何を当たり前に話を振ってきてるんですか」

 

 ですが、とシルヴィアは会話に混ざる。アキホにとっては会話に混ざってきたことが意外だったが、言及すると逃げてしまいそうなので言葉にはしない。感じた疑問をシルヴィアは素直にアキホに尋ねる。


「どうして、あのような条件を?彼が魔術に秀でていると知ってて、彼に有利な条件を出したのですか」


「……そうなの?」


「……知らなかったんですか」


 嘆息してシルヴィアは頭に手を当てる。困ったようにアキホがフィオの方に目を向けると、こっちはこっちで困った顔をしてアキホの方を見ていた。


「えっとね、ルークさんはこの学校の騎士学科でもトップクラスの魔導騎士です。『凍土平原コキュートス』って二つ名を持ってて氷の魔術に関しては随一。一年の時に三年生や現役の騎士の人に何度も勝っているんですよ」


「へぇ」


「そうなんです。二年生の時点で二つ名を持っているなんて、この学校では2人しかいないんですよ……!?」


「随分はいからな二つ名だね」


「え、そこですか?」


 漫才をしている二人は置いておきシルヴィアは周りを見回す。学園長が姿を消して気が緩んでいるのか、もはや隠す素振りもなく生徒たちは無駄話を始めている。


「くくっ、やっぱりあいつ頭おかしいんじゃねぇのか」


「ルークに魔術で挑むとか無謀にもほどがあるわ。やっぱり文明が発達していない猿のような男だったみたい」


「結果が見えてる試合だな。こうも間抜けだと笑けてくるぜ!」


 案の定、心無い嘲笑が溢れていた。学園長がいないのを良いことに好き放題陰口を垂れている。

 が、確かにはた目から見れば無謀な行いだ。醜い集団を視界から外し、再びシルヴィアはアキホに向き直る。


「魔術の心得はあまり無いんでしょう」


「そうだね。フィオには言ったけど魔術に触れて新しい。正直身体強化以外は満足に扱えないかな」


「ではどうしてあのような相手に有利な条件を?貴方に魔術を斬るあの技術がある事を差し引いても、貴方に優位に働く要素は一つもないでしょう」


「……あの技術?」


 一人だけ知らないフィオが疑問符を頭に浮かべる。思わず漏れた言葉に詰まるシルヴィアだったが、小さく咳払いで誤魔化してアキホに対する詰問を続ける。


「『売られた喧嘩を買った』と貴方は言いました。つまり彼の、ひいては周りの生徒達の意図を理解してなお彼らの要求を承諾した。違いますか」


「うん、そうだね」


「なぜそのようなことを?貴方には断るという選択肢もあったはずですが」


 困ったように腕を組むアキホ。しかしそこに誤魔化そうという思いは見受けられない。自分の中の伝えづらいものをどう言葉にしたものか、という様子だ。


 心の内をまとめ終わったのか、ややあってアキホはゆっくりと口を開いた。


「ちゃんと理由はある。けど、やっぱりうまく説明できない」


「そうですか……」


「うん。だから、心配しなくても大丈夫だよ」


「心配などしていません。とんだお気楽思考ですね」


 真っ直ぐ見つめる目にまた皮肉を口にしてため息をつくシルヴィア。諦めたように、何かを信じるかのように目を瞑り、ぶっきらぼうに手を振った。


「それならどうぞご自由に。ただ、夢見が悪くなるので大怪我だけは控えてください」


「うん。ありがと」


「………はぁ」


 皮肉を言ったはずなのに感謝の言葉を返され、居心地が悪くなってシルヴィアは目線を逸らした。やり辛そうに頭を掻いて、やりきれない気持ちをため息に乗せて吐き出している。


「待たせたな。準備が出来たから両者は講堂の中央へ。他の生徒はなるべく離れているように」


 奥から現れた学園長は移動を促す。フィオは未だに心配そうに瞳を揺らしていたが、シルヴィアが移動するのを見て、ついて行くように後ろを追いかける。


 移動しながらもしきりにアキホの方を振り返るフィオに、アキホは小さく微笑みを返していた。


「うー……大丈夫でしょうかアキホさん」


「彼も馬鹿ではないようですし、あとは覚悟を決めて見守るしかありません」


「シルヴィエスタさんは心配ではないのですか?」


「……私がそんな心配をするような優しい人間だと?」


 嘲笑わらうように皮肉を返すシルヴィア。その言葉と表情に、フィオは言葉を詰まらせた。


 突き放すように、冷たい声色で。今までと同じく、誰も彼もを遠ざけて嫌われている彼女通りの接し方。以前は黒い感情が心の片隅に生まれていたが、今は何故かその気持ちは何処にも無い。


 むしろ、それ以上にフィオは思ってしまう。そんなにも誰かを遠ざけようとしているのに、そんなにも突き放すような言葉を並べているのに。


(どうしてそんなに、辛そうな眼をしているんですか……?)


 その疑問は問うことは出来なかった。準備ができた二人の方へとシルヴィアは視線を向けてしまっていたから。こちらに向ける意識は既に無く、もう話しかけてもきっと返る言葉は無いだろう。


 言いたい言葉を胸にしまい込み、フィオも前を向く。その視線の先では、学園長が二人に対して最後の注意指導をしていた。










 彼女の問いかけに精一杯の皮肉を込めて、突き放すように疑問で返した。フィオは思わず言葉を失い、少し間を置いて何かを言おうとして我慢するように首を振った。そして心配そうな瞳をそのままアキホに向ける。


 その様子にシルヴィアは確信する。この少女もアキホと同じ、優しくあることが難しいこの世界で尚も優しく有れる尊い人間だ。正しきを進み、他人を自分のように思い遣れる温かい人間なのだ。


 シルヴィアはその生き方を慈しんでいる。こういう心を持つ人を守りたいし、そのまま生きてほしいと切に願っている。


 ただ故に、こういう人と関わると否応にも自分の醜さを見せつけられる。


 今だってそうだ。アキホが自分のせいであのような見世物にされている。嘲笑あざわらう人達の中心で、笑い者にされようとしているのを黙ってみている。


 自分と関わりを持ったがために彼は、まるで罪科を背負うかのように罰を強いられている、にも関わらず。


 心配と不安、そして罪悪感で満ち溢れている心の片隅。奥底に浮かんでいるほんの小さな一欠片が小さく笑っているのだ。


 



 ――――ああ、心に焼き付いて離れない、あのまばゆい剣閃がまた見れるのか、と。














「講堂内に魔力結界を張った。ルークが全力を使用するということなので厳重にな。ちょっとやそっとのことで敗れることはないから、心置きなく刃と魔術を交えるが良い」


「はい」


 二人が小さく返事をすると、学園長は背を向けて距離をおいた。審判として立ち会うため、学園長だけは結界の内部に残るのだ。一定の距離をおいて二人の方へと再び振り向いた。


「どういう意図があってあのような条件を持ち出したかはしらん。が、あの場でのあの発言は私に対する挑発と受け取らせてもらう。……我が誇りを以て、全力で叩き潰す」


 そう言葉を残して、答えを聞く素振りもなくアキホから距離を取るルーク。おおよ10マトルの距離を置いて、ルークは振り返る。


 模擬戦開始時の二人の距離はおおよそ一般的な男性6人分の距離。刃が決して届くことはなく、騎士が相対し魔術を以て応酬を交わす、魔術戦において中距離と呼ばれる間合いから、試合は幕を開ける。


「それでは………準備セット


 静かに響く学園長の声にルークは剣を構えた。中段に剣を持ち揺るぎない自負を体現するかのように、手に持った長剣ロングソードを青眼に構え、対面する相手を油断なく見据える。


 対するアキホは刀に手を置かずに自然体のまま立っている。何かを懐かしむように目を細め、武者震いする身体を落ち着けるように小さく息を吸った。




 ―――――ああ、久しぶりのこの感覚。張り付くような雰囲気も、刃を交えることへの恐怖も、それに矛盾するような高揚も、対面する剣士の刺すような闘気も全てが懐かしい。唯一足りないとすれば、それは




 そして小さく息を吐いた。溢れそうなそれらの郷愁も武者震いも落ち着けて、相対する敵を見やる。

 交わる視線。交差する剣気。観衆の声援も野次も、果ては存在すらも消え失せたかのような世界で。





「………開始!」



  


 アキホが声もなく小さく微笑んだ刹那の後、仕合を始める鋭い声が講堂の結界の中に響き渡った。




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