9話 騎士と魔術




「来たか」


 二人が到着すると、既に講堂には生徒全員と担当する教員が立っていた。


 机も椅子もないただ広い室内の中心で集まって立っている。生徒たちに向かい合って立っている教員の姿を見て、フィオは思わず身を固めて礼をした。


「遅刻してしまい申し訳ありません、学園長っ」


 鋭い目をした黒い髪の女性に向かって勢いよく頭を下げる。学園長と呼ばれた整った顔をした女性教員は右手に持っていた魔導書を閉じながら、小さく首を振った。


「ほんの僅かだから気にしなくていい。だが遅刻したことは事実だ。編入生共々、次からは気をつけるように」


「はい」


「はい!」


 勢いよく返事をして、隣に立っていたアキホの手を引っ張り皆のもとへとアリアは向かう。唐突に手を引かれつんのめりながら、小さく返事をしたアキホも一緒に和の中に交じる。


「これで全員集まったな。では改めて自己紹介をさせてもらおうか」


 持っていた本を懐にしまい短く切り揃えられた髪をかき上げた。極めて女性的な仕草だが、生徒たちの緊張は全く解れない。この女性が持つ底知れぬ威圧感に生徒間では緊張が走っている。


「皆も知っているとは思うが、この学園の長を務めているクロエ・ディスティルだ。正直なところ姓で呼ばれることを好ましく思わない。気兼ねなくクロエという名の方で呼ぶように心がけてくれ」


 そう言いながら生徒たち全員に視線を向ける。眼が合った生徒はそれぞれに緊張を強くする。その様子を一瞥し、クロエと名乗った教員は小さく頷いた。


「私の無駄話は緊張を生んでしまうらしいな。慣れるのは時間を掛けるとして、今日は早速だが一年時に習ったことを簡単におさらいでもしようか」


 そう言うとクロエは人差し指を立てる。生徒全員が注視するなか、その視線の集まった人差し指の先にボッ!と音を立てて炎が巻き上がった。


「この魔の法を行使する際に扱う魔力と呼ばれるもの。人に備わったそれを測る基準は大きく分けて3つある。フィオライナ」


「は、はいっ」


「その3つとは何か。簡単に答えよ」


 指名されたフィオがどもりながら返事をして立ち上がる。快活な少女も学園長の前では萎縮するらしく、初めて彼女に会ってから一年が経つにも関わらず声をかけられただけで緊張してしまっている。


 隣で目を回しているフィオに深呼吸をするようにアキホは合図を送る。それを見たフィオは小さく深呼吸して、ようやく声を出せる程度には落ち着いた。


「ええと、『魔力総量』『放出量』『魔力回路』の3つです!」


「ん。結構だ」


 アリアの回答に頷きを以て返す学園長。アリアはお辞儀をしていそいそと身を縮こまらせた。


「まず魔力。これは、潜在能力や魔力運用を行う際の継続値を示す値だ。本人の持つ魔力の純粋な量を示す指標となり、基本的にはこの値がその人物の評価につながる。十数年前まではこの値だけが指標となっており、今でもこれだけを見て資質を測る者も少なくない」


 すらすらと講説を語っている学園長。そう語っている今なおも、その身体から隠そうとしても漏れてしまう魔力が未熟な生徒たちですらも感じ取れる。学園長を中心に巻き起こる風が微かに頬を撫で、アキホを含めた全員が息を呑んだ。


「……と、このように目に見えて肌で感じられる唯一の基準でもある為、これがそのまま評価に直結するのも無理はない。まあ大きければ良いというものでもないがな」


 小さく息を吐いて魔力を落ち着ける学園長。肌で感じていた圧力が消えて、釣られるように生徒たちも小さく息を吐いた。


「しかし、これだけではこと魔術という部門における才能は測れないことが、近年になって発覚した。それが残りの二つの要素だ」


 学園長は右の手のひらを上に向ける。その手のひらの上から瞬く間に小さな炎が浮かび上がった。


「まずは『放出量』。魔力を備える総量タンクがどれほど大きくても、蛇口が小さければ魔力みずはなかなか取り出せん。放出量は一度の術式における魔術の威力や出力に直結する。魔術という概念が浸透しておらず、秘密裏に数日掛かりで儀式を行っていた数世代前の魔女ならいず知らず、現代の魔術戦においてこの値は大きく結果に左右する」


 学園長は手のひらをかざして今度は少し大きな炎を出した。二つの炎が重なり、大きな炎が小さな炎を飲み込み一つの大きな炎になる。


「放出量が違う者が同時に魔術を出せば、威力に明確な差がでる。同じ威力を出すには、放出量が多いものに比べて時間がかかる。……ちなみに、総魔力量に比べて鍛える余地があるので、こちらは本人の努力が直結しがちだ」


 まあ、例外はあるが。と言いながら学園長は炎を収める。その炎を見てアキホは再び昨日の炎の壁を思い出した。


 あの男はたった一言つぶやいただけで通路を覆うような炎の壁を作り出した。基準はわからないが、あの炎の壁を作り出す速さや大きさは驚くほど早く大きかった。あれがきっと放出量が高い人物の使う魔術なんだろう、とアキホは経験を思い出す。


「基本的にはこの値のみが高い人間は騎士ではなく魔術師や魔工技師に向いているとされている。では騎士の戦闘においてなおも重要な基準値はなにか。それが3つ目の『魔力回路』だ」


 解説を始めようとする学園長に、一人の巻き毛の少女が手を上げる。フィオとは違った貴族のような上品さで、彼女は疑問を学園長へとうやうやしく述べる。


「学園長。基準値とは言いますけれども、実際は目に見えないのですよね?」


「その通りだフランソワ。しかし、目に見えないこの魔力回路が、騎士にとって最も重要とされているのもまた事実。何故なら魔力を用いた身体能力の強化、そして魔力の感知能力はおおよそが魔力回路によって左右されるからだ。魔術や呪詛に対する抵抗力も基本的には魔力回路によるな」


 その言葉、おそらく呪詛という単語を聞いてシルヴィアが小さく反応する。生徒のうち数名が意味ありげな視線をシルヴィアに向けており、アキホはその様子を少し訝しむ。


「魔力回路の強さはすなわち数だ。身体の中にある魔力を循環させる回路、血管と同じく全身を通っているそれの数は、残念ながら本人の資質に左右されると言われている」


「えっと、人によって持っている上限が違うってこと?」


 長い講説の合間で緊張感が少し解けたのか、頭によぎった疑問がふと口をついて出てしまったアキホ。唐突な発言に周りの生徒はギョッとするが、学園長は小さく頷いて肯定を返した。


「そうだ。魔力回路に関しては各々の体に備わっているモノ以上は望めない。増えることはなく、無理に許容量以上の魔力を通そうとすれば、最悪内から破裂することになる」


「それなら、戦闘における身体能力の一定以上の強化は望めないってこと……ですか」


「もし魔力回路がすべて使われているのなら、そうなるな」


 だが、と前置きをして学園長は話を続けた。


「これも例外はあるが、魔力回路の差は総魔力量ほど個人に差はない。また殆どの騎士、ましてや君達みたいな若い者は全ての回路を使えてるわけではない。すでに使える魔力回路に魔力を通しながら、使えていない回路を起こしていくことが大事になってくる」


「なるほど。ありがとうございます」


「ああ」


 学園長は小さく頷いた。ほかに続く疑問が無い事を確認し、彼女は再び元の復習へと戻る。


「魔力回路に関しては未だ未解明な部分が多い。魔術の得手不得手や属性も回路によって左右されるという説もある。本来通っていない眼や脳に魔力回路が通ることで、特殊な能力を持つこともあるらしい」


 そこまで話し終えて小さく息を吐く学園長。眼鏡をクイと上げて、生徒一人ひとりの顔を見渡した。


「とまあ、騎士における魔力と呼ばれる力は大別して3つに分類されている。騎士学科として君達は強さが評価に直結する。闇雲に鍛えるのではなく、自分に何が足りず何処を鍛えるべきかを明確にすることが、階段を登る最適な方法と知るといい」 


「「はいっ!!」」


 勢いよく叫ぶ生徒たちに学園長は再び小さく頷いた。


「では、これからのこの授業について説明しよう。一年時は基礎的な剣術の理論を座学で学び、軽く復習を兼ねて体を動かしていたが、本年からは実践を踏まえて模擬戦を多くこなしてもらう」


 分かってはいたその言葉に殆どの生徒が息を呑んだ。実技で剣を交えることへの緊張からか、冷や汗をかいている生徒も少なくない。


 一年時は実際に剣を取り競い合う機会はあまりなかった。時折同学年ではなく模範となる三年生や実際の騎士と刃を交わすことははあったが、基本的には試合というよりも指導の側面が高かった。


 しかし二年目は違う。これまでに学んだ理論や実技を実戦において反映し、自分なりのスタイルに落とし込む。そのためにこの魔術剣の授業は、自らと実力が近いとされる同学年と模擬戦をこなす一年になる。


「既に各々上級生から聞いているとは思うが、剣技において参考とする『型』はいくつか存在する。しかしこれらはあくまでスタイルを確立できない時の『教科書』というだけで、最終的な形は自身で決めろ。それは何故か、シルヴィエスタ」


 指名されたシルヴィアの名前にアキホは思わず目を向ける。シルヴィアと目があったが途端、ぷいと目を背けられる。先程見た気がする泣きそうな顔は嘘だったかのように面影すらない。


 相変わらず冷たいシルヴィアの様子にアキホはどうしたものかと考える。そんなアキホの様子を流し見ながら、彼女はその質問に過不足無く答えた。

 

「先程説明した魔力における三要素は人によって千差万別だから」


「そうだ。人によって多彩な魔術と剣技を組み合わせる以上、その最適解を知っているのは自分だけだ。こちらから働きかけることは出来るが、教えるということは出来ない。それをこの一年で見つけ、磨いてくことがこの授業の課題になる」


 その言葉に生徒は息を呑む。一部の生徒はこの突き放すような言葉に顔を俯かせる。


 これは答えのない禅問答のようなものだ。誰かに正解への教えを請うことも出来ずに、自分の中にしかない答えを追い求める自分との戦い。そのある種の孤独な戦いへの一歩に、不安と恐怖が頭を過ぎる。


「道は険しく答えは遠い。しかし、果てを見据え歩みを止めず、その答えに辿り着き実力と名声を得た者を人々は『伝承騎士アークナイト』と呼んでいる」


 その言葉に俯いていた生徒も顔を上げた。各々が憧れ、騎士になると決めたきっかけを思い出し、その決意に小さく体を震わせる。

 

「騎士を目指すということはそういうことだ。君達もそう成りたいのであれば、迷うことはあれど進むことを忘れないように」


「「「はいっ!!!」」」


 講堂が震えるほどの返事に学園長は小さく頷いた。ふとフィオが隣を見るとアキホが神妙な顔をしている。今の話の何処かに疑問を持ったのだろうかと声をかける。


「アキホさん?」


「…………ううん、なんでも」

 

 そうは言うが複雑そうな顔は晴れることはない。ふと朝の質問の時間を思い出したフィオは、そういえば彼は伝承騎士アークナイトのことを知らないのだろうかと一瞬思った。


 しかしそれは今解説できることではない。首を傾げるアキホを横目に気を取り直して、フィオは再び学園長へと目線を戻す。


「それでは長話もこの辺りで切り上げて早速実践に移ろうか。最初の模擬戦は成績優秀者で行おうと思う。では……」


「学園長」


 ふとその声を遮る者がいた。学園長が声のする方に顔を向けると、声を上げたルークが一歩前に出る。


「どうしたルーク。君に声をかけようと思っていたのだが」


「恐縮です。それでは模擬戦について一つ提案をさせていただければ」


「言ってみろ」


 承諾を得たルークは小さく礼をした。そして、目線を後ろへ。今もなお考え事をしていたアキホは、その視線に顔を上げる。生徒たちの中でキョトンとしている刀を持った青年へ、ルークは手で彼を指示して告げた。





「編入生、アキホ・ヨシカワとの仕合をさせてはいただけないでしょうか」





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