8話 やめて
「ふっ、ふざけるな!!!!」
観衆の中のひとりが叫ぶ。即座にルークが眼で制した為に続く言葉はなかったが、この場にいる殆どの生徒が思惑外の回答に怒り狂っている。
目の前のルークは怒り狂った様子はないが、困惑はしているらしい。動揺を押し殺すかのように小さく咳払いをし、真っ直ぐ見つめる目線を受け止める。
「……ひとまず、理由を聞こうか」
「理由がなかったから」
「理由がない……だと?」
適当に返事をしているのかと訝しむルーク。それを否定するように小さくアキホは首を振って答える。
「君達と違って彼女に憎悪を向ける理由がない。悪態をつく理由も、無関心を装う理由も」
「なんだと……?」
「逆に聞かせてよ」
アキホは周りに目線を配りながら、身体を教室全体に向けるように向き直る。この場にいる全員の視線を一身に受けながら、微塵も怯む様子はない。
「どうして、君達はそんなに彼女を目の敵にするの?」
「決まっている!」
その問いに我先にと一人の生徒が声高らかに叫ぶ。
「この国の悪と!国王の娘と同じだからだ!その顔が告げている!欲の限りを尽くして我々市民からすべてを奪う王女とこの女は同じ存在だと!故にその女は、この国の敵なのだ!」
これは義憤だと、これこそが王国民としてあるべき姿だと恥ずかしげもなく吠えあげる。周りの生徒も感化されたかのように頷き同意を示し、またあるものはその生徒に続いて吠え上げている。
――が、当のアキホ自身はそちらに聞く姿勢を向けてすらいなかった。顔すらも動かさずに目線だけでそちらを見据える。
「それは他人に悪意を向ける理由にならないよ」
「なんだとっっっ!!」
「君は親から貰った大切な贈り物と同じ形のもの全てを等しく扱うの?」
「は?」
「大切な愛玩動物と同じ種類の違う子を見て思い出を重ねるの?違うよね」
諭すように
「大切なのは親からもらったただ一つで、共に生きたその子だ。他のモノでは価値は変わるし補うことは出来ない。見た目が同じなことは関係ないよ」
「…っ、そ、そういう話じゃねえだろうが!」
「一緒でしょ」
がなるように吠え続けているが、いくら押しても手応えがない。見かねた他の生徒が矢継ぎ早に攻め立てるように訴え続ける。
「いつも素っ気ないし憎まれ口ばっかで生意気なのよその女は!」
「僕にはそんな様子じゃないから」
「これからそうなるかも知れないじゃない!」
「だからそれは僕が決めると言っている。それが耐えきれないなら関わることをやめるかもしれないけれど、初めから関わりを断つ理由にはならないかな」
次々に出てくる理由を片っ端から切って捨てるアキホ。その程度の理由では自分の中のルールを曲げることなど出来ないと、外部の誰もがどれだけ威圧しようと猛りあげようと、アキホの信念は僅か程も揺るぎはしなかった。
そして二度目の鐘の音がなる。先程鳴った一度目は昼食の時間の終わりを、二度目の今回は午後の授業の開始が近いことを知らせている。
これ以上続けても意味はないと悟ったルークは小さく手を上げて場を鎮めた。この場の総意であるかのように場の中心に佇む彼は、
「我々の忠告に従う気はないと?」
「忠告は感謝しておく。でも従う気は無いよ」
「お前にも
「理解は出来ないけど、そうなることは分かってる」
「降り注ぐ悪意を、必要もないのに受け続けるというのか?」
その質問に小さく考え込むアキホ。しかしその瞳に揺るぎは依然として無い。僅かな思考を経て打てば返るように答えを返す。
「それが正しい悪意なら甘んじて受け止めるよ」
小さく笑ってそう答えたアキホに苦い顔をしてルークは腕を組んで指をとんとんと叩く。しかし彼を変えることは出来ないと悟ったのだろう。大きくため息を吐いて首を振った。
「そうか。では鐘も鳴ったので失礼する。お前達も授業に遅刻することのないように」
そう言ってアキホの隣を通る。続いて取り巻きであろう数名が、睨むようにアキホの横を通り過ぎた。
が、教室を出る一歩手前でルークは立ち止まる。取り巻きが慌てて止まるが止まりきれずに前の男に顔をぶつけている。その男に目を向けず、ルークは振り返らずに顔だけをわずかこちらに向けて、
「正しい悪意なら受けると言ったな」
「うん」
「ならば間違った悪意ならばどうする。仮に彼女が正しく、お前たちを害する謂れもない悪意が向けられたのならば、それが当たり前になったのならばどうする」
「そうなったら」
答える声に逡巡は露ほどもない。当然のようにアキホは小さく笑って、腰に携えた刀に軽く手を添えて呟いた。
「国だろうと何だろうと斬って捨てる。僕の
(―――ッッ!?)
なんとなしに告げられた言葉。まるで現実味のない戯言のようなその言葉に、黙って成り行きを見守っていたフィオの背筋に悪寒が走る。
その言葉が不敬だからでも、絵空事だからでもない。その言葉に込められた力に、その言葉を告げる声色に、そして言葉とともに刀に手をおいた瞬間の彼から感じた見えない何かに全身が震える。
「……そうか」
フィオと同じ何かを感じたのだろうか、少し間をおいて返事を返したルークは、その発言を掘り下げることはなく取り巻きとともに教室から去っていった。
そして、ぞろぞろとクラスの全員が立ち去った。取り残されたのはフィオとアキホ、そしてシルヴィアの三人だけだった。
「皆行っちゃったし、僕たちも行こう」
「……行こう、ではありませんアキホさん」
困ったようにこめかみを押さえているフィオ。初めて見るその表情をアキホは不思議そうに見つめていた。
「どうかした?なにかダメなことしたかな」
「ダメでも間違ってもいませんが、なんでしょう……上手く言えませんが、何してるんですかーーーー!!……って気持ちでしょうか」
「全くです」
唐突に会話に入ってきたシルヴィアにフィオは思わず飛び退いた。つり上がったシルヴィアの眼は怒りを目一杯表現して余りあるほどで、今にも噛みつきそうな剣幕でアキホに詰め寄る。
「どうしてこんな事をしたんですか。一度はこちらの意図を汲んでくれましたよね?」
「最初はそれでいいと思ったんだけど」
「じゃあ……」
「でも、納得できなかったから」
困ったように頬を掻くアキホ。先程の剣幕は面影もない緊張感の薄れた表情のまま、シルヴィアの常識の外にいる彼は予想外の答えを返す。
「納得って、何をですか」
「あの人達の忠告を受けるってことはシルヴィアさんと二度と関わらないってことだよね」
「そうです。それの何処に問題が」
「問題しか無いよ」
はっきりと。これまでにないほどに真剣な表情で断言する。先程までと違う声色で、何かを思い出して噛み締めながらアキホは自らの袖口を握りしめていた。
「そんなの、僕は許容できない。僕への……他人への謂れもない悪意に怒ってくれる君を虐げるなんて」
「っ」
「正しい人を虐げながら、間違いに身を任せて生きる自分を許せない。………兄に誓ったあの願いは、絶対に裏切れない」
初めて見せる感情のこもった声。これまでの自然体な姿とは違う、明確な意志が溢れそうなほどに詰められた言葉にシルヴィアは反論を返せなくなる。思わず目を逸らすように、隣にいるフィオに問いを掛けた。
「フィオライナさんは良いんですか。中立を保っていたようですが」
「え、えっと………うーん」
急に話を振られてフィオは困ったようにうんうん唸っている。しかし少し考えると、何処か吹っ切れたような表情を浮かべた。
「体面とか、感情とか、立場とか色々ありますけれど」
拙くとも伝えようと少しずつ言葉を紡ぐフィオ。シルヴィアはその様子をじっと待っていた。
「私はあんな酷いことを平然と言える人達と同じでいたくありません。彼らを否定したいわけではありませんが……ああなるくらいであれば、アキホさんが正しいと信じたシルヴィエスタさんを信じたい……です」
そう言って困ったように小さく微笑んだ。嘘偽りのない二人の純粋な善意にシルヴィアは言葉をつまらせ俯いた。
この二人は本気で言っている。クラスメイトの、この学園の、この国の総意など知ったことかと。大衆の波に流されること無く、揺るぎない信念を以てこの悪魔に関わろうと言っているのだ。
二人としては当然のようなその言葉にシルヴィアは表情を隠すように俯いた、その顔をのぞき込もうと、アキホが彼女に近づいた瞬間、
「………やめてっ」
拒絶するかのように飛び退いて、そのままアキホの横を駆け抜けていった。逃げるように、怖がるように、振り返らずに二人の視界から消えてゆく。
逃げ去る彼女を呆然を見つめていた二人。二人から彼女の表情はしっかりとは見えなかった。しかし、
「シルヴィエスタさん……」
「うん」
「辛そうな顔……でしたよね?」
「うん」
一瞬見えたような気がした彼女の表情に二人は思わず顔を見合わせた。そして小さく頷き合うと、シルヴィアの走り去った方向。授業の教室である専用の講堂へと並んで歩き出すのだった。
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