7話 断る
その言葉にシルヴィアはわずかに反応した。しかしそれを隠すように、彼女は不機嫌に眉を吊り上げて、溜息を吐きながら意味が分からないと首を振る。
「……そもそも、私と彼とに繋がりなどありませんが」
「ああ、普通はそうだろう。今日編入してきた彼とお前が接点を持つはずなど無い」
シルヴィアのその答えにルークは肯定を示した。しかし、「だがな」と組んだ腕で指をトントンと叩きながら、ルークは言葉を続ける。
「本来なら昨日来るはずの彼が一日遅れで入学してきた。そしてお前は昨日は早い時間で学校から席を外している。そんな状態で編入生が親しげに隣の席に座ろうとするなど、多少は勘ぐってもおかしくはないだろう?」
「……偶然の一致でそこまで盛り上がられても困ります」
彼女のその言葉と反応に不自然な点は無い。しかしルークはなおも暴くような口ぶりでシルヴィアへと確認を続けている。
「偶然の一致か。ならばお前にわざわざ話しかける理由はなんだ」
「さあ、そんなことを聞かれても知ったことでは」
「真っすぐお前の方に向かって言ったように見えるが」
「空いている席に座った結果でしょう。極東の島国にまで私の噂が届いているわけでもないでしょうし」
「ふむ……」
「第一、私が関係無いと言っているのに、この問答に意味はありますか?これ以上意義のない会話を続ける気は私にはありませんので」
あくまで無関係を主張するシルヴィア。大半の生徒はその言葉に納得していたがしかし、周りの聴衆の一部にはそれで納得出来ない者もいたらしい。
「国のことを知らないのを良いことに
「一人ぼっちは寂しいもんなぁ」
「悪魔に友達なんてできるはずねぇのにな」
つまらない詮索を未だに続けている人もいた。根拠もない嘲笑に関係のない立ち位置で聞いていたフィオですらも眉を僅かにしかめた。
シルヴィアの耳にもその言葉は入ってきたのだろう。そのアキホに対する風評被害を訂正しようとしたのか、彼女の口が僅かに開かれ、
「気の抜けたような顔してたもんね」
「騙されてても可笑しくないかもな」
「むしろ一人ぼっち、同じ穴の
「かもな。ってかそっちのほうが信憑性があるわ!」
ゲラゲラと
そんな彼女の様子に気付いてないその集団は、興が乗ってきたのかなおも止まらず集団は口から滑るように次々と言葉を吐き出す。
「そもそも極東の島国って未開拓なんだろ?ちゃんと一般教養とか備わってんだろうな?」
「しっかりしてるよう取り繕って実は何も知らない猿みたいな?」
「クソ笑えるなそれ!猿と悪魔ってサーカスじゃねぇか、曲芸でもするのかよ!」
もはや只の妄想、ただ人を貶めるためだけに盛られたくだらない戯言に、普段悪い感情を表に出さないフィオですら不快感を露わにする。彼女は当のアキホの様子が気になったが、それ以上に目線の先に思いもよらない光景が広がっていた。
「…………ふざけるな」
僅かに俯いて銀の髪に隠されたシルヴィアの口から、集団の上げていた哄笑にかき消されるほどの弱さで怒りに震える声が零れたのだ。
余りにもか細く呟かれた声。しかし、シルヴィアの口から漏れたその言葉をフィオは聞き逃さなかった。そしてそんな彼女の反応に、遠巻きに見ていたフィオは驚愕を隠せないでいる。
今まで彼女が憤る姿を見たことが無かった。向けられる悪意を受け流しながら、時折苛立ちを浮かべることはまま見受けられたが、ここまで腹の底から怒りが煮えたぎっている様子は今まで見たことが無い。
フィオが見ている視線の先で
そんな彼女の様子に気付いた集団は、しかし彼女が手を出すことは無いと高を括っていたのだろう。にやりと不敵な笑みを浮かべて、嗤うようにシルヴィアを見つめている。
その汚い口から
「何の話をしているの?」
フィオの横で会話を聞いていたはずのアキホが唐突に、何気ない調子で顔を出して張り詰めた空気の教室に入り込んだ。
「………編入生か」
「………っ」
扉から現れたアキホに振り返るルーク。その奥ではルークと相対していたシルヴィアが僅かに遅れて彼に気付いた。溢れ出しそうな魔力は一瞬で霧散し、彼女はばつの悪そうに顔を背ける。
「楽しく話してたみたいだね。悪魔とか猿とか、いまいち単語しか聞こえなかったけど」
「ぐっ…………!」
「楽しいとは言い難いが有意義な会話をしていた。君が聞いた単語は物の弾みで出てしまった言うべきではない言葉だがな」
「そっか」
アキホはうめき声を上げたその生徒をちらりと一瞥する。が、本当に一瞬目線を向けただけで興味を失ったかのように目線を逸らし、再びルークとエルの方に目線を向ける。
「僕に関係ある話なら混ぜてよ。そのほうが簡潔だよね」
「そうだな。直接君に話をするほうが誠実だろう。蚊帳の外ですまなかった」
「待っ……………!」
異議を唱えようとしたシルヴィアを手で制すルーク。その眼は威圧するようにシルヴィアを横目で睨みつけており、言葉を詰まらせ彼女は歯噛みする。
「黙っていたほうが良い。何、彼とは関係がないのであればな」
「………っ」
そう言われてしまってはシルヴィアは押し黙るほかない。何も言えなくなって、ただ一歩下がり会話から外れる。これ以上何も出来ないもどかしさからか、鬱血しそうなほど握りしめた彼女の手が赤くなっていた。
「編入生……アキホ・ヨシカワだな。性と名どちらで呼べばいい?」
「どっちでも構わないよ。呼びやすい方で」
「それならば、Mr,ヨシカワと呼ばせてもらおうか」
アキホは呼ばれ慣れていない呼称で呼ばれて小さく頭を掻いた。
少しむず痒い気もするが、相手がそう呼びたいのであれば仕方がない。後ろで俯くシルヴィアも気になるが、今は自分より少し身長の高いルークと目線を合わせる。
「ではMr.ヨシカワ。君はMs.シルヴィエスタとは知り合いか?」
その質問にアキホはシルヴィアの方を覗き見る。彼女は目を伏せていたが、その様子で彼女の望んでいる答えはわかったので、アキホはとりあえずその意図を汲んで回答を濁した。
「特に。はじめましての関係」
「そうか。では彼女が話していたことは真実なのだな」
「そうだね」
「では関係の薄い今のうちに伝えておこう」
淀みない意思ではっきりと告げる。先ほどと同じ事を、対象を変えて。
「Ms.シルヴィエスタとこれ以上関わるな。これはこの学園における暗黙の了解で、彼女はこの国におけるタブーだ。関われば君に災いが及ぶ」
「ん…………」
告げられた言葉に目をつぶり黙り込むアキホ。他の生徒はイエスの返事を待つだけの沈黙だが、未だ影で見守っていたフィオだけはその沈黙が怖くて仕方がなかった。
フィオは知っている。シルヴィアが理不尽な差別を受けていると知った時のこの青年の顔を。 押し黙った瞳の奥に映った、燃え盛るような感情の炎を。
「そうか、来たばかりの君にはわからない話か。彼女は……」
「そのあたりの話は大丈夫。フィオにある程度聞いたから」
そう言ってアキホは周りを見渡すが姿が見えない。キョロキョロとフィオを探すアキホを見て、ここまで隠れて伺っていたフィオは観念と覚悟をして教室の中に入る。
扉から現れたフィオに視線が集中する。そしてルークはフィオの姿を見て小さく頷いた。
「分かっているのであれば話は早い。ならば」
「その前に一つ質問」
その先を言わせないように言葉を被せるアキホ。周囲にいる全員を見渡しながら、アキホはこの場にいる全員に問いかけた。
「君達は、それが正しいことだと思ってる?」
一瞬の静寂が教室を包んだ。その意図の読めない質問に、この場にいる全員が呆気にとられる。そして数拍間を置いて、殆どの生徒がその唐突な問いに同じ反応を示した。
―――こいつは何を言っているんだ。
視線が、表情が、雄弁にそう語っている。こいつは唐突に何を聞いているんだと。意味のわからない質問の意図がわからずに抜けた拍子で呆然としている。
「………そっか」
その様子に小さく息を吐いてアキホはうなだれた。心なしか薄く微笑んでいるかのように見えたが、その顔は前に垂れた髪に遮られてよく見えない。
「満足したか。では答えを……」
「断る」
「聞かせて………なに?」
聞こえた単語が信じられずに聞き返すルーク。この場にいる誰もが、シルヴィアでさえもその答えが理解できずに硬直し、フィオだけが予想通りの展開に身を固くする。アキホはまっすぐルークの顔を見据えて、依然変わらない答えをはっきりと告げた。
「関わらないことを断った。他人に関わるか否かは僕が決めるし、勝手に決められたら迷惑だ」
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