25話 公開処刑



 巡回をした休日から明けて登校日。

 あくびを噛み殺しながら遅刻したアキホは、教室内の不自然さに真っ先に気が付いた。


「……?」


 これまでの一週間は教室に入るなりねばついた視線がまとわりついていたが、今は全くそういった視線は感じない。


 いや、そもそも遅刻してきているにも関わらず、授業が開始していないことも不自然だった。

 未だ教員が来ない教室内では、生徒たちが席に着きながらそわそわと周りの友人と話しながらこの状況を不審がっている。


「あ……アキホさん」


 定位置となった教室の後ろの席に向かうと、フィオが入ってきたアキホを見つけて声を掛けてくる。その顔は他の生徒と同様に困り顔で、今の状況に困惑しているようだった。


「おはよう。遅れてごめんなさい」


「えっと、私に謝られましても……教員の方にちゃんと謝ってくださいね?」


「うん。でも、バスクさんまだ来てないね」


「はい。そうなんです」


 このクラスの担当教員で、魔術理論の教科担当であるバスクと呼ばれた強面の男性教員。真面目で時間にきっちりしている彼が、今日は開始のチャイムが鳴ってしばらくした今も来る気配がないらしい。


「………あれ、シルヴィアさんもいない」


「そうなんです。……体調でも崩されたのでしょうか」


 心配そうにフィオは肩を落とした。


 三人まで座れる机に窓側からシルヴィア、アキホ、フィオの順でいつも座っている。

 しかし、一番奥の席に今日は彼女は座っていなかった。体調を崩したのだろうかと、シルヴィアの事を思い出したフィオはそわそわと落ち着かない。


「昨日は魔術も使っていましたし……」


「僕たちには、呪いがどういうものなのかわからないからね」


「はい……もしかして、一度発動したらしばらく後遺症として残るのでは……」


「お見舞いに行ってあげようか」


「あ、そ、そうですね!今日の授業が終わったら一緒にお見舞いに行きましょう!」


 アキホの提案にそれがいい、そうしたいとフィオは眼を輝かせる。


「あ、でも、シルヴィエスタさんのお部屋を知りません……」


「それじゃ、アリアさんも誘ってみよう。僕たちよりもずっと付き合いが長いだろうし、シルヴィアさんの部屋も知っているかも」


「そうです、それです!それでは、放課後にアリア先輩を訪ねてみましょう!……忙しい人なので、時間が取れないかもしれませんが」


「大丈夫。どれだけ忙しくても、アリアさんは一緒に行ってくれるよ」


 一緒に下校した時の彼女を知っているアキホは、きっとアリアは来てくれると確信している。

 誰よりもシルヴィアの事を想い、彼女を大切にしているあの人なら。


「何か買っていった方がいいかな?」


「うーん……でも、購買にそのような品がありましたか?」


 既に放課後のお見舞いの算段を立てている二人。


 ああでもないこうでもないと二人で予定を立てていると、唐突に教室の天井にある音響魔導具から学園長の声が聞こえてきた。



『学生諸君への伝達事項を告げる』



「……珍しいです。学園長が自ら放送をするなんて」


「そうなんだ」


 その放送に教室内がざわつきだす。

 囁き声が重なる中、凛とした学園長の声が簡潔に用件を告げる。


『本日の全授業を中止。そして一週の間、当校は休校とする。各自、今日は気を付けて帰宅し、今週は自宅にて各々勉学に励んでほしい』


 その内容に教室がついに大きくざわつきだした。学園が始まって一週間も経たずの休校に、どういうことだと疑問の嵐が教室内で巻き起こる。


『詳しい事情は後日通達する。繰り返す、本日は全授業を中止。一週の間自宅にて自習とする。休みだからと言って勉学を怠ることなく、各々おのおの精進に励んでほしい。以上だ』


 一方的にそう宣言して学園長は放送を切った。


 どういう事だろうとアキホがフィオに話しかけようとすると、間髪入れずに再度魔導具から声が響き渡る。


『学生統括、騎士学科代表、アリアンローズ・エルキスタからの通達です』


 再び聞こえてきたその声は、しかし学園長のものとは違った。

 学生統括としての声色で、彼女はこの場にいる二人に呼びかける。


「騎士学科二年のフィオライナ・タナスティエル。及び、アキホ・ヨシカワ。両名は至急、騎士学科生徒会室へと来てください。繰り返します。両名はかならず、この後騎士学科生徒会室へと来てください」


「……僕たち?」


 予期せず呼ばれた自らの名前にアキホは首を傾げる。隣に座っているフィオも自分たちだけが残る理由がわからず、同じように首を傾げていた。


 そんな二人に教室の目線が集中する。一斉にこちらを向いたクラスメイト達に、フィオは思わずアキホの袖をぎゅっと掴んでしまう。


「ずっと此処に居るのもあれだし、早く行こっか」


「は、はい。……あ、すみません!袖を掴んでしまって………」


「いや、気にしないで」


 そして二人は立ち上がって、もはや昼休みに通い続けて道を覚えてしまった生徒会室へと、フィオはなぜか袖を掴んだままに向かうのであった。







 ♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦♢♦





「「失礼します」」


「どうぞ」


 返る声に二人は生徒会室へと扉を開けて入った。


 中にはアリアが一人で座っていた。いつもの生徒会長の為の椅子ではなく、普段他の三人が使っているソファーへと腰を掛けている。


「呼ばれてきました。どうかしましたか?」


「ありがとう。といっても、実際に呼び出したのは私じゃなくて学園長なんだけど」


「そうなんですか?」


「ええ。巡回をしたメンバー全員を呼び出してほしいって。放送で呼び出す名前にシルが居ないのはよくわかんなかったけど」


「……そうですシルヴィエスタさん!」


 思い出したかのように手を叩くフィオ。急に大声を上げた彼女に驚いて、アリアはちいさくソファーの上で身体を震わす。


「びっくりした…………」


「あ、ご、ごめんなさい」


「ううん。それで、シルがどうかしたの?」


 ひらひらと手を振って続きを促すアリア。

 フィオは先程教室で考えていた事を早速アリアに話すことにした。


「シルヴィエスタさんのところにお見舞いに行きたいんですが、彼女の部屋の場所を知らなくて。だからアリア先輩も一緒に行っていただけないでしょうか」


「フィオ、まだシルヴィアさんは病気と決まったわけじゃないよ」


「あ……そうでした」


「そう、お見舞いにね…………え」


 納得したように頷いて、途中でアリアはふと顔を上げた。

 聞き逃がせない単語を聞いた彼女は、信じられなかったその言葉をオウム返しのように問い返す。


「ちょっと待って。今日シルは学校に来ていないの……?」


「はい。朝から彼女は出席していませんでした」


 その言葉を聞いてアリアは息を呑んだ。そしてまるで巡回をしていたあの日のように、みるみるうちに顔を青ざめさせ唇が震え始める。


「アリア先輩………?あ、アリア先輩、大丈夫ですか!?」


「だ、大丈夫。私は、大丈夫だから」


「大丈夫ではありません!どこか、どこか悪いのですか!?」


 みるみるうちに顔を青くさせているアリアをみてフィオは慌て始める。

 しかし治癒魔術を使おうとしているフィオを静止して、自らの平静をを取り戻そうとアリアは深呼吸をした。


「本当に大丈夫。とりあえず学園長に話を聞かないと………」


「集まったか」


 その声に三人は振り返る。二人が入ってきた扉の前で、学園長がこちらを見ていた。

 シルヴィア以外の全員が揃っていることを確認し、頷いて彼女は扉を締める。


「急に呼び出して済まない。だが、反乱軍や騎士団のいざこざに巻き込まれた君達に、あの騒動についての報告があったのでこうして集まってもらった」


「あの後、何かあったのですか?」


 毎日午後の授業で顔を合わせているからか、幾ばくか学園長に対する緊張が和らいでいるフィオ。彼女の問いに、学園長は答えを返す。


「ああ。まずはあの日起きていた騒動の裏側。反乱軍の起こした行動の結果の話をしよう」


 その言葉に三人は息を呑む。


 そしてアキホとフィオはソファーへと腰を掛けた。 

 それを見た学園長は頷いて、彼女自身は座ること無く何故か扉の側に立ったままで重要な報告を彼らに伝える。


「まずはあの日起きたことから。…………君達が合成魔獣キメラを討伐した僅かに後、元国王であるミタス王、そしてその実子であるドリゼラ第二王女が暗殺された」


「「………………っ!?」」


 その予想だにしない報告にフィオとアリアは驚愕する。

 しかしアキホだけは、どこか納得したように頷いていた。


「………なるほど。昨日のあれは陽動で、国王の側近の騎士団の眼をそっちに向けることが目的だったのかな」


「でも、それなら昨日アキホさんが言っていた『反乱軍が規制を引けた理由』がまだ…………!」


「ずっと昨日考えてたんだけど………『騎士団の内部に反乱軍が潜んでいた』。これなら大体のことに辻褄が合いそうじゃないかな」


「その通りだ」


 アキホのその仮説を肯定するように、学園長は頷いた。


「内部に潜んでいる反乱軍が騎士団の眼を欺かせ、その隙に反乱軍が被害を増やさないように規制を引いた。そしてなおも潜んでいる反乱軍が王の飼っていた魔獣を開放。そちらに事情を知らない本物の騎士団が向かっている間に、警備の薄くなった王を殺害した。……………大まかな流れはこういうことだ」


「それでは本当に王様が…………亡くなったんですね…………」


 どこか現実味のない話にフィオは放心している。


 つまるところこれは『革命』だ。王を排し、新たな国がここからはじまる。

 それは誰もが望んでいたことだ。しかし、それは望んでも叶わない事だったはずだ。


 唐突に降って湧いたその事実に、フィオはどこかまだ信じきれていない部分があるらしい。


「…………そんなことより、シルは?」


 感情を抑え込むような呟きが聞こえる。


 この国に起きた『革命』をと切り捨てたアリアは、射殺いころしそうな視線を学園長に向けている。


 狂っていた王の末路なんてどうでもいい。今は友人の現状だけが大切なのだと、彼女は立ち上がり学園長に詰め寄りながら問う。


「今日シルが学校に来てないらしいの。貴女なら今シルが何処にいるか知っているでしょう!?」


「……………………」


「答えてよっっ!!」


「…………もちろんだ。それがもう一つの君たちへの報告なのだから」


 食って掛かりそうなアリアをなだめるように、学園長は言葉を告げる。


 未だ息を荒げているアリアを、ソファーに座っているフィオとアキホはじっと見つめていた。そしてその先にいる学園長は、アリアの問いに端的に答えを返した。


「まず、今シルヴィエスタは学園にいない。寮の自室にも、彼女の実家にもその姿はないはずだ」


「それはどうして?」


「彼女は今王城にいる。革命を起こした反乱軍によって、王城の一室に軟禁されている」


「……王城に」


「……軟禁、ですか?」


 アキホの疑問に学園長は尚も簡潔に答える。


 しかし、その答えによって二人の頭にさらなる疑問が生まれた。『彼女がどうして革命の起きた王城に軟禁されているのだろう』、と。


「……………………っ!」


 しかし、アリアだけはその理由を知っているようだ。


 手は震え、声が出せずにいる。口元に手を当て震える瞳で、その事実が嘘であってほしいと学園長に願うように彼女を見つめ続けている。


 しかし、その望みが届くことはなかった。


「これは先程の報告とは違う。シルヴィエスタの友であり、シルヴィエスタを信じている君たちへの私から伝える確定事項だ」


 震えるアリアの想像通り、そしてアキホとフィオの想像もしなかった言葉が。

 革命が起きたという悲願よりなおも衝撃的な報告が、学園長の口から紡がれた。













「反乱軍の代表から正式に通達があった。内容は本日の夕刻、王城前の大広間。初代ユースティア国王の像が立つあの場所にて彼女、『シルヴィエスタ・アスティル』のが行われることが決定したという旨だ」











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