第3話 朋桐さんと僕の事情

 朋桐さんは絵のこと以外で自分のことを話すことは少なく、僕も自分のこと以外にはあまり関心を持たないタイプであったから気にもならなかったけど、彼女もまた似たようなものだったのかも知れない。

 だから、僕は朋桐さんが内部から進級したのか外部から入学したのか結局分からなかったし、彼女がどこの出身でどこに住んでいるのかも最後まで知ることはなかった。



 ただ、たまに絵の感想を求められた時に話をすると、どうも朋桐さんはあまり恵まれた環境にいるわけでもないらしい。

 曰く、絵を描いているのはそれが最初から好きだったからではなく、本もテレビも思うように見せてもらえなかった中で、絵を描いて遊ぶことだけは自由にできたからなのだとか。僕もその辺に関しては似たような事情を抱えていた。家にいれば二言目には勉強をしろと言ってくる両親。当然ゲームはご法度だったし、テレビも思うように見ることができず、その手の話題では数少ない友人達にもついていけず、話題の輪からは常に一歩引いた立場を取らざるを得ない。唯一読書だけがある程度融通を効かせられ、親にも認められた趣味だった。



 一度だけお互いにそのことを話す機会があって、僕の話を聞いた朋桐さんは、とても神妙な表情でそれを聞いていてくれたのをよく覚えている。


「私だけじゃなくて、みんな苦労しているんだね」


 話の終わりに朋桐さんはそんなことをぽつりと言った。その言葉が周囲に対する共感の気持ちから出たものなのか、それとも別の含意を持っていたのか。今となっては知ることはできない。

 ただ、その時の朋桐さんが見せたどこか憂いを帯びた寂しげな表情だけが、いつまでも僕の印象に残っている。

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