第306話 撤退戦(17)


 長々と説明に時間が掛かると思っていたが、一度でも権力に屈した公務員というのは非常に使いやすく察する能力が高い。

 自身の保身の為なら、いくらでも忖度できるのが公務員という連中だ。

 その典型的な男が梅沢という人物。

 今回は、それがいい方向に向いて思ったよりも短時間で撤退の了承を梅沢から得られた事は怪我の功名とも言えるだろう。


「何とか話し合いは済んだな」

「さすが、ピーナッツマンさんですね」


 水上が持ち上げてくるが、全て日本国首相の夏目から渡された冒険者カードのおかげだ。

 別に俺が何かをしたという訳ではない。


「気にすることはない」


 余計な事を言う必要もないな。

 それよりも地上に戻る為に、早く行動に移した方がいいだろう。


「それにしても……」


 俺はプレハブ小屋のような建物――、日本ダンジョン探索者協会の事務所を出てから外を見渡す。

 すでに、メガホンなどを使って地上までの撤退をアナウンスする日本ダンジョン探索者協会の職員達の姿が見える。

 どれもが、10分後に移動すると伝えている。

 すでに22階層から撤退してきた冒険者から話が伝わっていたのか文句を言う冒険者たちが居ない。

 おそらく、アナウンスする前に撤退の考えを固めていたのだろう。

 粛々と撤退の準備を進めていく冒険者たちの姿が見える。


「急いでください! 落ち着いて急いでください! 集合場所は、10階層に上がる階段の前です!」


 そんな――、メガホンで拡声された声があちらこちらから聞こえてくる。

 

「これなら、何とかなりそうですね」

「そうだな……」

「そういえば、殿の方ですが……、お弟子さんはどうでしたか?」

「一応、戦闘に特化している戦国無双のギルドに殿を任せようと思っている」

「それではお弟子さんは……」

「一応、殿近くに配置しておいてくれ。ただ、戦闘経験の面で言えば長年戦ってきた戦国無双のギルドの方が高いから任せるだけだ」

「分かりました」


 納得した表情で頷く水上は、俺から離れ10階層へと上がる階段が存在する通路の前へと向かう。




 それからしばらくしてから、22階層で撤退する前に述べた口上と同じことを言い10階層に向けて撤退を開始する。

 先頭を務めているのは俺と梅沢。

 まぁ、梅沢はレベルこそ170ほどあるが――、戦闘では役には立たないだろう。

 前線に居る理由は、俺の傍にいると安全だと思っているからかもしれないな。

 一番後ろには、戦国無双のギルドメンバーを固めておいた。

 一応、一番レベルが高く戦闘経験が豊富だからという理由だ。

 それと戦闘で役に立つかどうかは知らないが、相沢も含めておいたが――、それが功を奏するかどうかは分からない。


 ただ幸いなことに10階層から上はレベルが1から20までの雑魚モンスターしか出てこないのが救いだ。


「普通のモンスターですね」


 俺は指パッチンで指弾を飛ばしたことで爆散し辺りに血肉をまき散らしたモンスターを額から汗を流しながら話しかけてくる梅沢。


「そうだな。だが都合がいい。早めに地上に出られるからな」


 俺を先頭にダンジョンからの撤退組は、11階層から2時間ほどで1階層に到着する事が出来た。

 

「地上への階段が見えてきました」


 指を指す梅沢。

 俺のスキル「神眼」でも地上に通じていると表示されている。 


「俺は殿の方へと向かう。梅沢と水上はすぐに地上へ撤退しろ」


 二人揃って地上に上がっていく。

 それを見ながら俺はチャット欄を開く。


「(藤堂)」

「(撤退中と聞いていましたから、心配していました。どこまで来られましたか?)」

「(いまは、1階層の階段前だ。階段を上がれば地上に出れる位置にいるが、鳩羽村の方は大丈夫なのか?)」

「(問題ありません。現在は、陸上自衛隊の第十師団普通科の1個連隊が鳩羽村ダンジョン前で陣を敷いています)」

「(そうか。それなら、撤退してきた連中を今から地上に上げるから保護するように自衛隊のお偉いさんに伝えてくれ)」

「(わかりました)」

「(それと佐々木だが、ダンジョンを撤退中に出会うことが無かったんだが帰還したのか?)」

「(――え? 一緒じゃないんですか?)」

「(どういうことだ?)」

「(望ちゃんは、ダンジョンに潜った以降、連絡が取れなくなっているんです)」

「(――何!?)」

「(あと、望ちゃんに、どういう経緯で話が言ったのかを調べたところ、やはり日本ダンジョン探索者協会の鳩羽村支部長の宮本が関与していたそうです。それと、望ちゃんと同行した冒険者達ですが戦国無双のギルドには所属しているようですが、レベルこそは高いようなのですけど、ゴロツキに近い連中だったらしく――)」

「(つまり、宮本は子飼いの冒険者を佐々木に護衛としてつけたと?)」

「(たぶん……、そう思いますけど……。望ちゃんのレベルなら、護衛は必要ないような……)」

「(……それはいい。宮本は捕まったのか?)」

「(いえ、行方不明のままです)」

「(分かった)」


 ギルドチャットを閉じるが、藤堂の答えに焦燥感が止まらない。

 ダンジョン内で行方不明というのは、まるで相沢の旦那の失踪と同じような物ではないか。

 そして現在のダンジョンは、かなり危険な状況に陥っている。

 正直、戦闘経験の浅い佐々木では危険ですらある。


「まったく――」


 思わず口から声が漏れる。

 その時、後方から悲鳴が聞こえてくる。

 向かっていた殿方向――。

 後方をスキル「神眼」で確認すると、――視線の先にはレベルが500を超えている無数の木霊の眷属の姿が見えた。


 俺は壁横を走り一気に後方まで向かう。


 



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