第305話 撤退戦(16)

 11階層の休憩所を一通り見終わったところで、だいたいの事が分かった事がある。

 同行者たちのレベルは上がってはいたが、相沢みたく極端にレベルは上がっていない。

 22階層から11階層の間でレベルが50前後平均で上がったくらいだ。

 これなら、地上までの間にレベルが上がったとしても、他の冒険者や日本ダンジョン探索者協会への影響はそこまでは出なさそうだ。


「ピーナッツマンさん!」


 思考しながら歩いていると俺を呼ぶ声が――。

 走ってきたのは22階層の責任者の水上。


「どうかしたのか?」

「はい。地上までの脱出に関しては11階層の責任者も了解したのですが……少し問題も起きていまして」

「どういうことだ?」


 了解をしたのなら、地上まで脱出するのに問題はないだろうに。


「じつは、地上との交信が取れない事が問題なのです」

「ふむ……で?」


 俺は続きを促す。


「それで、11階層では何も問題が起きていないのに、地上の鳩羽村支部の支店長と連絡が取れず許可が下りていないのに休憩の階層を勝手に破棄するのは職務上、宜しくないという話が上がっていまして……」

「スマートフォンの映像は見せたんだろう?」

「はい。見せましたが……、それでも自分では責任は取れないからと勝手に拠点破棄をすれば宜しくないと……」

「つまりアレか? 自分で物事の良し悪しを判断できない公務員体質が出ているという事か? 責任は負いたくないから、現状維持で何とか誤魔化したいということか?」

「そうなります」

「まったく……」

 

 これだから公務員は責任の取り方すら知らないし怒られなれていなし社会人経験も浅いから臨機応変に物事を理解して対応する事が出来ないんだよな。

 困ったものだ……。


「分かった。全ての責任は、このピーナッツマンが負うことにしよう。それなら動けるだろう?」

「それなら――」

「よし、すぐにソイツの元まで連れていってもらおうか」

「分かりました」


 水上と共に、俺や相沢が最初に泊まった宿舎もどきに向かう。

 最初に11階層に来た時には気が付かなかったが、宿舎の隣には確かにプレハブのような事務所が見て取れる。

 水上と共に事務所の中に入ると、そこには江原や佐々木が着ていたようなセーラー服のような制服を着ている女性の姿がチラホラと見られる。

 それと同時に全員が俺に視線を向けてくる。


 さすがにピーナッツマンの着ぐるみ効果は抜群だ!


「ピーナッツマンさん、こちらに――」


 奥まった所――、正面からはパーティションで区切られて見えない位置に少し上等物のデスクが置かれている場所に一人の男が座っており俺を睨みつけてきたあと、水上へと視線を向けていた。


「水上さん、困るんですね。部外者をこんな所にまで連れて来られては――」

「梅沢さん、11階層から地上への避難に関しての続きですが」

「その話なら支店と連絡が付かない以上、何かあれば自分の責任になるんですよ? 水上さんの受け持っていた22階層は被害が出ていましたから避難をしても特例と言う事で後日報告でも問題ないかも知れませんが11階層は無事なんです。下手に指示を出して問題になったら自分が一方的に悪くなるじゃないですか! その辺を、少しは理解してもらいたいものですね」

「問題は起きてからはでは遅いんですよ! こうしている間にもモンスターは近づいてきているのかも知れないんです! 誰かが犠牲になったら、どうするんですか!」

「ふーっ。水上さん、何も分かっていないようですから言いますけど、日本ダンジョン探索者協会の規約では冒険者に言っているはずです。ダンジョン内で起きた問題は、すべて自己責任だと!」

「それは……」

「つまりですね。冒険者が何人死のうと、私達! 日本ダンジョン探索者協会には関係無いという事です。逆に、本部の了承も得ずに勝手に避難させた方が責任を取らされる事になるんですよ! その点! 重々! 理解してもらわないとですねー。水上さんもいい年なんですから、メリハリをつけないと出世なんてできませんよ。部外者の意見に一々、耳を傾けるなんて愚者のすることです」

「それは違います。日本ダンジョン探索者協会は、ダンジョンに潜る為の人をサポートする機関です。それを――「水上、もういい」……え? ピーナッツマンさん?」


 水上の会話の途中で俺は割って入ることにする。

 あまりの不毛な話に頭が痛くなってきたからだ。


「梅沢、すでに日本国政府への通達は俺の魔法で伝えてある」

「部外者が何を!」

「いまは緊急事態だ、部外者も何も関係ない。それに、俺の話した内容――、日本国政府に撤退のことを伝えてあることが本当だったら、お前は自己保身の為に日本国民と日本ダンジョン探索者協会の職員の身を危険に晒した人物になるがいいのか?」

「ふん! 通信の魔法なぞ聞いたことがない!」

「まったく……」


 俺は大きく溜息をつく。


「とりあえずだ。何かあれば俺が全ての責任を取る。お前には責任がいかないようにしよう。それでどうだ?」

「お前が、本物のピーナッツマンだという証拠なぞな……い……え? こ、これは本物の冒険者カード……? Sランクのピーナッツマンの……」


 途中で、梅沢の顔に叩き付けた俺の身分証。

 それを見て梅沢の顔色が真っ青になる。


「さっさと決めろ。お前が11階層の連中を避難させなくても、俺の名前で避難をするように指示を出すことは可能だ。それだけの冒険者の連中も連れてきたからな」

「やだなぁー、ピーナッツマン様! 本物なら、本物と言ってくれれば! おい! 敦子くん! 上等なお茶とお茶請けを用意しなさい! ささっ! ピーナッツマン様、こちらの椅子にお座りください。汚い椅子ですが!」


 やれやれ、公務員というのは権力に弱いものだな……。

 俺は内心思いつつも撤退内容について話を進めることにした。







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