第249話 鳩羽村交通の社屋改築計画。

 ――三重県津市内のホテルで一泊した翌日。


 鳩羽村交通のコンテナを利用した会社に戻ったのは午前10時を過ぎていた。


「それにしても、ずいぶんと手狭になりましたね」

 

 以前は、俺と光方さんだけがコンテナを改装しただけの会社に居たので、そこまで狭いと言った感じではなかったが、整備士を含め10人近くを雇用しただけあって会社の改築は急務とも言えた。


「もうそろそろ業者がくるはずだ」

「わかりました」


 とりあえず、従業員にはいい待遇をしておかないとな。

 俺は派遣でずっと暮らしていたが、派遣社員というのは基本的に待遇が良くない。

 個人用のロッカーなどが貰えないこともあるし、交通費も出ない会社が非常に多く、派遣元の業績が悪化すれば真っ先にクビを切られる。

 だからこそ、俺は自分が経営者になるのなら従業員の待遇をきちんとしたい。 

 それにいい待遇の会社は、従業員の士気の向上にも関与するからな。


「社長、鳩羽村工務店の方がお目見えになっていますが――」


 考え込んでいたところで、バス運転手として雇った50代後半の男が俺に話しかけてくる。

 

「分かりました」


 いまだに社長と呼ばれることに慣れない。

 その内に慣れるといいが――、


 コンテナ製の社屋から出るスーツを着た30代後半の男と40歳前半のグレーの作業着を着た男の姿が目に入った。


「お待たせしました。鳩羽村交通、代表取締役の山岸直人と言います」

「私は、鳩羽村工務店の安藤一と言います」


 そう――、自己紹介をしてきたのはスーツを着こんだ猫背の男。

 

「――で、この者が工事責任者の岩屋和孝と言います」

「初めまして」

「こちらこそ」


 互いに名刺を交換しつつ、工事責任者と銘打った岩屋という人物へと目を向ける。

 工事責任者と言うだけあって体つきはシッカリとしており身長は180センチ近く。

 体も横に広がっていて柔道でもやっていたのか? と思わせるほどだ。


「山岸さん、光方さんとは昔からの知り合いだが――」


 そう語り掛けてきたのは、やはり岩屋という人物。

 

「そうでしたか」

「はい。それで社屋の改築をしたいという事ですが――」

「出来れば、いまの5倍くらいの広さにしたいと思っています」

「それは、コンテナを全て撤去した上で0から社屋を建てるという事ですか?」

「そうなります」

「なるほど……。ちなみにどのような建物をご希望ですか?」

「まずは、男女別のトイレの設置に、ロッカールームの設置。もちろんロッカールームに関しても男女別で――。あとは――」


 希望を取り合えず言うだけいう。

 ダメな時は、削ればいいだろうという精神で――。

 どうせ素人の俺には、その判断がつかないし、分からないことはプロに聞けばいい。


「なるほど……、それでは金額的には――」


 提示された金額は1億近い。

 

「多少、増減することはあると思いますが、山岸さんの希望をそのままですと……、それに鳩羽村交通さんは――」


 何となく次に言いたいことが分かった。

 たしかに、光方さんと昔からの付き合いなら、こちらの経済事情をある程度は把握しているだろう。

 だが! それは、俺が代表取締役になる前までの話!


「分かりました! それでは、私の希望のまま建物を建ててください」

「――え!?」


 安藤が驚きの声を上げる。


「ちょっと待ってほしい。鳩羽村交通の経済事情は知っている。1億の社屋なんて建てられるわけが――、なっ!?」


 俺は法人口座の通帳を岩屋へ見せつける。

 そこには鳩羽村交通の当座の資金として3億円が記帳されており、それを見た岩屋が何度も、俺と通帳の記帳額を見て信じられないと言った表情を見せているが、


「分かりました! それでは、すぐに図面の作成に入らせて頂きます! もちろん契約書も!」


 立ち直りが早かったのは安藤。

 彼の言葉に、社屋の改築が決定した。


 


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