第九章

第248話 ノンステップバスを購入しよう。

 鳩羽村交通のバス会社の社長と、派遣会社クリスタルグループの代表取締役になってから一週間が経過。


「山岸様、それではこちらのバスの仕様を説明させて頂きます」


 現在、俺は光方と一緒に紀勢本線沿いの路線バスの販売を取り扱っている本社に来ていた。

 そこの営業担当がカタログを交えながら詳細を説明してくれるが正直言って何が良いのかまったく分からない。


「光方さん」

「何かありましたか?」

「いや、自分が聞いてもまったく分からないので来た意味はないのでは?」


 小声で担当に聞こえないように俺は話しかけるが――、「いえ、さすがに新車の購入となりますと代表取締役も同席しないと――」と、答えてくる。

 まぁ、たしかに鳩羽村交通の資本金は1000万円。

 その額で信用があるのか? と、問われれば難しいところだろう。


 こんなことなら増資しておくべきだった。

 ただでさえ、旅館の方も派遣社員が入ってきて中居見習いとしててんやわんやしているのだから。

 それに、今後のことを考えて旅館の増設も考えているから資金調達もしなければならない。

 やる事は山積みだ。


「こんなところですが――」


 営業担当の20代後半の男性が、俺を見て話しかけてくる。

 俺は横目で、光方さんを見ると小さく頷いていたので、それで問題はなさそうだ。


「十分です。それで納車は何時頃になりますか?」

「大体、2か月前後です」

「なるほど……」

「それでは、ご契約頂けるという事で宜しいのでしょうか?」

「はい。よろしくお願いします」

「――では、御成約頂けますのはラッシュ型の定員81人のノンステップバスを一台と――」

「あ――」

「何かご不明な点でも?」

「4台購入したいのですが――」

「――え? それですと支払いが1億近く……」

「はい。よろしくお願いします」


 営業は、俺達が提示した会社の資料を何度も目を通す。

 そこには、4台も購入契約が出来るという気持ちと、資本金1000万円しかない企業が1億もの大金を出せるのかを思い悩んでいるようであった。


「そういえば、他に名刺を――」

「え?」

 

 俺は、鳩羽村交通以外に2枚の名刺を取り出して営業に渡す。


「えっと……、派遣会社クリスタルグループの代表取締役と……、旅館『捧木』のマネージャーですか?」

「はい。3つの会社の代表をしています」

「……少々、お待ち頂けますか?」


 営業が席を立ちブースから出ていく。


「山岸さん、いいんですか?」

「仕方ないです。また資本金を増資してから来るのは面倒ですし――」

「それなら、法人口座を見せればよかったのでは?」

「ああ、たしかに――」


 ビジネスカバンの中から法人口座の通帳を取り出す。

 とりあえず記帳には3億円と書かれている。


「お待たせしました」


 ブースに戻ってきたのは、別の男で見た目からして40代後半。

 少しやせ細ってはいるが髪色は黒、髪型はオールバックで眼光は鋭く、黒のスーツを着こなしている。


「私、第一営業部の部長をしております菊池正臣と言います」


 名刺を受け取りながら役職を確認するが、たしかに営業部の部長と書かれている。


「こちらこそ、ご丁寧に――」


 俺も名刺を渡す。

 もちろん3枚とも――。

 男は席に座りながら俺を見てくる。


「失礼ですが、山岸直人様は――、以前に警察の暴挙から民間人の母娘を助けた方ですか?」

「ええ、まあ――」


 そういえば、そんな事もあったなと頷く。

 

「そうでしたか! 我が社の千葉支店の支店長は、私の同期なのですが――」


 何故に、警察の話になるのか予想外だが、とりあえず話を聞いておくとしようか。


「その者は、妻と娘を助けてくれたと、とても感謝しておりました」


 その言葉にとりあえず相槌だけ打っておく。


「ところで、そろそろ本題にでも――」

「そうでしたね。それでノンステップバスを4台新車でご成約頂けるという事でしたね」

「はい、難しいでしょうか?」

「いえいえ、こちらからお願いしたいくらいです。市民を守るために狂った警察からの凶弾から、その身を挺して守られたのですから! それに……、旅館『捧木』の経営もしていらっしゃるとか?」

「ええ、まあ……」

「例のポーションが含まれているとCMで流れている宿で?」

「そうですね……」

「社長が、旅館『捧木』に伺いたいと言っておりまして――」

「つまり、それが――」

「何とかなりませんか?」

「大丈夫です。まだ予約は取っていませんので――」

「本当にですか?」

「はい。ぜひお越しください」


 まぁ、本当はデモンストレーションということで明後日には、持病を持つ政財界に影響力を持つ人間を、夏目総理にお願いして来てもらう事にはなっているんだがな。

 ちなみにCMに関しても夏目総理に任せてある。

 もちろん、橋渡しには江原を起用しているが。


「ありがとうございます。それでは、バスの件ですが――、ちょうどキャンセルになった納入予定のバスがありますので、改装を含めて我が社の総力を挙げて対応させて頂きます。納車の時期については後程、ご連絡致します」


 肩の荷が下りたのか、菊池という男は契約をする上での資料を目の前のテーブルの上に並べた。

 それから1時間ほどで契約が纏まり――、その日はホテルで一泊することとなった。



 


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