第八章 幕間

第247話 生贄の宴

 ――鳩羽村ダンジョン内13階。


 出現する魔物は、主に黒い肌を持つ牛であり――、魔物のレベルは13。

 貝塚ダンジョンの攻略方法は、50階層までは既に日本ダンジョン探索者協会の鳩羽村支店で開示されており安全に探索が行われる状況になっている。

 

 ――が、現在は2人の冒険者が脇目も降らず上層階に向けて走っていた。

 

 その表情からは、必死や絶望という感情以外は読み取る事が出来ない。


「祐(たすく)! 皆を、助けにいかないと!」

「無理だ! いまは、そんな余裕なんて――」


 二人とも、容姿から若いというのが一目で見て取れた。

 一人は、20歳半ばの男であり、髪を金髪に染めていて一見してみれば軽そうな男。

 もう一人は、20歳前半であり、亜麻色の髪の毛を後ろで纏めている。

 

「で、でも!」


 走りながら、女性は後ろを振り返るが――、ダンジョン内の影響で強化されたステータスにより後ろで倒れ込んでいた仲間が植物の塊に食われていく姿が見えてしまう。

 四肢ば砕かれ――、丸呑みにされていくのが強化された視力でモロに見えてしまい――、胸元を通り吐き気が口に一杯に広がるが――。


「春奈(はるな)! 後ろを見ずに走れ!」


 元はパーティメンバーが6人居たにも関わず二人まで減ってしまった中――、最後の仲間であるメンバーに励まされると共に、一瞬だけ足を止めていた春奈と呼ばれた女性は我に返り走り始めようとし――、


「祐、早く――、このことをダンジョン探索者協会に――」


 ――前を向いたところで……、


「――え? ……う、うそだよね……」


 先ほどまで先頭を走っていたパーティメンバーの一人――、祐の胴体から上が消えている事に気が付く。

 そして遅れて――、事実に気が付いた春奈と言う女性は、男の胴体から吹き上がる生暖かい血飛沫を体に浴びて理解してしまう。


 自分以外、誰一人生きていないという現実に――。


「……い、いや――。いやっ! どうして! どうして! ここは、一番! 安全だって! 安全だって言われて……、教えられて来たのに……」


 絶望からか、足を止めてしまい座り込んでしまう。

 それと同時に、二人が逃げようとした先から足音が聞こえてくる。

 それは、誰か別のパーティの人間が来たことを知らせる音だと――、それが希望だと春奈に知らせるが――。


 暗闇の中から姿を現したのは老齢の男であった。


「やれやれ――。お守り様、勝手に食事をされては困りますが――」


 男は食事と言った。

 その言葉を聞いた瞬間、あまりにも場違いな言い表しように春奈は後ろを振り返ってしまう。

 そこには、無数の触手が蠢いており――、その中から一人の女性が姿を現す。

 頭には、真っ赤な大輪の蓮の花を咲かせており体は全てが緑一色。

 

「……あ」


 そこで気が付いてしまう。

 あまりにも圧倒的な威圧感に――、そして――。

 次の瞬間に春奈の体は触手で持ち上げられ抗う間もなくバラバラにされ通路には吹き上がる血が塗りたくられる。

 そして、その分解された体は、一つ残らず裂けた女の頭部により食い散らかせた。


「そう言うな。雄三よ」

「――ですが、ここ最近の冒険者の失踪の数はあまりにも……」

「許容範囲であろう? 何のために貴様に力を分け与えていると思っているのだ? それに、約定により貴様が佐々木家の男を妾(わらわ)に供物としてささげぬから、このような低俗な肉で我慢してやっているという事を努々(ゆめゆめ)、忘れるでないぞ?」

「わかっております……」

「分かっているならよい。それよりもだ――、地上では色々と小物が動いているようだの? 佐々木望を食らえば、その契約元である狂乱の神霊樹の力も妾の物となる。そうなれば、妾は封印から完全に開放される。そうなれば、わかっておるな?」

「はっ、その暁には――」

「うむ。妾を封じた源氏の血を引く者ども殲滅し――、そして平家たる貴様の血筋により、この国を再度治める。それが雄三――、貴様と840年前に契約をした内容であるからな」

「分かっております」

「忘れていなければよい。人間にとって数百年というのは長い年月であるからな。――さて、妾は少し眠るとしよう。大事の前だ。努々、しくじるでないぞ」


 すると、通路内に所狭しとひしめいていた触手が通路の壁の隙間に消えていき――、最後に女の恰好をしていた魔物も姿を消す。


「まったく、お守り様は相変わらずでいらっしゃる」


 雄三という男は、人が絶命した後とは思えないほど綺麗に拭い取られたダンジョン内の通路を見ながら笑みを浮かべていた。


「再誕祭まであと一か月、望――、せいぜい自由を謳歌しているといい。そして我ら平家が、その日に本来の日本の主になる時がくるのだからな!」


 老人の笑いが、物言わぬダンジョン内で鳴り響いていた。





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