第246話 バス会社の社長になる。

 ――翌日。


「先輩、お客様ですよ!」


 朝早くから部屋の扉越しに元気いっぱいに佐々木の声が室内にまで響いてくる。

 スマートフォンで時間を見る限り、時刻は午前9時。

 こんな朝早くから俺を訪ねてくる相手に心当たりは無いんだが……。


「誰が来たんだ?」

「光方さんです」

「ふむ……」


 回らない頭で、必死に光方という人物を思い出す。

 

「鳩羽村交通の社長か」


 それにしても電話で十分だろうに――。

 何か重要な事でもあったのかと思ったが、顔を洗いスーツに着替える。

 そして、ドアを開けると着物姿の佐々木が立っていた。


「ふむ……」

「先輩、どうかしましたか? もしかして! 私の着物姿に惚れちゃいましたか?」

「――いや、別に」

「ええっ!?」


 真っ向から否定した俺に佐々木が心外だ! と、言った表情をしているが――、実際のところ、佐々木は黙っていれば日本風の美人に見えなくもないから着物姿がとても映える。

 それに、普段はワンピースばかり着ているから、着物姿というのは新鮮だ。

 

「色は薄紅色なんだな」

「はい!」

「どうですか? 似合っていますか?」


 俺の前でクルックルッと回る佐々木。

 着くずれなどしないのか心配になるが――、何かあれば香苗さんが何とかするだろう。


「似合っているぞ」


 髪を結い上げている佐々木の頭を軽く叩きながら部屋のドアを閉めてから鍵を掛ける。


「あっ! 先輩。部屋の掃除をしておきますので鍵を開けておいてもいいですよ?」

「部屋の掃除くらいなら自分で出来る」

「ほらっ! ここは、旅館ですし! 私は、こう見えても若女将ですから!」

「何の関係があるんだ?」

「つまりですね! 部屋の掃除をするのは旅館の従業員として当たり前の事なのです!」

「……また、良からぬことを考えている訳じゃないだろうな?」

「…………そ、そそ、そんなことあるわけないですよ」


 目を逸らしながら佐々木が答えてくる。

 完全に何かをしようとしていた目だ。

 信用できない。

 

「掃除機を置いておいてくれれば自分で掃除するから」

「先輩、ここは旅館です! 掃除はプロに任せないと、別の宿泊客が泊まる時に、困ることもあるのです!」


 ――と、佐々木が力説してくるが! 


「お前の言っていることを全て信用しろと? 普段の言動と行動がまったく信用できないレベルなのにか?」

「はい! こう見えても私は仕事に関しては、シッカリとする方ですから!」

「香苗さんに、従業員マニュアル作成を任せておいてか?」

「……それは、ソレ! これは、コレ! です!」

「お前、何も反省していないだろ!」


 まったく仕方のない奴だな。

 それでも、佐々木が言っていることは一理ある。

 あくまでも俺が借りている部屋は、実際に宿泊客が利用する客間だ。

 掃除は、任せた方がいいだろうな。


「まったく! とりあえず、俺の手荷物には手を触れるなよ?」

「はい!」


 まぁ、手荷物と言っても全てアイテムボックスに入れてあるから何も部屋には置いていないが――。

 部屋の鍵を佐々木に渡し――、


「それで、光方さんはロビーで待っているのか?」

「はい!」

「そうか」


 佐々木と別れロビーに到着すると――、ソファーに座っている光方の姿があった。

 二人に近づき――。


「光方さん、お待たせしました」

「こんな朝早くからすいません」

「――いえ。それより、朝はダイヤがあったと思うのですが――」

「それがですね。相原さんが手伝ってくださるおかげで余裕が出来たので」

「なるほど……」


 俺は、テーブルを挟んだ向かい側のソファーに座りながら首肯する。


「それで、朝早くから来られた理由は?」

「こちらを――」


 差し出してきたのは、名刺が入ったクリアケース。

 その名刺に書かれていたのは――。


鳩羽村交通 代表取締役 山岸直人。 


 ――その文字であった。


「法務局が、先日から開きましたので早速、商業登記の変更をしてきました。それと同時に名刺の方も一新しました」

「そうでしたか」


 光方が差し出してきた名刺、そこには――、鳩羽村交通会長 光方(みつかた) 源十郎(げんじゅうろう) と記載されている。


「それと、運転手を何人か確保することが出来ました」

「ずいぶんと早いですね」


 光方と、今後の事について話し合って2日しか経っていない。

 それなのに従業員をすでに確保しているというのは、驚嘆に値する。


「はい。大阪市交通で起きた官民格差事件を知っていますか?」

「まぁ――」


 たしか、11年前に当時の知事が大阪市交通局のバス運転手の給料は高すぎると民間バス会社の平均年収に合わせた事件だったな。


「それが何か?」

「はい。それ以降も、大阪市の交通局の給料は民間に合わせて最大4割もコスト削減をされてしまい運転手の士気も落ちているのです」

「なるほど……、――ということはつまり……」

「伝手を使ってヘッドハンティングと言うとアレですが、年収500万円弱の若い世代の運転手やベテランに声をかけたんです。この業界は、横の繋がりもありますから」

「それで、人手を確保できたと?」

「はい」

「ちなみに何人ほど?」

「10人ほど確保しました」

「かなり多いですね」

「無理のない形で24時間運行という形になりますと、それなりに人数が要りますので――、あとは整備士も雇いましたので」

「何かバスで故障があればすぐに対応できるようにと――、そういうことですか?」


 俺の答えは合っているようで光方が頷いてくる。


「そういうことなら仕方ないですね。あと運転資金については、あとで口座の方に入金しておきますので、一緒に銀行に行っていただいても?」

「わかりました」


 しかし、人件費だけでかなりの額が行きそうだな。

 それに社会保障などを含めるとかなりの額が必要になる。

 これは、少し稼ぎにいかないとダメか?


 競馬場に――、いや――、たしかカジノが大阪に先日に出来たよな? カジノで稼がせてもらうというのも手だな。


「それと――」


 光方が差し出してきたのは、購入する予定のバリアフリーのバスのパンフレットと――。


「これは、公共交通政策ですか?」

「そうです。地域公共交通確保維持改善事業として国から予算が出る形なので――、2500万円で購入予定のバスが1700万円ほどで購入できます」


 つまり、一台あたり800万円ほど浮くという計算か。

 ある程度は、人件費に回すことが出来るが――。


 ここは設備投資に回した方がいいだろうな。


「光方さん、御社に3億円を融資するのは変わりません。それと――、4台で3000万円ほど浮く形になりますが、このお金は従業員の福利厚生に当てましょう」

「――と、言いますと?」

「鳩羽村交通の事務所を、もう少し見栄えのいい建物に改築するという事です。事務所が綺麗な方が仕事をする者にとっても重要だと思いますので」

「分かりました。山岸さんが、そうおっしゃるのならすぐにでも手配しましょう」

「よろしくお願いします。それでは行きましょうか」

「どちらへ?」

「いえ、運転資金を法人口座に入れないとマズイですからね」


 俺は肩を竦めながら答えた。



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