第201話 信頼の軌跡(3)
俺の言葉に「薬湯温泉……」と、全員の言葉が重なる。
「先輩、それって……、ミドルポーションが出てくる樽って……」
「ああ――、以前に貝塚ダンジョンを踏破した時に、少し強そうなモンスターから手に入れたアイテムなんだが……」
「――え? それって狂乱の……」
「そうなるな」
「望(のぞみ)」
「どうしたの? お母さん」
「ミドルポーションって何?」
香苗さんが、良く分かっていないのか首を傾げている。
「たしか、薬だと聞いたことがあるぞ」
旅館の板前の源さんが独り言のように呟いている。
「いや、たしか色々と効能がある薬らしいぞ」
雑務を担当している幸村さんも、ポーションというのが良くわかっていないらしい。
「薬なの? どんな効果があるの?」
「そうですね」
俺は香苗さんから借りているノートパソコンをインターネットに繋いだまま、日本ダンジョン探索者協会のホームページを開く。
そしてオークションサイトではなく、ダンジョン内で取得ができるアイテム一覧が表記されているページを開く。
「これになります」
「骨折までを治す薬?」
「まぁ、そうなります」
香苗さんの言葉を肯定しながら俺は頷く。
「――でも、これって利用客が骨折していないと意味はないんじゃないの?」
「お母さん。ここの表記を見て! 骨折までは回復って書いてあるから」
「でも、骨折でしょう?」
どうも佐々木親子の会話が噛み合っていない気がするな。
ここは助け船を出した方がいいか。
「香苗さん」
「何かしら?」
「ポーションというのは、この怪我までなら治るという意味を持っています。つまり骨折が治るという事は、かなりの範囲で応用が利くわけです。たとえば、ポーションですと擦り傷までなら回復します。それは、皮膚などの怪我を治療できると捉えることもできるわけです」
「皮膚などを治療できる? それってニキビとか皮膚のシミとかも?」
「はい。とりあえず、そういう感じになります」
「……す、すごいわね」
どうして骨折では分からないのに、皮膚では分かるのか……。
まぁ女性だから、男とは感性が違うのかもしれないな。
「先輩」
「どうした?」
「そんな貴重な物を温泉に混ぜ込んでしまっていいのですか?」
「大事な物の尊厳を守る為だ。俺は、一向にかまわん!」
「――でも、ミドルポーションって、100㎜リットルでも200万円くらいが相場ですよね? それを湯に混ぜ込んだら色々と問題が生じるのでは……」
「窃盗が出るとかか?」
「はい。それに色々な訳アリの人が旅館に殺到してきたり……」
「大丈夫だ。そのへんの対策は考えてある。ちなみに、いま此処に居る人は温泉にポーションを混ぜることは秘密にしておいてください」
俺は全員が頷くのを確認しておく。
「――さて、とりあえず今後の方針は決まったので、ちょっと用事があるので佐々木と一緒に出掛けてきます」
俺は席から立ち上がり廊下の方へと向かう。
そして、俺のあとを佐々木望が付いてくる。
襖を開け廊下に出たあと襖を閉めて旅館の玄関へと向かう。
「先輩、あの樽って良かったのですか? 先輩、自分の力を――、あまり公にはしたくないって思っていましたけど……、やっぱり私のためですか?」
「お前が気にすることじゃない」
「……はい」
やけに佐々木が素直に頷いてくるが、まぁ――、あまり嘘をつくのも面倒だからな。
とりあえず誤解をしておいてくれるなら、そのままでいいか。
「佐々木、松阪市まで一度戻る」
「――え? 相原さんとかいいのですか? 車とかで――」
「車だと時間が掛かるからな」
「でも、先輩」
「――ん?」
「どうして松阪市まで戻るのですか?」
「お金を卸してこないといけないからな」
「――え? それなら……、鳩羽村にも銀行や郵便局に日本ダンジョン探索者協会がありますよ?」
「そこは使えない。お前の家の実家が、権力者側の人間だとしたら権力者のお膝元で金のやり取りをするのは自殺行為だからな」
「そうですよね……」
実家との確執で色々とあるのか佐々木が落ち込むが――、俺としてはそんなことはどうでもいい事だ。
「とりあえず松阪市まで向かうぞ」
俺は佐々木を抱き上げると道なき山道の中を松阪市まで走り始める。
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