第170話 陰謀渦巻く(5)
「それでは、これで失礼する」
「まあ、待ちたまえ――」
部屋から出ていこうとすると夏目が引き止めてくる。
すると風切り音が――。
振り向くと同時に飛んできた紙を指先で受け止める。
「名刺か……」
そこには夏目の名前と電話番号、そしてメールアドレスのみが書かれており、他には何も書かれてはいない。
「また正面から来られて要らぬ問題を起こされても敵わないからな。それに――」
夏目は、そこで言葉を一度切ると、椅子から立ち上がり窓に掛かっているカーテンを開くと外を見る。
「デモに参加している者――、自国の国籍ではない人間であっても手を出されると色々と面倒なのでな」
「別に邪魔だから邪魔だと言っただけだが? それで向こうから仕掛けてきたんだ。やり返されるのは自業自得というものだ」
「山岸君、君の言っていることは理解している。だが――、これは政治的問題なのだよ。彼らの大半は日本人ではない。野党が導入した偽客(サクラ)であり一種の政治パフォーマンスに過ぎない。つまり――、この私の政権だけを打倒しようと金銭を払い雇っている連中に過ぎない」
「たしか外国人には、デモをする権利は認められてはいなかったはずだが?」
「まぁ、それはそうなんだがな……」
夏目は肩を竦めるようにしながら俺の言葉に答えてくる。
「それでも人権団体というのは煩いからな」
「革新的な手法で日本政治改革を謳っている総理の割には常識的な事を言う」
「そう言うな。これでも、かなり気苦労があるのだ」
外を見ながら話している夏目の目は、先ほど俺が強硬突破した時に倒れたデモ隊に向けられており、その目は鋭い。
「――さて、山岸君――。出来ればだが――、アメリカ政府から接触があると思うが――、契約は交わさないでもらいたい」
「それは命令か?」
「いいや――」
男は――、夏目は――、俺の言葉を否定してくる。
「これは切実な願いだ」
「言われなくとも【神の杖】や【中性子爆弾】を使った連中と組む気はない」
まぁ、もともとアメリカ政府には良い感情は持っていない。
あいつらのせいで牛丼を食べられなかったわけだし……。
それに、最近起きた【海ほたる】や【伊豆半島】での出来事にはアメリカが関わっているからだ。
「そうか……、そこまで知っているのか……」
「それより聞きたいことがある。どうして――、世間にはアメリカが関与していたことを知らせていない?」
「…………」
夏目は無言のまま椅子に座る。
そして目を閉じると――、口を開く。
「山岸君。君は、いまの日本を見てどう思うかね?」
「どうとは?」
「――ふむ。今の日本の政治だけでない市民の意識を含めた在り方だよ」
「……政治に無関心だと言う事か?」
「政治に無関心か……」
「俺の答えに不服なのか?」
「――いや、そういう答えもあるのだなとな……」
含みのある答えを返してくる夏目。
その様子に少しだけ苛立ちを感じながらも男は口を開く。
「いまの日本は、本当の意味での独立国ではない。それが、いまの日本という国の姿だ。そして、それは国民性にも表れている」
「それは大東亜戦争以降のことを言っているのか?」
「そのとおりだ。GHQという思想教育が何十年も行われた結果、政治は腐敗しマスコミはジャーナリズムの何たるかを忘れ――、国民同士で争いが起きてしまっている。私は、それを変えたいのだよ。アメリカ合衆国の一州という扱いから脱却し、自国の軍隊だけで自国を守る――、そして! 不当に奪われている――、先人たちが必死に命をかけて守り築き手にいれた北方領土や樺太をこの手に取り戻し自国の人間が拉致されたら武力を持って国民を奪回し守ることの出来る強い国にする! それが私の考える日本国の本来の在り方だと考えている。だが――、いまは……」
「アメリカとの同盟が必要不可欠ということか?」
「その通りだ。基軸通貨はドルだからね」
「つまり……、アンタは……」
「そう、私は日本円を基軸通貨とした新しい世界秩序――、世界経済を築こうと考えている。そして――、それには君の力が必要なのだ」
「悪いが――、興味はないな」
いまはドルを基軸として世界経済は回っており、それをひっくり返そうと言うのなら、衰えたとは言え世界最大のアメリカ合衆国を敵に回すと言う事を意味してくる。
そうなれば、アメリカ合衆国との貿易摩擦どころでない。
日本に常駐しているアメリカ軍との軋轢も生まれかねないだろう。
「その表情からすると察したようだね。そう――、近い将来! 日本は、米軍を沖縄から排除することを考えている」
「――な! そんな事をすれば中国などが侵略してくるだろうに!」
「いいや、すでに尖閣諸島には日本ダンジョン探索者協会の支部を作りAランククラスの冒険者を集めてある」
「まさか……、戦争をするつもりなのか?」
「そんなことはしないさ。そもそも中国には、嘗(かつ)てほどの力もない。だが――、領海・領空に侵犯してくるのなら――」
夏目は最後まで言葉にしないが、俺を見てきた目を見れば分かる。
そこには――。
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