第140話 はふりの器(39)第三者視点

 ――日本国首相官邸。


 3階の南会議室では、大勢のスタッフが作業を行うために行き交っていた。


「夏目総理」


 そんな部屋の一角で椅子に座りつつ、南会議室に用意されたモニターを見ていた彼に話かけたのは、財務大臣の山村一矢であった。


「どうかしたのか?」

「はい。海ほたるの復旧に掛かる費用の概要が出ましたので――」

「ずいぶんと早いな。海ほたるを封鎖してから10時間ほどしか経過していないというのに――」

「年末年始で休んでいた者を使いましたので――」

「ふむ」


 山村から、渡された紙を受け取った夏目は資料に目を通していく。

 そして、資料に書かれている文字を読み進めていくに連れ夏目の眉間に皺が寄っていく。


「山村」

「はい」

「貴様は、この数字を見て何とも思わなかったのか?」

「何がでしょうか?」

「東京湾アクアラインの建設費を貴様は知らないのか? この金額は、明らかに高すぎる。それに取り扱い企業も通産省の天下り先の企業ばかりだ。すぐにやり直せ」


 苛立ちを含む声色で、持ってきた資料を財務大臣の山村の顏に叩きつける夏目。

 その剣幕に、南会議室で作業をしていた者達の手が停まる。


「まったく――、今は日本がどんな状況なのか理解しているのか? 同盟国であるはずのアメリカが、戦略兵器である核爆弾を国内で使用したのだぞ? ――しかも、日本政府を通さずにだ! これは、同盟解除どころの騒ぎではない! 宣戦布告にも近い行為なのだぞ! なのに、いまだに利権を優先する資料を持ってくるなど恥を知れ!」

「――も、申し訳ありません……」

「貴様が謝ったところで、どうにもならん。とりあえず、こんなふざけた資料を提出することを許可した事務次官と参事官のクビを切れ。下には、何人もいるのだから、そいつらを繰り上げで役職につけろ」

「――で、ですが……、それでは……」

「文句があるなら処分しろ。国民の税金で私腹を肥やすような輩は必要ない」

「……わかりました」


 夏目の殺気を含む命令に委縮した山村は、頭を下げて部屋から出ていく。

 その後ろ姿を見送ったあと、「まったく……、仕事の仕方と責任の取り方すら知らんのか」

と、溜息交じりに言葉を吐き出す。

 

 ――と、そこで少し離れた場所で【海ほたる】の対応とアメリカとの連絡を取っていた川野が電話を受けると顔色を変えた。


「大変です。夏目総理」

「なんだ? 【海ほたる】で、また何かあったのか?」

「――いえ……、それが――」

「電話を貸せ!」


 立ち上がった夏目が、川野から電話をひったくるようにして奪い取る。


「夏目一元だ」

「日本国首相の――」

「ジョージ大統領か?」

「そのとおりだ」

「その通りじゃねえぞ! 貴様! 日本国内――、同盟国内で核ミサイルを爆発させておいて、どうやって責任を取るつもりだ! 俺が直接、お前の国に――、ホワイトハウスに乗り込んで、てめーのクビを切り落としにいくぞ!」


 ほとんどスラング語に近い英語で捲し立てる夏目。


「それは我が国と戦争をするということか?」

「寝ぼけてんのか? 貴様! お前は、すでに日本に宣戦布告をしてきたんだぞ? 俺を、今までの弱腰外交しかできなかった日本の首相と一緒にするなよ? もし、これ以上――、何か仕出かしてきたら、世界の果てまでも追いかけて貴様の血縁全員を殺しにいくからな!」

「――わ、わかった……。ところで夏目、悪い知らせがある」

「何だ? 悪い知らせってのは、海ほたる以上に問題のある行動を取ったのか?」

「じつはな……、我が国のウィリアムの死体が発見された」

「ウィリアム? 国防長官のか?」

「ああ、それで――、国防総省と連絡がつかなくなっている」

「なるほど……。まぁ、おたくの国内の事は、我が国には関係ない。こちらはお前のところの核兵器で破壊された【海ほたる】の復旧で忙しいからな。あとで請求を出すからきちんと払えよ?」

「話には、まだ続きがあるのだ。それに――、日本にも関係がある」

「はぁ……、何か問題でも起こしたというのか?」

「君は、次世代宇宙兵器を知っているだろう?」

「【神の杖】のことか?」

「そうだ。静止軌道上から、鉄の塊を落とす施設のことを【神の杖】と言うんだが――」

「知っているが、それがどうかしたのか? まさか日本に落とすような馬鹿な事はしないよな?」

「そのまさかだ。しかも落下物質にはダンジョンから産出された鉱物に、ダンジョンコアを混ぜたモノを採用している。威力は、原爆に匹敵する」

「お前は……」

「私ではない! ウィリアムを殺して成り代わっている人物が指揮を執っているようだ」

「その情報は、どこまで――」


 夏目が言い終える前に、南会議室内に設けられたモニターが切り替わる。

 映像には、伊東市に吹き込んだ爆風の映像を映し出されており――。

 それを見た夏目は一瞬呆けた。

 そして――、アメリカ大統領が言った事は本当だという事も確信する。

 夏目は震える声で呟く。


「ジョージ、落下場所は……」

「――伊豆半島だ」

「止める事は出来ないのか?」

「今、総出で対処しているが――、止める前に伊豆半島の地形が変わる」


 ジョージ大統領の言葉が言い終わる前に、2発目の神の杖の衝撃の影響からなのか、伊東市に再度、爆風が吹き付けた。





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