第139話 はふりの器(38)

 地震かどうかは分からない。


 ――だが、妙な胸騒ぎを覚え神堕神社から自宅まで走って戻る。


「山岸さん、そんなに急がなくても大丈夫なのでは?」

「ハァハァ――。良くは分からないのですが、嫌な予感がするんです」


 話しかけてきた藤堂さんに言葉を返しながらも、彼女が平然と俺の横を走ってくることに遅まきながら気が付く。

 これでも高校の時はサッカーをしていた事もあり、走ることは得意であった。

 その俺が呼吸を乱しているのに、藤堂という女性はまったく息を乱していない。


 ――どういう鍛え方をしているんだ?

 

 内心、首を傾げながらも――、疑問を頭の隅に追いやり走る。

 走り続けること――、数分。

 ようやく自宅が見えてきた。


 それと同時に、2回目の揺れが地面から伝わってくる。

 その振動は先ほどよりも更に強い。

 立っていられなくなり、思わず地面へと手をつく。


「これは……、普通の地震ではないように感じられますけど……」


 藤堂さんは、揺れの中で平然と立ったまま、一人呟きながら回りを見渡している。

 しばらくすると揺れが治まる。


「山岸さん、急ぎましょう。時間がないようですので――」

「どういうことですか?」

「いえ、こちらの話ですので――」


 彼女は、どこか宙を見ながら一人毎を呟くと、俺の腕を掴むと無理矢理立たせて走り始める。

 自宅前に到着した所で、富田という人物が車のエンジンを掛けていた。


「藤堂さん、遅いです。すぐに村から撤収します」

「わかりました。それで、今後の予定は――」

「鏡花さんの話ですと、伊東市まで兄を送って欲しいとのことです。彼女は、町まで買い出しに出ているからと連絡が――」

「町まで買い出し?」


 話がどうしても飲み込めない。

 そもそも、妹が村から出て買い物に行くのなら、普通なら俺に連絡があってもいいくらいだ。

 なのに、何故――、俺には一切の連絡がない?


「すいません、少し待っていてもらえますか?」

「先輩! 待ってください!」


 後ろから、女性が引き留める声が聞こえてくるが、俺は玄関の戸を開けて自宅の中に足を踏み入れる。

 

 ――それと同時に、家が消え去る。


「――え?」


 視界が、白く染まり意識が薄れていく。

 まるで強制的に眠らされるかのように――、俺の意識は途絶えた。




 暗い空間の中――、俺はゆっくりと瞼を開ける。

 聖櫃の世界――。

 人々がアークと呼ぶ場所。

 そこが存在の終着点。


 俺は、自身の額に手を当てた。


「またか……」

「その通りだ。【刃振(はふ)りの器】よ。汝は、またしても失敗した。我と契約を結んだというのに、何度同じ過ちを繰り返せば済むと言うのだ?」


 聖櫃の中――、静かに荘厳に響き渡る声――。


 普通の人間が聞けば発狂し存在自体消失するほどの言霊。


「何度、過ちを繰り返せば……、か――」


 俺は、思わず苦笑する。

 聖櫃の中からは、俺は出ることが出来ない。

 持ち出せる物は断片的な情報なだけ。


 だからこそ、誤った行動を行う。


「貴様は、我と契約する時に、【祝の器】にすらなれない不完全な【はふりの器】たる妹を救うと誓った。夜刀神という国津神を止め清めると同時に妹たる体を利用している常世ノ皇ノ王を倒すと――」

「……ああ、そうだな……」


 俺は、暗闇の世界――、星々が瞬き煌めく世界の主たる王に言葉を返す。


「――なら、見せてみるがいい」

「また、記憶を失ってか?」

「そうだ。この聖櫃の間から、出られるだけでも十分であろう? それとも諦めるというのか? 我は、どちらでも構わんが?」

「…………わかった」

「契約は成った。山岸直人よ、貴様の――、人間の悪足掻きを見せてもらおうか?」

「相変わらず悪質だな。――それと、大賢者のことだが……、あれは――」

「貴様に答える必要はない」

「そうか」


 俺は肩を竦めながら言葉を返す。

 おそらくだが――、大賢者は妹の魂を捉えて天津神が利用している。

 それは、分かった。

 問題は――、天津神がどうして、そこまで面倒な事を行っているかが分からないということだ。

 

「――ではな」


 契約を行っているモノの声が聖櫃の間に響くと同時に俺は意識を失った。

 

 


 ――波の音が聞こえる。

 立ち上がったあと、周囲を見渡す。


「ここは……、どこかの海岸か?」


 すでに日は昇っている。

 ずっと海の中に居たからなのか体はずいぶんと冷え切っている。

 体を震わせながら道路まで歩いていく。

 

「よく真冬の海の中で、俺――、死ななかったな。ずっと長い夢を見ていた気もするし……」


 思わず溜息が出るが、一つ仮説は立てられる。

 おそらくステータスが上がっていたからこそ、真冬の海でも助かったのだろうと。


「とりあえず足が必要だな」


 服からスマートフォンを取り出す。

 とりあえず富田へ電話を入れるとしよう。

 

「電源が入らない……」


 これは……、硬貨が使えるコンビニまで歩いた方がいいだろうな。





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