第4話 ダンジョン講習会(1)
電車が四街道駅に到着する。
ホームから階段を上がり改札口を通過したあと、南口の階段をおりていく。
「寒いな……」
もうすぐ冬ということもあり寒い――。
それに、講習会など何年ぶり? いや何十年ぶりだろうか?
以前に講習会に出たのは、惰性で若いころに取得した第二種電気工事士免状の認定を取りに行った時だったか。
「それにしても……」
南口に着いたが、目に入るのがオリジナル弁当くらいとは――。
以前にも四街道駅を利用したことがあったが、こんなに寂れてはいなかったと記憶している。
まぁ、俺としては静かな方が好みだから寂れていても何の問題もない。
むしろ良いまである。
俺は、腕時計で現在の時刻を確認する。
「8時30分か……。たしか、講習会は9時30分からスタートだったな」
一人呟きながら、エレベーター前の脇に置かれている木材で作られた椅子に腰を下ろす。
椅子が冷え切っていて寒い……。
自然と貧乏揺すりをしてしまうのを必死に堪えながら待つこと20分。
「山岸先輩。早いっすね!」
階段を下りて周囲を見渡していた佐々木が俺を見つけて近寄ってくる。
一瞬、お前が遅いんだと突っ込みを入れそうになるが。
「いま来たばかりだ」
大人の対応を取る。
ここで文句を言っても仕方ないし、何より大学生に社会の規律を教える義務は俺にはない。
だからパーカーで来たことに対しても何とも思わない。
まぁ、俺から言わせてもらえば講習会であろうと面接であろうと基本的にスーツ着用で赴くのは社会人としての嗜みだとは思っているが。
「さて――、いくか」
椅子から腰を上げてタクシー乗り場へと視線を向けるが――。
「タクシーないですね」
「……そう……だな……」
どうやら、あまりにも過疎化しすぎたため、四街道駅にはタクシーが常駐待機することが無くなったようだ。
さっきは寒村として静かな場所も良いと思ったが、やはりある程度は人は必要だと俺は柔軟に考えを変える。
――それにしてもだ。
今までだって、色々と不都合な乗り物は利用してきたつもりだった。
千葉都市モノレールという採算が取れているかどうか分からないくせに、やたらと区間料金が高い乗り物や、天候次第で毎度停止する京葉線などを利用してきた。
それでも時間が来れば電車やモノレールはきたが! 今は、いつ来るかも分からないタクシーを待ち続けなければいけない。
何たることだ……。
明らかに俺の失態。
佐々木を待っている間にタクシーを呼んでおくべきだった。
「山岸さん。都賀駅行きのバスが10分後に来るみたいです」
「――バス!?」
そうか……。
日本にはバスという乗り物があった。
ずっと乗っていないとつい忘れてしまう。
俺も若いときはバスをよく利用していたな……。
10分後にバスが来た。
さすが日本。
時刻の正確さには定評がある。
これが外国だと一日遅れとかもあるとか以前に動画サイトで見たことがあるな。
というかバスが一日遅れで来るとかどうなんだ? と、いう突っ込みは良しとしよう。
何故なら一日ズレているだけなら結局、ところてんのように時刻表がズレているだけで時間どおりバスが到着していることになるからな。
佐々木と二人してバスに乗り陸上自衛隊 下志津駐屯地前のバス停に到着したのは20分後。
講習会開始まで10分前と言ったところだ。
「山岸先輩、何を急いでいるんですか?」
「社会人としては10分前到着は当たり前だろう?」
「いや、これ講習会ですし――」
たしかに、佐々木の言っていることは一理あるが! 身に染みついている慣習は中々拭い去ることができない。
ようやく陸上自衛隊の敷地内に入る際に通り抜けるゲートが見えてきた。
「……なんだろうか? あれは……」
陸上自衛隊 下志津駐屯地の入り口には、大きな垂れ幕が掛かっている。
そこには『ようこそ! 陸上自衛隊 下志津駐屯地へ! ダンジョン探索者を目指す皆様、大歓迎!』と、書かれている。
「山岸先輩、いまの自衛隊って人材確保が大変らしいですよ? それで、ダンジョン探索者に声をかけているってSNSで見たことがあります」
「なるほど……」
そういえば、最近は選挙にも行っていないな。
入り口に近づくと女性自衛官が近づいてくると佐々木に「自衛隊に興味はありませんか?」と声をかけている。
ちなみに俺の方はと言うと、一目、俺を見てきたあとはまったくの無視だ。
まぁ、自衛隊の場合は年齢制限があるからな。
40歳を超えている俺には声が掛からないのは当然と言える。
しばらく女性自衛官の営業と、佐々木の攻防を見ていたが飽きてきた。
「すみません。今日はダンジョン講習会で来たのですが?」
近くの男性自衛官に話を聞くとしよう。
別に俺は暇だが暇ではないのだ。
「――あ、すみません。ダンジョン探索者希望の方でしたか――」
「それ以外に何に見えると?」
若干、不機嫌さを醸し出しながら俺は佐々木の腕を掴み案内すると言った男性自衛官のあとをついていく。
どうやら説明は体育館でやるようだ。
ほとんど暖房をつけていないことから寒いことこの上ない。
中年の俺には応える寒さだ。
そんな中、俺たちは中学校以来のパイプ椅子に案内されて座る。
「思ったより人数が少ないんだな」
周りを見ながら集まっている人数を数えていく。
もちろん口に出してカウントするような失礼な真似はしない。
人数は18人、俺と佐々木を含めてだ。
「……せ……せせせ……先輩……、さ、さむいっすね!」
ガタガタと佐々木は震えながら俺に話しかけてくる。
ふむ、どうやら若者にもこの寒さは応えるらしい。
まぁ、俺の場合は皮下脂肪がたくさんある中年太りだから、慣れてくれば少し寒いかな? と思うくらいだ。
自慢ではないがコールセンター業務というのはストレスが貯まるから食べる量は増えるのは当たり前のこと体はほとんど動かさないから太る。
それは森羅万象の摂理のごとくだ!
だから、俺が太っていると言っても、それは世界の成り立ちの根源だから俺が悪いわけではないということだけは弁明しておこう。
「佐々木、心頭滅却すれば火もまた涼しという諺を知らないのか?」
「それは暑い場合に適用ですよね?」
「ふっ、まぁそうだな」
俺と佐々木が話していると壇上にスクリーンが下りてくるのが見えた。
そして映像が映し出されると共に男性自衛官が俺たちの前に歩いてきた。
「えー、第87回ダンジョン講習会を開きたいと思います。今回の講習担当を務めさせていただきます山根2等陸尉です」
「2等陸尉? おい、佐々木」
「何ですか?」
「陸上自衛隊の階級はよく知らないが、2等陸尉って何だ? 軍曹より偉いのか?」
「さあ? 俺に聞かれても分かりませんよ」
「ふむ……」
――俺は顎に手を当てながら考える。
大抵の講習は、一般企業の場合では上の人間が行うことはまずない。
コールセンターなどで言うと大抵は契約社員であるSVという管理職(スーパーバイザー)の仕事だったりする。
長年培ってきた社会人としての一般常識。
それに当てはめて見れば答えは自ずと導きだされる。
――つまり……。
「軍曹と同等か、それともそれ以下といったところだな」
「そうなんっすか?」
「間違いない。いままで俺の読みが外れたことはほとんどないからな」
「あの――、いいでしょうか?」
先ほどの山根2等陸尉という男性が、苦笑いをしながら俺たちに語りかけてくる。
「申し訳ありません」
今回はこちらに非がある。
非があるなら謝るのは社会人としては当然のこと。
俺は頭を下げる。
「そ、そこまでしなくても大丈夫ですから!」
逆に恐縮させてしまったようだ。
しかし、俺と佐々木の会話はかなり小さく行ったはずだが、よく聞こえたものだな。
「それでは、ダンジョンについて説明をさせていただきたいと思います」
目の前のスクリーンには落花生畑が表示された。
――そう、千葉県の名産である落花生だ。
千葉マッキーランドと並んで世界的に有名だと俺が思っている千葉県の唯一の特産物である落花生だ。
そういえば、千葉県には落花生以外に何か特産物があっただろうか?
以前にふるさと納税をしたら、落花生が10キロ送られてきたとSNSで上がっていてバズっていたことを思い出す。
まぁ、そんなことはどうでもいいか。
俺は落花生畑をスクリーンに映して何をしたいのか? と疑問に思って見ていると落花生畑が突然爆発した。
何の前ぶれも無い爆発、――そして空中に舞い上がる落花生。
しかも殻つき。
――そして、落花生畑には地下に通じる巨大な石の建造物――、階段が出来上がっていた。
「スクリーンを見てお分かりいただけた通り、ダンジョンは世界各地に同時多発的に5年前に出現しました」
5年前か……。
たしか入管規制法が設立されたころだったな。
「世界同時多発的にダンジョンは同時に出現しましたが。その数は666個、そのうち600個が日本にあります」
「――ん?」
いま、ダンジョンの大半は日本にあると言わなかったか?
そんなことニュースでは一度も……、そういえば家にはテレビが無かったな。
大抵のニュースはネットで見ていたからな。
「これから詳しい説明をさせていただきたいと思います。いま、資料をお配りします」
別の男性自衛官が資料というかパンフレットを参加者全員に配っていく。
もちろん、俺も一枚もらったがパンフレットの表面には、ホワイトでアットホームな自衛隊に就職しませんか? と書かれている。
俺はダンジョン講習会に来たわけであって自衛隊に興味があるわけではない。
――というより、どれだけ自衛隊は人手不足なんだ……。
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