第3話 ダンジョン講習会に誘われた。
「――さて」
今日で仕事納めだ。
俺は、ノートパソコンに表示されているログイン画面からログアウトする。
そしてデスクの中に置いてある私物などを片付けるために引き出しを開けると研修マニュアルや、複数個の携帯電話の説明書を取り出す。
何故、複数個の携帯電話の説明書があるのかと言うと、毎年ごとに携帯電話の端末が変わるからだ。
そして、日本では三大キャリアに数えられるノコモコは、旧日本電信電話公社の――、子会社ということもあり、高いサービスを求められている。
派遣ですら一ヵ月も研修期間があるのは、ノコモココールセンターくらいではないだろうか?
ノコモココールセンターのすごいところは、つねに人材が不足しているにもかかわらず、研修期間中に毎日のようにテストを行うことだ。
それは、きちんと研修を聞いて覚えているかのテスト。
もちろんテストの点数が悪ければ、お試し期間中なのでクビを切られるが、研修期間中の給料は支払われる。
――が! 俺としては一ヵ月の研修と毎日のテストは社会人にはきついのではないのか? と思ってしまう。
とくに若い年齢層が少ない現在の日本では、中年や下手すると50代の人間ですら派遣企業は斡旋してくる。
それなのに、毎日のテストで覚えているかどうかを確認して、規定点数に届かなければクビというのは、年中人員を募集している要因になっているとしか考えられない。
俺から言わせていただければ、どんなに優秀な人材だろうが頭が良かろうがコールセンターというのは精神的に図太くなければ生きてはいけない。
エンドユーザーの話を根気よく聞いて、場合によっては同意しながら相手の言動から何を望んでいるのか察して答える。
そして、一日の受信担当件数が規定に届かなければSV(スーパーバイザー)、つまりグループのリーダーどころかセンター長に、「君、電話の対応が長すぎるよ!」と、文句を言われたりするし、短く対応ができたとしても入電対応ログを聞かれて対応が杜撰だとOJTが入りSVから指導されるのだ。
まぁ、コールセンターというのは精神を人間性を削ってお金という対価を得る非常に精神衛生上好ましくない職場でもある。
その分、給料は良いが――、時給1500円とかが普通にあるから。
まぁ、俺みたく人付き合いも適当で趣味も大してなくて主体性もないし人への配慮もほとんど行わずに打算的に相手の顔色を窺うのだけが得意な人間からすれば天職だとは思うが。
それでも俺はやることはきちんとやる。
コールセンタールームから出たあと、ロッカーから菓子折りを取り出す。
もちろん、菓子折りと言っても一つ1000円ほどのクッキーの詰め合わせだ。
コンビニエンスストアで、店員の後ろに飾られているアレだ!
どうして1000円から3000円の菓子折りがコンビニに常設されていると思う?
――そう。
俺みたいに会社を辞める時に菓子折りを渡して相手の機嫌を取って辞める人間のためにコンビニは菓子折りを常時置いているのだ。
1000円の菓子折りでも嫌に思う人間はいない。
それにコールセンター業界というのは、広いようでいて実は狭い業界でもある。
とくに派遣会社を通してコールセンターに専属している人間から見れば、別の派遣会社に登録してコールセンターに派遣されたら以前と同じ職場のコールセンターだった! というのが稀によくあるのだ。
だから、退職するときも波風を立てずに辞めるのがコールセンター業界で仕事をしていくうえでのマナーでもある。
コールセンタールームに入り、真っ直ぐに乾さんのもとへと向かう。
「センター長」
「どうかしたかね?」
「はい。今日で仕事納めですので――、お世話になりました」
俺は頭を下げたあとに「皆様で、これでもお召し上がりください」と、袋ごと菓子折りを渡す。
よく菓子折りを袋から出して渡さないといけないというルールもあるが、基本的に会社で渡す場合には袋のまま渡した方がいい。
余計な手間や時間をかけることで相手に迷惑が掛かってしまうからだ。
「そうか……、これからも頑張ってくれ」
「はい。それでは、失礼します」
再度、頭を下げたあと俺は自分のデスクへと向かい携帯電話の説明書やシステム操作のマニュアル書、顧客対応のマニュアル書などを纏めた。
「神田さん」
「山岸さん? どうかしたの?」
「はい。今日で退職ですので、今までお世話になりました」
俺は、纏めた書類を彼女に渡す。
年齢は俺よりも一回り下だが、上司は上司。
きちんと礼を持って接する。
「そう……、残念ね。貴方は、クレームがほとんど無かったのに……」
「いえいえ、それは神田さんのご指導のおかげです。また何か御縁がありましたら、よろしくお願い致します」
「わかったわ。がんばってね」
もう一度、頭を下げたあと自分のデスクへ戻り今度こそ私物を纏めたあと手に持ったままコールセンタールームを出たあとビジネスバッグへ詰めた。
そこで俺は、首から下げているカードキーを返すのを忘れていたことに気が付く。
すぐにコールセンタールームに戻る。
するとやはりというか何と言うか、センター長自らが菓子折りを一個ずつ仕事をしている人間に渡して回っている姿が目に入った。
センター長は忙しい身分だが、個々の人間とのコミュニケーションを取るのも大事な職業でもある。
大変なことだ。
「神田さん、カードキーを渡し忘れていました」
「あ、ほうなの?」
センター長から配られたお饅頭を口の中に入れながら神田さんが答えてくる。
飲み下してから話してほしいが、まぁそれは詮無きこと。
「それでは、今度こそ失礼します」
俺は、自分の職場をあとにした。
それにしても、会社を退職するときはいつも哀愁を感じるものだ。
しかし、本当に無職になってしまったな。
ここ数日、【はたらいたネット】で仕事を探していたが、ほとんど仕事がなかったし、一応応募はしたが車の免許しかない中年の親父には仕事が回ってくることは稀だ。
「まったく、全然! 景気が上向いていないよな……」
一応、来月の25日までは給料は確保できているが早く仕事を探さないと貯金もほとんどないから本格的にまずい。
「まずは面接だな……」
そう思ったところでビジネススーツのポケットに入っていた携帯電話が振動する。
誰だろうか? と思いスマートフォンを見ると佐々木の名前が――。
「どうかしたのか?」
「じつは、明後日からダンジョン講習会に行こうと思っているんですけど、一人だと心細くて山岸先輩も一緒にどうですか?」
「ダンジョン講習会?」
「今なら簡単な審査と講習だけでダンジョン免許がもらえるってネットに書いてあったんですよ!」
「車の免許かよ……」
「違いますよ! いまは車の免許取るのは大変なんですよ!?」
「――ん? そうなのか?」
俺の記憶にある免許取得方法は、教習所を卒業後、幕張免許センターで筆記試験を受けて合格点に達すれば免許発行が交付されたはずだが。
「いまは、免許取得に百万円かかるんですよ!」
「――ひ、百万!?」
「だから、いまの俺達大学生は車の免許を取得できないんですよ! 山岸先輩は免許は持ってますか?」
「まぁ、持っているが……。お前、まさか……、足が無いから俺を誘っているんじゃないだろうな?」
「わかりました!?」
「ああ、十分わかった。だが、俺はダンジョンにはまったく興味はないからパスだな」
「そんなこと言わないでくださいよ! すっごい不便なところにダンジョン講習会が開かれるんですから!」
「どこで開かれるんだ?」
「それが……、下志津駐屯地ってところで講習会があるみたいなんですよ」
「聞いたことがないな」
「陸上自衛隊の基地があるところですよ。ほら四街道の――」
「お前、それ四街道民に言ったら怒られるぞ。一応、総武本線の四街道駅が近くにあるだろ」
「でも歩いて30分くらいの距離ですよ!」
「どんだけ歩くのが遅いんだよ。ちなみに俺は車を持っていないぞ? 維持費が高いからな!」
「そ、そんな――!?」
「しかし……、まあ暇だから一緒に行ってやっていってもいい。ただしタクシー代はお前持ちな」
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