第六話 懐古屋3

 開口一番、そのひとは「やぁ、少年」と僕に笑いかけた。

「きみがぼくの跡継ぎかい?」

 魚月さんは夜空のように綺麗な髪色をしていたけれど、そのひとは、暗い、昏い、色をしていた。

 大正時代から生きているような時代錯誤な着物姿、足元は朱色の下駄で彩られていて、風が吹くと髪に差している簪から鈴の音が聴こえてくる。

「手短に頼むよ、もう夜になってしまったから」

 魚月さんはそう言うなり、傍にある木製の長椅子に座って本を読み始めてしまった。

「ありゃ、ぼくが説明しなきゃならないのかい? 良いけれど。……魚月からお話は聞いているよ、きみはあらたと言うのだね? 輝かしい未来に生きる青少年のような、逞しく美しい名前だ、素敵だね。……ぼくはチユという。『千の時が去る』と書いて千去チユだ、名前の通り千年生きているんだよ」

「えっ」

「ふふ、冗談」

 なんなんだ、この人。

 そんな僕の気持ちを知ってか知らずか、千去さんはからからと笑いながら「分かったからそんな顔しないでおくれ」とひとつだけ咳払いをした。

 「ぼくは何の変哲もないただの店番さ。千年生きる妖怪でも、天の声が聞こえるような主人公でも、その天の声を届ける女神でも何でもない。ただ、ここに居て、『あの子たち』が迷わないよう扉を開けて待っているだけ。──ねぇ、新は自分の意思で此処に来たのかい?」

「……はい」

「そう、そうなら良かった」

 千去さんはそう言って、穏やかで優しく、そうして眉を下げて安堵のような悲哀のような表情かおで笑った。

「さあ、そんな扉の前に突っ立っていないで中へおいで。全く、『店主』も喫茶店の方にかかりっきりでなかなかこっちへ顔を出してもくれない……」

「店主のことは良いじゃないか、ほら、案内するんだろう?」

こつこつとブーツを響かせながら魚月さんが扉を開けて中へ促した。それもそうか、と笑って言った千去さんに背中を押されて、真っ先に僕が中へ入る。

 本当は聞きたいことが山ほどあった。けれど──

「ようこそ、こちら側へ」


 ──全てが吹き飛んでしまった。

 一瞬だけ、時代と国と、世界を疑う。数々の骨董品が雑多に積み重ねられたその場所は、確かに「懐古屋」の名に相応しく、そうして僕は「懐古屋」の本当の意味をようやく知ることになったのだった。



「骨董?」

「ざっくり言えば、だけどねえ。なんでもあるのだよ。この子たちは買い手を呼ぶんだ。呼ばれたひとは必然と此処に来る、ぼくはそのひとたちとお話をしてこの子たちを売る、ただそれだけ。新にやってもらうのはこの子たちを集めることだよ……そうでしょう、魚月」

 対して魚月さんの返答は無かった。

 見渡しても魚月さんの姿は見えない。一体どこへ行ったんだろう。

 おや、と千去さんがお道化どけて呟く。

「まあいいかあ、たぶんそういうことだから。すまないね、ぼくは教えるのがどうも苦手で。しばらく待っていてくれるかい?」

 はい、と返事をすると千去さんは軽やかな足取りで骨董品を避けながら奥へと消えた。

 案内されたのは決して解放感があるとは言えない部屋だ。喫茶店と同じ夜空を模した天井が閉塞的にさせるのか、溢れかえっている品物が外と世界を遮断しているのか。それに、誰の趣味だとかではなく、あるものを集めたような品揃えだ。正直多すぎて何が何処に在るのか判らない。

 千去さん、片付けが下手なのかな。

 なんとなく目についた水槽を眺めていると「やあ、お待たせ」と千去さんが戻ってきた。

「何か見つけたのかい?」

「……いや、沢山あるなあって」

「ふふ、そうかい……、そんなきみにプレゼントがあるのだよ、受け取り給え。本当は自分で選ぶのが良いのだけど、先代が使っていたものをそのまま使ってもらうのも何だか素敵だ」

「先代?」

「嗚呼、ぼくの先代。京子だよ」


 そうやって手渡されたのは透明なケースに保管されたガラスペンだった。

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