第3話
***
もう十年も経って、少女だったこの子ももう少女だなんて言える歳じゃなくなって、私は私でいろんなところが衰え始めた自覚もあって、それでも人を殺し続けていた。
「あんたもずいぶん肥えたわね」
「言いかたってものがあるでしょう?」
苦い笑みでこぼす少女にけらけらと声を返す。たしかに。これだと家畜かなにかみたいだ。
「でもさ、実際あんたを拾ったばかりのころは、にがりがりに痩せて身体中痣だらけだったってのに」
もうそんな面影なんて欠片もない。少女だった見目は女性のそれへと明らかにかわり、骨の上に直接皮を貼り付けたかのようだった青白い皮膚は血色のよい柔らかなそれを取り戻し、もうどこへ出したって恥ずかしくないほどの人間らしさを獲得していた。
いや、なんだかこれもおかしな表現な気がするが私が良くてあの子が納得すればそれでいい。
「そりゃあほら、親の育てかたがよかったんですよ」
「親、ははっ。親か。そりゃあいい。人の命を奪い続けた私が、人の子を産んだことさえない私が親ってのはいいね。どこぞの喜劇みたいに滑稽だ」
嘲笑。これまでの人生のなかで幾度となく他者に向けられたそれがよもや私自身に向くなんて誰が想像できようか。たしかに一回り半ほどに歳は離れているが親なんてのは妄言そのものだ。せいぜい姉がいいところだろう。
と、そこまでの思考を一笑に付した。そもそも、人殺しが家族ごっこなんてできると考えるほうがおこがましい。独りであるべきだ。孤独でなければならない。情は心を縛り、精神を歪め、肉体の動きを止めてしまう。ただの雑念だと思いたいこの感情はあまりにも重く大きく苦しくて、それでも私はあの子にそれを悟られぬよう、努めていつも通りを顔面に貼り付けた。
***
弱くなった。と誰ともなしに呟いた。
『助けて』という声に心が揺れるようになった。
『殺さないで』という言葉に数瞬のためらいを覚えるようになった。
きっと、あの子の影響だろうということはよくわかっていた。十三年も連れだっているのだ。その心根に、その優しさにほだされるのはよく理解していた。
我ながら本当にややこしい生き方をしている。心のままに人を殺し、心のままに罪を重ねながら、そういう人間であることを頭のどこかで否定している。
この精神は矛盾している。
この想いは間違っている。
失敗したかな、と十三年前の自分の行動を悔いた。あの子はたった十三年で私の中身をごっそり変えてしまった。
ずるいなぁ、と笑う。
「あんたさ、ずるいよ。ほんと」
揶揄を込めて言ったことがあった。が、あの子はなにを言われているのかわからないというふうに首をかしげていた。
「そういうところだよ」
苦い笑みを隠さずに続けた私にも、あの子の表情はかわらないままだった。
ずるいなぁ、と私は二度笑った。
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