自分が書いた小説を受け取ってくれる女の子

「ありがと、哲雪くん!」

「自分が書いてて言うのもあれだけどさ……俺の書いたやつ、おもしろいか?」

「すっごくおもしろいよ! 女心をわかってるって感じで、クラスやクラブ越えて結構回し読みしてるのよ?」

「クラブさえも越えてやがる……にしても女心ねぇ。想像で書いてるだけにしてはうまくいってるようでなによりだな」

 三年四組の教室で、俺は自分の作った学園恋愛物の小説『遥か夢願いの彼方』を沢越さわごえ 芽依めいに五冊渡した。冊っていうか家にあるプリンターで刷った物をステープラーグッチョンなだけだけど。白い紙に黒い文字がだーっと並んでるだけで、表紙もタイトル・章題・何冊目かの番号、裏に印刷した日付と名前を載せてる程度。

 普段小説は父さんが昔使ってたお古のパソコンで書いている。まだまだ現役。

 芽依はショートカットの女子で、身長は俺と同じくらいだから女子にしては高い方かな。野球部所属で、マネージャーじゃなく選手だ。

 体力面は男子より弱いらしいのだが頭脳面はぶっちぎりでリーダーシップもありと、非常に貴重な戦力だと野球部の顧問の先生が言っていたな。いやぁでも吹奏楽部の俺よりかは体力あるんだろうなきっと。

「中でもりっちゃんが……あ~でもこれあんまり言わない方がいいのかな?」

「ん?」

 りっちゃんっていうのは藤美崎ふじみさき 利々絵りりえのことだ。俺と芽依は小学校のときから知り合っている幼なじみだが、その芽依が中学校で仲良くなったのがりっちゃんらしい。

 らしいっていうのは、俺とは今年初めて同じクラスになれたんだが、まだまともにしゃべったことがないからだ。部活も委員会も違うし、給食の席が近いわけでもない。

 一応理科の実験や掃除の時間とかで一緒に作業することはあったが、やっぱりまともにしゃべることはなく。よってりっちゃんに関する情報は芽依から聞かされている限りなものばかりだ。

 身長は女子の平均くらいなんだろうか。芽依よりかは少し小さい。髪は肩に掛かってるくらい。見るからにザ・おとなしい女子という感じで、ちょっと視線は斜め下具合なことが多いかなぁ。

 でも表情が暗いっていうわけではなく……ん、んまぁその、か、顔は……じゃ、若干好ゲフゴホ。

 正直ちょこっと気になっているとも言えなくもないが、それは直接本人が好ゲフゴホというよりかは、あの一年生のときの伝説のしおりにいた右下女子がどことなくりっちゃんに重なって見えるというかなんというかで……さ? そんなの。

 んで、どうやらそのりっちゃんも俺の小説の読者らしい。一体どんだけの規模で回し読みされてんだろう。

 ちなみに芽依がりっちゃんりっちゃん言ってるから俺も合わせてりっちゃんりっちゃん言っているだけで、実際本人に向けてりっちゃんと呼んだことはまだない。

「勝手に言ったらりっちゃんにぷんぷんされそうだから、詳しくは本人から聞いてよっ」

 あのおとなしいりっちゃんがぷんぷん? むしろそれ見てみたいんだが。

「俺まだりっちゃんとしゃべったことないんだよ」

「あらそうだったの? じゃあしゃべろっか!」

「うぇ!?」

「りっちゃーん!」

 芽依は同じく教室内にいたりっちゃん方向へ振り向いておいでおいでしている。ぉおおいおいりっちゃんなんかおどおどしてないか?

 引き続き芽依はおいでおいでしている。お、ゆっくりりっちゃんがこっちにやってきた。

 ちらって上目遣いでこっちを見たと思ったらちょっと視線落としてまたちらっを繰り返しながら、俺の前までやってきた。

「ほら哲雪くん、りっちゃんだよっ」

「んぁ、ああ」

 な、なんだこの空気。まぁでもりっちゃんはおどおどしっぱなしなだけのようなので、ここは俺が先手を取らないといけなさそうだな。

「や、やぁりっちゃん」

 ぁ、ついそのままの流れでりっちゃんとか言ってしまったが、初呼びかけが初りっちゃんでよかったんだろうか。俺女子をニックネームで呼んだことなんて……まじでないよな?

「こ、こんにちはっ」

(……うむ。実にいい声だっ)

 授業で当てられているときとかにしかまともに聞いたことがないりっちゃんの声。ちょっと高めでゆったりめで澄んだ声だ。

(なのはいいとして、こっから先何をしゃべればいいんだ!?)

「りっちゃんこれ、哲雪くんの新作だって。はいっ」

 なんか視線を俺と小説の冊子を行ったり来たりしてるりっちゃん。

「あ、やっぱり哲雪くんから直接手渡す? はい」

「な、なんだその流れっ」

「いいからいいからっ」

 芽依から一冊押し付けられた。おかえり。

 白い紙に黒い文字の普通すぎる表紙。俺も絵を描く技術が高かったら堂々とかっちょいい表紙を向けて初りっちゃん手渡しをできるんだろうけど……でもまぁすでに読んでるみたいだし。

 改めて向きを直して、

「はい」

 と、両手でりっちゃんに差し出した。なぜかちょいはずかしっ。芽依との差はなんなんだっ。

 りっちゃんは俺の小説に視線を落としてから、両腕をゆっくり伸ばし、そしてつかんだ。

「……ありが……」

「フッフッフ」

 ここで俺様の中に眠るデビルテツユキが降臨! あえてこちらも握る力を強め不意をついてやった!

 弱々しいというかすんごく優しいというか、そんな力でくいっくいっしてるりっちゃん。ちょっと表情が明るくなった?

 まぁデビルテツユキの出現時間は非常に短いため、俺はしばらくしてから握る力を弱めて、今度こそりっちゃんに小説を渡した。

(そ、その顔はっ……!)

「……ありがとうっ」

 柔らかい笑顔を見せてくれたりっちゃん。なんで俺はあのしおりの女子とりっちゃんをこんなにも重ねてしまうのだ?!

「よかったねりっちゃんっ。それじゃ他の友達にも配ってくるよ。また新作できたら見せてね哲雪くん!」

「あ、ああ」

 芽依は冊子をふりふりさせながら立ち去っ……って、それを見届ける俺とりっちゃん。つまりこの状況……

(りっちゃんとタイマン!)

 一応不意打ちこそ一発かましたものの、まともにしゃべったことないままなのは相変わらずなんだが、さぁどうする!

 りっちゃんもそのまま俺の目の前にいてるっ。ドアの方に向いたまま止まってる。

(やはりここも俺が先手を打たなければっ?)

「り、りっちゃんも俺の小説、読んでくれてるんだな」

 おっとりっちゃんは目に見えるレベルではっとなってこっち向いた。大事そうに冊子を両手で持ってくれてる。

「……う、うん」

「そっか」

 確かに俺って吹奏楽部だから女子との接点は多い。けどやっぱ自分の作った物を触れてくれてるってのは、なんかこう……いいね。

「ったく芽依ってどんだけのやつらに回し読みさせてんだか。りっちゃんはどこらへんから読んでくれてるんだ?」

 小学六年生の冬、実は義隆の冗談だったのかなんなのか突然たる提案によって小説をなんとなく書き始めることになったんだ。俺ん家で遊ぶときにたまに冊子のを読んでるな。

 最初は中学一年生になりたてのときに芽依に小説書いてることを話したら、冊子くれって言い出してきた一冊から始まったんだが、時が経つにつれて一冊じゃ回し読み間に合わないからもっとくれって言ってきて、最近は五冊で落ち着いている。俺用の控えも含めて六冊印刷していることになる。

 芽依に渡した冊子は基本的には俺はノータッチ。返ってくることもたまーにはあるけどまず返ってくることはなく、最後はだれに回ってるのかは知らないことがほとんどだ。だが芽依は最低でも一冊は全部の話を保管してると言ってる。地味にすげーなあいつ。

 たまに短編を挟むときもあるけど、小学六年生のときから書き始めた長編も書き続けているから、どの辺のシーンから読み始めたのかを聞けば、いつごろから読んでくれているのかだいたいわかる。

 短編だって長編の世界観の番外編みたいなものから全然別の世界観のものまでいろいろあるからな。

「……えっと……」

 もじもじ? おどおど? てれてれ? なかなか難しいお顔をなさってますな。

「『こーくんあそぼ!』『いーちゃんこれしよー!』『なにこれコロコロたのしー!』あの時無邪気だった僕たち。ある意味今も無邪気。だって僕は泉深いずみちゃんが好きだから」

 ちくたくちくたく。

「うおぉおおーーーい!! それいっちゃん最初の最初の最初やないかぁーーー!!」

 ぁ、つい叫んでしまいりっちゃんびくびく。教室内のやつらからも視線ビシバシ。とりあえずあはは顔をしておくことに。

 俺はコッホンとせき払いひとつ。

「そんな最初期のこと知ってるやつ、芽依以外にもいたなんてな……」

 りっちゃんおどおど。

「まさか、そこからずっと……?」

 うなずくりっちゃん。

「短編も?」

 うなずくりっちゃん。

「まさかまさか、遠足中に芽依がいきなりお題を出してきて、プリントの裏に書いた即興の小説は、まさかねぇ?」

 ゆっくりゆっくりうなずくりっちゃん。

「そこもかよーーー!!」

 てか芽依見せびらかしすぎじゃね!?

「と、とにかく、こんなに長い間読んでくれてて、さ、さんきゅな」

 つまりそれ中学一年からずっと読み続けてることになるからな。中一の~……いつからだったか忘れたが、りっちゃんっていう名前は聞いていたとはいえ、まさか超最初からずっと今までというほどだったとはっ。

 りっちゃんもうんうんうなずいている。

「……あ、あの……」

「ん?」

 それにしてもおとなしいなぁ。芽依の有り余ってる元気を分けてやったらどうだろうか。

「……いつも、読んでる。読んでて楽しい。私は小説って読んだことなかったけど、これを読んで小説のよさに気づけたの。お、応援、してます」

 ズキュドキュバキュチュドォーーーン!!

(ぐぉっはぁっ………………こ、これは……これは強烈すぎて……ぐっ……)

 読んだっていう報告はいっぱいくれるし、おもしろかった楽しかった続き気になるとかも言ってくれてすんげー励みにはなってる。うん。それは間違いない。でもさ。でもでもさ。

(応援してますなんて言われて燃えねぇわけにはいかねぇよなぁ!!)

 俺、おとこっスから!

(あ、でも同時になんだこのどきどきというかずきずき)

 りっちゃんが一生懸命言葉を届けてくれて、そして最後には少々はにかみ気味なそのお顔。

(ああ……そうか……何かを生み出す能力って、すばらしいことなんだな……)

 しみじみ。

「……他に読んでないのあったら、それも読みたいな」

「うぇ!? なんというヘヴィユーザー……芽依ですらなかなかそんなこと言ってこないぞ?」

 あぁおどおどりっちゃんに戻ってしまった。

「でも俺りっちゃん情報って、芽依が回し読みしてる中の一人っていう情報しか持ってないから、具体的にりっちゃんがどこからどこまで読んでいるかっていうのは詳しくないんだ」

 確かに短編を突発的に作ったり長編の続きができたりするたびに芽依には渡しているが、その芽依も毎回確実にりっちゃんに回し読みさせているかどうかもわからない。特に短編。まぁ今までの様子からしたらほとんどすべて回ってそうだけどさ……。

「このお話は最初から全部つながっていると思う。短いのもたくさん読んだけど、まだ読んでないのがあったら、読みたいな……」

 シュイィーショイィーショアァープッコォォォーーー……!!

(ある意味りっちゃんと今しゃべれるようになって正解だったかもしれないな。書き始めて間もないときにいきなりこんなこと言われたら、教室中ゴロゴロドカドカウキャーって転げ回るくらいうれしい言葉じゃねぇかっ……)

「う、うれしい言葉だが、どうやって確認すっか……? 冊子にしたやつは全部自分用に控えを取ってあるけど、全部学校に持ってくるってのはなぁ」

 残念ながら一桁ではなく二桁の冊数である。そんなの学生カバン内がお祭り状態に。

 おーおー悩むりっちゃん。なんていうか、何事にも一生懸命って感じだな。

「……あ、あの……」

 声を絞り出してくれたりっちゃん。それでもやっぱり冊子は両手で大事に抱えられている。

「あ、明日。その……あの……」

「明日?」

 なんだ急に明日? 土曜日で学校は休みだ。

「……てっ……ててっ……」

 テテーッ?

「てっ、て、てっちゃんのおうち、い、行きたいな……!」

 ふむ。

(ふんふん)

 うむ。

(ほうほう)

 なるほどね。

(なるほどなるほど……)

 りっちゃんがてっちゃんの家に、ね……ね…………ね?

(てっちゃん?)

 りっちゃんが今お話している相手は俺だ。今までてっちゃんという人物は会話にも周りにも登場していない。しかるにてっちゃんというのはひょっとして俺のことを差しているのか? おおそういえば俺の名前は哲雪だからな、そこから取っててっちゃーーー?!

「ままままじでえぇーーー!?」

 ぁまた注目グサグサ。あはは顔しとこ。

「私、このお話、すごく楽しくて、読んでるといろんな想像がふくらんで、また読みたい、もっと読みたいってなっちゃって、だからその、えっと、そのくらい、その……」

 あたふたりっちゃん。

「……すごく、大好きで……」

(うぉー……あー……うんー…………)

「てっ、てっちゃんのおうちに行って、直接確認したいな……読んでないのあったら読みたいな……」

 まさか。りっちゃんとこんなにも超スーパー大接近することになるなんて。

 しかも芽依の勢いを超えるほどの俺小説のファンっぷり!?

(それにその、そもそもさ、こんなお申し出、断るわけなんてなく)

「お、ぉおう、明日空いてるから、俺ん家……来る?」

 あくまで平静に平静に……

「……うんっ!」

(あぁーーーだめだよその笑顔ーーー……!)

 うん。やっぱりっちゃんってかわいいよな。うん。

「お! そろそろ掃除の時間だぞ! てか一緒の班だっけ! 行くか!」

 ちらっと時計を見たらもう掃除の時間目前だった。今週は理科室前廊下だ。しかも今はりっちゃんも同じ班である。

「うんっ」

 俺は変な顔してないかちょっと怪しかったが、りっちゃんと一緒に教室から出た。あぁ今日は実にいい天気だな。

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