第5話:エルフさんは風呂に入らないのかな?

「あのーー、リーネさん。お風呂ってあるんですか?」


「お風呂はないの。 トイレならそこのドアよ……」


 先ほど、七星が出てきたトイレのドアを指差した。

 それは知ってるって、さっき使った。私は風呂のことを聞いてるのに、なぜトイレの話なるの。


 異世界でもトッポン便所だけど、ちゃんとトイレがあってよかったよ。

 外の茂みでしてくればって言われたらどうしようかと、ドキドキしてたんだから。


「お風呂はないけど、水浴びならできるわ。体を洗いたいってことでしょ。こっちよ」


 リーネは、トイレの横の扉を開けてくれた。中は、大きな水瓶みずがめが置かれていて、床は土を固めた土間になっている。

 ここがお風呂? 湯船は? シャワーはないだろうとは覚悟していたけど、もしかしてお風呂入らないの?


「あの、リーネさん…… ここでどうやって体を洗えばいいんですか?」

「どこでもいいのよ。排水されるから。それに、水瓶は魔法でいつも水がいっぱいだから使いすぎても平気よ」


 そう言うと、リーネは風呂場の使い方を教えてくれた。

 体を洗うのは、これを使ってねと手渡された布はタオルを雑巾にしたようなボロ布だった。

 

 こ、これで洗えって言うの? まじか。こんな雑巾で、リーネさんは洗ってるのかな?


「あ、あの、タオル…… こういう布は私の荷物にあると思うので、それを使います」


 そういうと、七星ななせは自分の部屋にあるキャリーバックの山から、自分のキャリーを見つけ出して開けた。

 中には、イベント会場に着て来た服があった。それに、歯ブラシと、タオル、ブラシも、手鏡もある。


 レイヤーは、カバンの中になんでも入れているもんだ。


《 備えあれば、憂いなしってレイヤーのためにあるような言葉よね 》


 七星は、テキパキと必要なものを取り出した。

 あ、パンツだ。パンツの替えはどうしよう……。

  そうだ、るあちゃん、三着目はボカロのコスするって言っていたから、縞パンが入ってるんじゃないかな?


 ゴソゴソと、キャリーバックを引っ張り出す。そして、るあちゃんのキャリーの中から、水色と白色の縞パンを見つけた。

 るあちゃん、ごめん、本当にごめん。ちゃんと洗って返すからね。ごめん!


 七星は、手を合わせて縞パンを拝むようにして、るあちゃんに心の中で謝った。


 《パンツありがたい、るあちゃんグッジョブ! マジ、助かった!》


「あら、お祈りかしら。パンツにお祈りをするのも珍しいわね」


 リーネが、部屋のドアから顔を出すと、七星に向かってお祈り中にごめんなさいね、と言った。


「い、いやいや、そんなはずないでしょ! パンツをお借りしますって手を合わせてただけ!」


 七星は、着替えとタオルなど洗面用具を抱きかかえるようにして、水浴場に直行した。



 《やっぱり、あったかいお風呂に入りたかったなあ〜》


 水浴びを終えた七星ななせは、Tシャツと短パンに着替えていた。メイクも落として、ウィッグも脱ぐ。


「ふぅー、さっぱりした…… リーネさん、お先でした!」


「えっ? あの…… 誰です?」


 キョトンとして、リーネは七星の顔を食い入るように見ている。気づいてないの?


「リーネさん、何の冗談を…… へへへ、私ですよ、私、望月七星ななせですよ」


「ええ〜〜! 中隊長さんなの? 別人かと思ったわ! 髪の色も違うし…… それに、その顔…… 目はちっさいし、まつ毛まで短くなってる!」


 《 メイクだよ! 悪かったな、素顔がブスで!》


「あの、今まで化粧していたから、それに髪も、金髪のカツラをかぶっていただけです」

「そ、そうなの。 はあ、よくわかりませんが、都の人って化粧でうまく化けるんですね」


 《ケッ! 悪かったな。そうです、化けてるんです。 だから化粧って言うんですっ!》


「リーネさんは、化粧はしないんですか?」

「私は、化粧は口紅だけよ。 たまにアイシャドーを塗るくらいかな。化粧してもしなくてもあまり変わらないから、あまりしないわね」


 《ほぉー、いいですね、美人さんは…… 私なんて、化粧しないと外歩けませんからねっ! 》


「リーネさんも、水浴びをどうぞ。私が先に使っちゃったから、中が濡れていると思うけど……」

「いいのよ。私は、今日も入らないから」


 ん? 今日も? 今日は、じゃなくて、今日も?


「もしかして、毎日入らないんですか?」

「ええ、私は一年に一度くらいかな……」


 《 ふえぇー、マジか! えっ、臭くならないの? エルフって臭くなったりしないの?》


「そうなんですね。 でも、毎日洗った方が清潔でいいと思いますよ」


 七星は、やんわりと毎日風呂に入りやがれっと気持ちを込めて言った。


「清潔にはしてるわ。精霊たちが、私の周りを浄化してくれるから、汗も汚れもつかないの」


「そ、そうなんですね。では、お風呂は私が毎日使わせていただきます」

「あら、中隊長さんは、これからもここに泊まるおつもりかしら?」

「はい、できることなら…… 迷惑かと思いますけど、私の記憶が戻るまでは、ぜひとも」


 《 やばい、リーネさん、私を今日だけ泊めるつもりだ 》


「しばらく、この街にいるのなら私の家に泊まってくださっていいわよ」


「い、いいんですか? よかったー、明日からどうしようかと本気で泣きそうになりましたよぉ」


「あらあら、そんな心配しなくてもいいのよ。今夜は私と一緒に寝てくれたらねっ!」


 《 えっ、どう言う意味? エルフさんと添い寝。それ、もしかしてご褒美じゃね? 》


「いえ、私、けっこう寝相が悪くて、リーネさんにご迷惑をおかけしてしまうので添い寝は遠慮しておきます」


 とりあえず、やんわりとリーネさんの誘いをことわって、もう寝ましょうってことでお開きになった。


 自分の部屋に戻った七星は、部屋にうず高く積まれたキャリーの横にあるベッドに潜り込んだ。

 ベッドは、日本で使っていたベッドのような柔らかさはないが、寝心地はほとんど同じだ。

 布団だって、ワタで出来ていて羽毛布団よりはずいぶん重いが、気になるほどではなかった。


 七星は、頭まで布団をかぶった。


 お母さん、元気かな? 私が死んで泣いてるのかな?

 るあちゃんも、カンナちゃんも元気にしてるのかな? 私がいなくなって泣いてくれてるかな……


 次々と、親や友達、コス仲間、飼い猫の顔が浮かんでは消えていった。思い出すと目頭が熱くなり、自然と涙が溢れてきた。袖で涙を拭く。それでも、次々と涙は流れてきた。

 少しずつ、少しずつ、涙と感情が溢れ出し、そして七星は布団の中で大泣きした。


 異世界の夜は静かだった。月の明かりが部屋の窓から差し込み、部屋がぼんやりと照らされている。

 布団の中で泣いている七星も、いつしか眠りについていた。

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