第4話:お風呂ってないんですか!

 望月七星ななせは、リーネの家に泊まることになった。

 いきなりの異世界、全く知らない街、そしてファンタジーでしか見たことがないエルフ。

 そのエルフの家に泊まれただけで、有頂天うちょうてんだった。


 《ツイートしたらリツイされまくるかも。あとで、写メ撮らせてもらおっと!》


 七星はテンションが上がって、思わずグフフと変な笑いが出た。


 いかん、いかん、トイレの中とはいえ笑い声を聞かれたら、リーネさんに追い出されでもしたら大変だ。

 野宿なんて、私みたいな引きこもりのひ弱なオタクは、あっという間に死んでしまうよ。


《ふぅー、スッキリした〜》


 七星がトイレから出てくると、炊事場にいるリーネが食事にするか、と聞いてくれたので頷く。


「ごはんまで用意してもらって、ありがとう」


 《 異世界のごはんってどんなのだろう。おいしいのかな? 》


 リーネは、大きな器にサラダ、木の実、フルーツを盛ってテーブルの上に並べてくれた。

 木の器に、木のフォーク、木のスプーン…… どれも木でできている。

 この世界は、まだ文明的に遅れてるのかな? と、七星は部屋の中を見回して思った。

 質素な生活、これじゃ、夜も退屈だろうなぁー


「いつもは、みんなと食べるんだけど、今夜はガスターたちが気を使ったみたいね。…… あの人たち、あなたのこと意外と気に入ってるのかもね」


「えっ? 私、さんざんガスターたちにやらかしたと思ってたけど…… ドM?」

「ドエムって、それは何?」

「いえいえ、なんでもないです」


 いかん、いかん、エルフさんは妖精さんだった。

 下品なことを教えたらバチ当たっちゃう。

 七星は、慌てて口を閉じると、いい香りのが鼻腔をくすぐった。


 七星の前に、サラダの他にコンソメ風のスープが置かれる。

 リーネは、椅子をひいて七星を座らせると向かいに自分が座った。


「あの、そんな気を使っていただかなくても大丈夫ですよ。自分で座れますから!」

「そうはいかないわ。おもてなししないとね、中隊長さん」


 いつから私は中隊長になったんだろう。ガスターたちも中隊長殿って私を呼んでたけど、どういう意味?


「どうぞ、召し上がって」

「わぁー、おいしそう! すごい色とりどりできれい!」


 木の実は、クコの実だろうか、レーズンのようなものも入っていて、ドレッシングがなくても食べることができた。

 スープも、鶏ガラ出汁で旨味がしっかりと感じられ、元いた世界の食べ物で例えていうならワンタンメンのスープみたいだった。


 七星ななせとリーネは、食事を話をすることなく黙って食べている。

 静かすぎて居心地が悪くなったので思い切って話しかけてみることにした。


「ねぇ、リーネさんって何歳なんですか? エルフって何百歳も生きるんですよね?」

「ええ、そうね。エルフやドワーフなどの妖精族は、人間に比べたら長生きよ。 でも、体が弱いから寿命を全うして亡くなる人はほんの少し。ほとんどは、病気や怪我で三百歳くらいで死んでしまうわ……」


「三百歳! やっぱりエルフさんすごすぎ! 羨ましい」


 美しい見た目のまま、長く生きられるなんて羨ましいにもほどがある。

 私も転生してエルフになりたかったな。

 いや、私の場合は転生ではなく、異世界転移ってやつか。


「すごくはないわよ。長生きの種族ってもっといるから。でも、長生きする種族の人って、だいたい怠け者なの。何日も寝ていたり、ずっとダラダラしてるわ。だって、急いでしなくても明日でいいやって先延ばし。寿命が長くても無意味に過ごしてるだけ」


 《 う、うらやましい。私は来世では妖精族に生まれてきたい……そしてグータラして過ごしたい…… 》


「そうなんですね。でも、リーネさんは冒険者なんでしょ。怖くない? モンスターとか」


「もちろん怖いわ。怖いから、まだ私たちは一度もダンジョンに入ったことがないの」


「えっ……そうなんですね。でも、冒険者でも怖いって私のイメージと違う。 怖いって、今までどんなモンスターを倒してきたの?」


「そうね、例えて言えば…… スライムとか…… かな?」


 かな?ってなんだよ! あきれた!


 冒険者だから、もっと強いドラゴンとか倒してるのかと思った。スライムって、最弱モンスターの代名詞みたいなのよね。

 それで、剣士や魔法使いだ、精霊使いだって言っても、実績ないよね。

 大丈夫かな? 私、もしかしてハズレ引いちゃった?


 七星は、そんな心の中の愚痴はリーネには言わなかった。

 そもそも、右も左も分からない異世界で、親切にしてくれた人だから、できれば離れたくはない。


 同じ女の子同士だし、嫌味を言って追い出されても困る。


 食事を片付けた後、リーネは、ローブを脱いでノースリーブのシャツに、ホットパンツ姿になっていた。


スタイルもいいし、お尻も小さくてカッコイイって女の七星でもお尻を目で追ってしまう。うん、美尻はいいぞ、とオヤジ的視線で舐め回すようにリーネを見た。

見れば見るほど、うらやましい。私と大違いだわ。私のおしり大きいし、虫に噛まれてるし……


「あの、私も着替えたいんですが……、それに、私はどこに寝たらいいんでしょう?」


 馬小屋とか、納屋で寝るのは勘弁して欲しい。

 できれば部屋がいいなと言葉には出さないが、心の中で強く念じた。


 リーネは、慌てたように通路に二つあるドアのうちの一つを開けると、中を確認して頷いた。片付けてあるか気になったのかな。


「あ、ごめんなさい。 こっちの部屋を使ってちょうだい。この部屋は空いてるから、荷物も全部入れていたほうがいいでしょうね。

 それにしても、すごい荷物。中隊長さんともなると、旅の時でも着替えはいっぱい持ってくるのね」


 いやいやいや、これは確かに着替えではあるけど、コスプレ衣装だし。

 そりゃ、イベント会場まで着ていた服も入っていると思うけど……


 七星は服のことで思い出したように、自分の姿を見て驚いた。


 しまったわ! これ、アイドルのステージ衣装っ! うわ、着替えてないし、っていうか誰もこの格好に触れてくれなかったよね? なんで? 私けっこう頑張って作ったんだよ。自作だよ、自作したのに、可愛いとか言ってくれよ。まったく。

 このスカートのヒダヒダなんて、難しいんだから。この飾りだって百均で買ってせっせとボンドで貼ったんだし……


 独り言のようにブツブツ言う七星を無視して、リーネは部屋に荷物を入れるのを手伝ってくれた。

 本心では、おそらくリーネもこのヘンテコな女を家に入れたくはないのかも、と七星は思ったが、あえて尋ねないことにした。


 《 汗もかいたし、お風呂に入って、着替えたいなあ 》


 頭もウィッグで蒸れているだろうし、ブーツは朝から履きっぱなしで足も疲れたし、ゆっくりと休みたい……


 《 げっ!忘れてた。わたし、下着が一枚もないわ。 替えの下着ってどうしよう…… 》

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