第3話:二次元の方が良かったのに〜!


「私、記憶がないんです。だから……

 この国のことも、この国の習慣もなにもわからなくて……」


 七星ななせは、今までいた世界ではないことを知り、涙が自然とこぼれた。


 《 私、死んじゃったんだ、きっと……  でも、衣装着てるし、生きてる。

 異世界に飛ばされちゃったけど、生きてる…… 。命があっただけマシか。

 るあちゃん、カリンちゃんは大丈夫だったのかな? 死んだのは私だけなのかな? 》


 頭の中で、ぐるぐると先ほどまでの出来事を思い出し、涙がとめどなく溢れた。



「おい、リーネ、こんな可愛い子を泣かせるなよ」


 無精髭の男が、エルフに向かって言うと七星ななせの肩を抱いて来た。


「お嬢さん、泣くんだったら、俺の胸で泣きな…… 」


「うわ、キモっ! キモっ! 触らないでよ、泣いてないわよっ!」


 七星は、思わず男を突き飛ばす。男性経験もなければ、男の人と会話するのも苦手。コスプレしていても性格だけは変えられない。



「な、なんで異世界なの? 二次元がいい! 神様、なぜ私を二次元に連れて行ってくれなかったのよっ!!」


 七星は、自分の置かれた状況に理解が追いつかず、感情を爆発させた。



 七星が落ち着きを取り戻したのは、夕刻になってからだった。

 三人が不憫に思ったのか、ずっと一緒にいてくれて、七星の話し相手にもなってくれていた。


「落ち着いたようね。私はリーネって呼んで。見ての通りのエルフよ。こっちのむさい男がガスター」

「むさいってなんだよ! ガスターだ。見ての通りの男だ」


 しょうもない……と思ったが、ニコリと笑って七星は愛想をする。

 ガスターは、ギャグのつもりだったのか七星の反応に満足したかのように嬉しそうに笑う。


「僕はエステル。魔法使いなんだ」


「魔法使い? 魔法が使えるの?」

「うん、そうだよ。僕たちは冒険者のパーティーを組んでるんだ。ガスターが前衛で、僕とリーネが後衛。ちなみに、リーネも精霊魔法を使えるんだ」

「エルフだからね」


 リーネは、笑顔を浮かべて可愛く首をかしげる。


「そう……ここは冒険者がいるんだ。魔法とかエルフがいるってことは異世界に転移したってことか……」


「こっちの話。なんでもないです」


 七星は小さく呟くと、リーネが不思議そうに見てきたので、慌てて手を振る。



 七星ななせは、ファンタジーの世界に迷い込んだことを知って気が滅入ったが、気を取り直した。

 どうせ一度死んだのなら、今を楽しんで生きてやる! と涙を拭いて、そして誓った。


「よーし、私も冒険者になるわっ!」


 三人は、顔を見合わせた。 動揺しているのがわかった。


「何よ、ダメなの?」

「もちろん、いいわよ。私たちのパーティは、剣士と精霊魔法の私と、魔法使いのエステルの三人だから、ちょうどもう一人剣士が欲しかったの。あなた、剣士?」


 エルフは、少し意地悪な顔をして、七星に言った。

 この格好を見て剣士に見えるのかしら。


 《異世界でも、女ってのは、イヤミを言うんだね》


「ふんっ、私は高校中退だからって馬鹿にしないで! 剣士でもやってやろうじゃないの!」


 ガスターが、エステルとリーネに小さな声で尋ねた。


煌々こうこう中隊だって、どこの兵士かな?」


「知らねーよ、どこかの軍隊じゃないか?」


「私も聞いたことがないわ。 でもあの格好ってよく見ると姫騎士っぽいわ」



 七星は、肩寄せ合って、ヒソヒソと話をしている三人の様子を見た。

 もしかして、三人は自分を放って逃げる算段でもしていたりしないよね?

 ここで放り出されても生きていけない。

 なんとか、この三人を味方につけないと……

 一発かましてやろうじゃないのっ!


「いい、あなたたち。私は、ナナセ! 高校中退だけど、これでもコスプレイヤーよ!」



 またしても、三人は肩寄せ合ってヒソヒソ話を始めた。


「おい、煌々中隊こうこうちゅうたいだってよ。どこの軍隊だよ?」


「聞いたことないわよ! それよりゴブリンスレイヤーって言ってなかった?」


「ゴブリンだって? 中隊長なのに小鬼退治してるのか?」


「中隊長でもいろいろあるんじゃないか? あの女、記憶をなくしてるて言ってたのに、なぜ覚えてるんだ?」


 三人は、やばいヤツを見るかのように、チラっと七星を見る。



 《ちょっと、なんなのよ。反応おそっ! この人たちに見放されたら、今日は野宿になるじゃない。こんな異国で野宿なんていやよ、ムリ!》



「ちょっと、何をコソコソと話してるの? そろそろ、私を宿まで案内してちょうだい」


 ちょっと、高飛車すぎたかなと七星は思ったが、とりあえず三人は七星がこの村に泊まるということは理解したようだった。


「私のおうちにいらっしゃい。エステルも、ガスターも男だから、間違いがあったらいけないからね」


 エルフのリーネは、そう言うと二人の男は、間違いってなんだよ、何もしねぇよと捨て台詞を吐いた。

 仲の良い三人組で、見ていてほっこりする。


 三人は七星を見放さずに、リーネの家まで連れて行ってくれると言うから優しい人たちなのだろう。


「ところで、これってあんた…… いや、中隊長さんの荷物ですかい?」


 ガスターが言うと、七星の後ろを指差した。

 そこには、キャリーバッグがうず高く積み上げられていた。


 え、何? これって、イベントの荷物置き場にあったキャリーだよね。私のもあるけど、他の人のもある。

 あっ、これってカンナちゃんのキャリー。

 だって刀剣男士のマスコットがついてるし、その下にあるのは、るあちゃんのキャリー。

 そのほかの人たちのも……なぜここにあるんだろう?


 七星は、自分と一緒にたくさんのキャリーバッグや荷物が異世界に飛ばされたのだと結論づけた。


 もう、疲れた。泣きわめいたし、知らない人とも私あまり話せないし、コミュ障だから変なこと言っちゃうし……


「中隊長殿。そろそろ、暗くなります。暗くなると夜風が冷えますから、リーネの家へ」


「その、中隊長ってやめてくれないかな? ナナセでいいよ」


「にゃにゃせ、ですね」


「にゃにゃせではなくて〜、ななせ・・・! エヌエーエヌエーエスイーのななせ!」


 エステルは、聞き取れずに、まごまごと口ごもった。


「えにゅえーにゅにゅにゅーにゃにゃせ……?  おい、ガスター、どこから名前なんだ?」


「し、知らねーよ」


「あら可愛いわね、猫ちゃんみたい。にーにゃって呼ぶことにするわ」


「ちょっと、勝手に名前を付けないでください。ナナセです!」


「ごめんなさいね。からかったのよ。ナナセさん、よろしくね」


 リーネがウィンクすると、ハートマークが飛んで来るのを感じて、思わず七星はのけぞった。エルフにウインクに思わず悩殺されるところだった。


「改めて、これからもよろしくお願います」


 七星は、頭を下げると、「いいってことよ」とガスターが答えた。


 あんたに言ったわけじゃないんだけど……



 すでに暗くなった夜道を、四人はおしゃべりしながらリーネの自宅へと向かった。

 

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