その二

「つまりさ、不器用で頭の出来も普通で特別才能も無い俺よりも、和人が跡を継いだ方がこの家は為だと思うんだ。もうしきたりなんて古いよ。灯里もさ、俺みたいに冴えない奴に親の言う……」

「何寝ぼけた事言ってんだよ?! 灯里が泣いてるだろ?」


 虚を突かれポカンとしていた弟は、灯里がしくしくと両手で顔を覆って泣き出すのを見た途端怒りを露わにする。(やっぱり、お前も灯里の事……)とぼんやりと感じながらも、弟に耳を傾けた。弟は何でも器用にこなすせいか、感情を剥き出しにする事は滅多にない。


「勘弁してくれよ。兄貴が家を継いでくれるから、俺は好き勝手出来るのに。兄貴は知らないだろうけど爺ちゃん、令和が跡を継いだら安心して引退出来そうだ、て父さんに話してたぞ」

「へっ?」


 初めて耳にする全くの予想外の言葉に思わず間の抜けた声をあげ呆然とする。

 弟は兄に近づくと、右手を伸ばし令和の背中に触れた。そのままトンと軽く押し出す。灯里の方へ行けと言うように。そして去り際に、兄にサッと耳打ちした。


『なんか盛大に勘違いしてるようだけど、灯里は兄貴の婚約者が自分で大丈夫なのかな、と俺に相談してただけだぞ。男らしく、気持ち、はっきりと言ってやれよ!』


 と。そして颯爽と立ち去った。


(本当に俺が欲しかったものは、最初から兄貴のものだったんだぞ)


 という言葉を呑み込みつつ。


 気まずさと恥ずかしさの入り混じった沈黙が、跡取り息子とその許嫁を包み込む。程なくして令和は慎重に沈黙を破った。


「あ、あの、御免な。灯里の事、す、好きで、だからこそ……」

(あ-、カッコ悪いなぁ俺)


 灯里は両手で涙を拭って柔らかな笑みを浮かべた。花がふわりと綻ぶように。野苺のような唇が鈴のように澄んだ音を紡ぎだす。


「私ね、令和が結婚相手だ、て聞いた時とっても嬉しかったの。だって幼い頃初めて会った時から、和傘作りを熱心に見つめるあなたが素敵だと思っていたから」


 気恥ずかしそうに令和を見つめる。


「だから雨や雪の日は蛇の目、晴れの日は和日傘みたいに。降っても晴れても、あなたの側にいてあげるわ」


 灯里の双眸には、ボッと音を立てたように真っ赤になった令和が映し出された。


「俺、一生大切にするよ」


 しっかりと彼女の目を見つめ、頬を紅潮させながらもハッキリした声で彼は応える。


「一本の和傘は大切にお手入れしたら一生持つ、みたいに?」


 と意味あり気に微笑む彼女に彼は大きく頷く。そして唇がゆっくりと弧を描いた。



【完】

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降っても晴れても 大和撫子 @nadeshiko-yamato

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