その二

 令和は過去を振り返る。それは小学校にあがったばかりの頃。学校から帰って来た後、すぐに作業部屋に行き、祖父や父の仕事を飽きる事なく眺めていた令和に、初めて「竹割り」の最初の作業……一カ月水につけられた竹の皮を剥く作業を少しやってみるかと祖父に声をかけられた。喜び勇んで手を出そうとした際、


「カズトもー!」


 まだおぼつかない足取りで兄の後についてきたらしい和人の無邪気な声。祖父が令和を、父が和人を膝に抱き子供の手を取って竹の皮を剥く作業を教えた。思ったように上手く剥けない己に、するするとこなしていく弟。思えばその実力も才能も最初から己とは雲泥の差だった。


「ほう、和人は器用だな」


 口数が少なく、滅多に人を褒める事のない祖父が目を細め嬉しそうに口元を綻ばせる姿は、今でも鮮烈に脳裏に焼き付いている。今に至るまで、祖父が令和にそのような笑みを見せた記憶は無い。いつも気難しそうに口を引き結び、淡々と自らの作業する姿を見せる、間違いがあれば厳しく戒める。そんな姿しか見ていない。父親と母親は和人の商才をかっているようだ。灯里もまた、和人を見る時一際瞳が輝く。時々、二人だけで何かを語り合っているようだし。


 今までずっと、何も見えていない、気付いていないふりをしてきた。必死に長男としての面子を保とうと修行に没頭し、どの行程においても何カ月、或いは何年もかかって習得していくところ、弟はすぐに吸収し自分のものにしていく姿も。何をやらせても器用で抜きんでる才能を持つ弟に、愚鈍で凡庸なる己。

 それが祖父の口癖の一つ「和傘作りはその人の生き方の全てが集約されている」という事なのだと、痛みと共に体感している事も。また、密かに弟に惹かれているであろう灯里の事も。


 ずっと感じてきた。このままではいけない。令和という新しい元号を迎えた今こそ、古いしきたりを打ち捨てて「新しい風」を入れるべきだと。それを主張出来るのは立花家嫡男である自分の役目であると。


 感情が一気に高まった今、言ってしまおうと思った。

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