その四

「和君なんて大はしゃぎだったんじゃない?」


 灯里の弾む声で我に返る。嫌でも意識せざるを得ない名が出て、胸が軋む。許嫁は令和の弟の事を和君と呼ぶ。昔からそうだ。弟の事が思い浮かんでいるのだろう、瞳が生き生きとキラキラしている。睫毛が長くてびっしりと生え揃っていて、ほんのりと薄紅に色づく頬にその影を落とす。


「うん、まぁな」

「うふふ、やっぱり。うふふ……」


 瞬きする度に睫毛がバサバサと音を立てそうだと事あるごとに思いながら、本当に可笑しそうに笑う許嫁をまじまじと見つめる。


(そうだよな。そうなんだよ……)


 本当はもっとずっと前から気づいていた事に意識を向ける。


(灯里だって、たまたま家の取引先だった和紙職人さんの長女に生まれて。たまたま俺の二つ年下だっていうんで話が盛り上がった親同士が勝手に、それこそ酒の席でのノリで俺と許嫁だなんて決めただけで……)


 もっと真剣に向き合って考えて、結論を出さないといけなかった暗澹たる問題がのしかかる。


(今時、親の言いなりになって結婚なんて。それこそ伝統芸能系のお家柄ならともかく、馬鹿げてる。跡取りっていても、卒業した後に本格的に修行して、それで、継ぐのに何年かかるか分からないし。継げるかどうかも怪しいのに、何もこんな俺なんかに……)


「令和、て初めて聞いた時、雅で素敵な名前だ、て思ったの」


 灯里は夢見るように虚空を見上げる。その美しさにポーッと見惚れながら


(もう少しだけ。もう少しだけこのままでもいいかな……)


 と思い直す。心の奥底で(ごめん)と弟に謝りながら。


「そうか? 先代と十代目の名前を貰って組み合わせただけなんだけどな」


 と答える。


「成功例じゃない? ね、みたらし団子頼んで良い?」


 無邪気に笑いかける恋人に、そんなに食べてよく太らないよな、などと思いながらも快諾する。


(雨の日のデートも、悪くないな。蛇の目で散策、和菓子の店……か。昔風に言えば逢引、てやつだな。こんな天気のせいか、店は貸し切り状態だし)


 嬉しそうにスタッフに声をかける恋人を、目を細めて見つめた。そしてゆっくりと口角を上げる。


 ザーッと音を立てて降る雨が小さな滝の音のように聞こえてくる

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